第百三十六話 それぞれの作戦会議
どんよりとした雲が空を覆っている。そして、降り始めた雨は少しずつその勢いを強めており、あちこちに水たまりを作っている。
アガルタ国に広がる草原の小高い丘の上に、ラマロン国の兵士たちの姿が見える。最初は小規模だった集団も徐々に数を増やし、数時間後には丘全体を埋め尽くす大軍団となった。その中心にいるのは、アガルタ国派遣軍の総司令官のジゼウである。彼は出迎えた兵士たちを満足そうに見まわす。
「全員揃っているか?」
「ハッ、総司令官殿で最後であります。全員揃っております」
「年貢の徴収は?」
「ご命令通り、徴収を完了しました」
「兵たちの被害は?」
「ございません。一部の地域では小競り合いになったようですが、問題なく徴収を完了しております」
「年貢の徴収を邪魔した者たちはどうした?」
「全員、処刑しました」
「徹底的にやったのだろうな?まあいい。要は、民を支配するために必要なのは恐怖だ。それを与えておけば、民からは搾り取るだけ搾り取れる。そうか、邪魔をした奴らは全員処刑したか。よくやった。ニヒヒヒヒ」
ジゼウは上機嫌でほくそ笑んだ。軍勢の中心には、彼らが各地で徴収してきた夥しい数の年貢の荷台が集められている。それを見ると自然に顔がほころんでくる。ジゼウは、兵士たちに命令を下す。
「軍議を開く。幕僚たちを集めろ。・・・雨が強くなってきたな。おい、結界師たち。年貢の荷台を守れ。特に小麦が入ったものは決して濡らすなよ!」
ジゼウの周囲に幕僚たちが集まり始めた。
「はあー。エゲツないことをするなぁ。まさに大魔王降臨じゃねぇか」
俺は斥候に出していたフェアリードラゴンたちからの報告を聞いて呆れていた。領民が必死で収穫した作物の大半をラマロンの兵士たちは持ち去ったのだ。一部の村ではそれを止めようとして小規模な戦闘になったらしいが、そいつらはラマロン兵たちに全員処刑されたという。それだけでなく、奴らは領民に対してかなりの乱暴狼藉も働いていたらしい。
「領主たちがどうなろうと知ったこっちゃないが、領民たちがかわいそうだな」
俺は王国軍本部の自室で天を仰いだ。そして、鈴を鳴らして人を呼び、同じ建物に詰めているリコをはじめとする主だった者に、部屋に集まるよう伝えてくれと頼んだ。
皆はすぐに集まった。全員が席に着いたことを確認したクノゲンが口を開く。
「で、どうします?このままラマロン軍の様子を見ますか?」
「いや、食料をラマロンに持って帰られては、民が飢えるのではないか?」
心配そうなラファイエンスの顔。それに対してリコが口を挟む。
「いえ、国の収穫については今のところ豊作で順調ですわ。各地から集まる税で補てんすることは十分に可能ですわ」
「いや、ラマロン軍を討伐しよう。このままヤツらの好きにさせるのは、俺の性に合わん。奴らが奪った食料を奪い返す。将軍、クノゲン、出撃だ。メイ、ゴン、済まないが、兵士の数だけ結界石を用意してくれ。すぐにだ」
「わかったでありますー」
クノゲンとゴンたちが部屋を後にして、慌ただしく出撃準備が進められる。
「さて、そのラマロン軍討伐の作戦だが・・・」
「その、作戦なのだが・・・やはり、奇襲しかないだろうな」
遠い目をしながらラファイエンスが呟く。
「2000の兵で10000の兵を相手にするには、奇襲しかない。イルベジ川沿いの森に軍を進めるのだ。ラマロン軍が国へ帰るにはあそこを通るしかない。しかもあの道は山道なので道幅が狭くなっている。どのような大軍でも一列になって移動するしかないのだ。そこを突くのが一番効果的だ」
「わかった。将軍の作戦で行こう。出撃だ!」
俺とラファイエンスは足早に部屋を出た。しかし、何故かリコも一緒に部屋を出てくる。その様子を見た老将軍は、俺に目配せをして去っていった。
「リノス」
「どうした、リコ?」
リコは何も言わず、俺を抱きしめた。
「必ず、ご無事で帰って来て下さいませね」
「大丈夫だ。リコに抱きしめられて出撃すると、必ず勝つんだ。だから今回も大丈夫だ。今夜は戻らないかもしれないが、必ず帰ってくる」
「きっと、ですよ?」
俺はリコから体を離し、足早にイリモが繋がれてある南門に向かった。
「よーし、全員揃ったか!出撃するぞ!」
アガルタ国軍2000騎が雨の中、ものすごい勢いで都を飛び出していった。
丘の上では、総司令官のジゼウを中心にラマロン軍の幕僚が集まり、馬に乗ったままで軍議が行われていた。ジゼウは降りしきる雨を忌々しそうに払いながら、口を開く。
「まずは、軍を二手に分ける。先発隊として、5000の兵を兵1000ずつ五隊に分け、先行させる。儂は残りの兵と共に食料を守りながら皇国に向かう」
「恐れながら・・・」
「話を最後まで聞け!・・・先発隊5000は、急いでイルベジ川に沿って南に進むのだ」
ジゼウは遥か先に見えるイルベジ川を指して話を続ける。
「そして国境まで続く川沿いの森に着いたら、今夜はそこで野営をしろ。そして明朝、森の中を進め。その時、国境まで続くあの森を五つの区域に分ける。先行部隊は、それぞれの区域を担い、儂らが来るまでそこを守るのだ」
「恐れながら、理由を伺っても?」
「大馬鹿者!アガルタの連中に我が軍を襲わせないためだ!兵力的に我が方は圧倒的に有利だ。そんな我らに戦いを仕掛けるとすれば、それは奇襲しかない。我らに襲いかかる絶好の位置はどこだ?国境まで続く森だ。あそこは山道で道が細くなっている。いかな大軍とて森の中に兵を潜ませておけば、寡兵でも我らに一撃を加えられる。その可能性を摘むのだ!」
「おお、さすがは総司令官殿」
「先行部隊は森の入口に向かえ。そして我が本軍は食料を守備しながら進む。よいか?では、出発しろ」
ジゼウの命令を受けたラマロン軍が迅速に動きだした。
「うん?何だこれは?」
馬を走らせてしばらくした時、マップに動きがあった。そしてそれと同時に、フェアリードラゴンのサダキチから報告が入った。
「敵が二手に分かれている?」
ラマロン軍の一隊がすごい勢いで東に移動している。そして、後続部隊も、速さはそれほどでもないが、人の駆け足程度の速さで先行部隊を追っている。俺は一旦行軍を止め、兵士たちに休息を命じる。
「リノス殿、一体どうしたのだ?」
ラファイエンスが俺の近くに馬を進めてくる。
「敵軍が二手に分かれた。先発隊がものすごい勢いで東に移動している」
「まさか・・・?」
「このまま進めば敵軍とカチ合うかもしれない。ちょっと様子を見よう。せっかくだ。メシにしよう」
俺はイリモから降り、雨除けの結界を張ると、そこに軍勢を収容して皆に昨日から用意してあった弁当を配っていく。そして、メシを食い、しばしまったりとした時間を過ごしていると、ラマロン軍の先発隊がイルベジ川沿いの森に向かって進んでいくのがマップに表示された。そして、しばらくしてサダキチからも報告が入る。
「敵の先発隊はイルベジ川沿いの森を目指しているようだ」
「まさか・・・我らの作戦が敵に知られたと言うのか?」
「いや、将軍。それは違うと思うな。おそらく、敵の中にも、将軍と同じくらいの見識のあるやつがいたということだろう」
「さて、我らはどうするかな・・・?」
ラファイエンスは顎に手を当てて考え込んでいる。俺はマップの敵軍の動きを見ながら、口を開く。
「しばらく様子見だな」
マップを見つつサダキチ達の報告を聞きながら兵士たちの様子を見る。兵士たちは結界の中で思い思いに過ごしていた。中には昼寝をする者もいる。
夕方近くになり、先行部隊が森の入り口付近で止まった。フェアリードラゴンたちの報告では野営の準備を整えているという。そして、後続部隊の動きも止まり、コイツらも野営の準備を始めた。
「えらく微妙な距離を取って野営をするんだな。この距離じゃどちらかの部隊が襲われても、おいそれと救援に向かえないだろうに」
俺は地面に地図を描き、兵士たちに敵の位置を教えてやる。
「まあ、後続部隊は食料を輸送しているのですから、こんなものでしょう。むしろ、我らに襲われても撃退できると踏んでいるのでしょう」
クノゲンが棒切れで敵の後続部隊を指しながら分析する。それを聞いてラファイエンスは、興奮した声で口を開く。
「夜襲をかけるか?」
「いや、将軍、やめましょう。きっと敵もそれを十分想定しているでしょう。それに、気配探知のスキルを持った魔術師もいるでしょう。まあ、夜は寝るものですから、俺たちも今日はここで野営をしましょう。決戦は明日ですね。明日、後続の軍勢を襲いましょう」
「後続の軍を・・・襲うのか?我らは敵中に挟まれることにはならぬだろうか?」
「いや、そうならないように、できるだけ後続の軍の近くで戦うんだ」
「しかしリノス殿、ここら一帯は確か、広い草原地帯のはずだ。敵が二手に分かれたとはいえ、我らとは倍ほどの兵力差があるのだ。隠れるところがない平地で奴らと真正面からぶつかっても、我らに勝ち目はないぞ?」
「それについては、俺に作戦がある。ただ、これにはかなり兵士の練度がいるんだが・・・」
「おお、それならば任せてくれ!私が手塩にかけて育てた者たちだ。真っ暗闇の中でも隊列を崩さず、物音ひとつ立てずに目標に向かって突撃するくらいの練度はある」
ラファイエンスは自信満々で胸を張る。
「お前ら、それ本当か?相当に練度が高いと思うが、わずか一月そこそこで・・・大丈夫か?」
兵士たちに目を向けると、皆、苦笑いしている。
「どれだけ将軍の訓練が厳しいものか、お分かりいただけると思います」
クノゲンも苦笑いをしている。
「よし、わかった。将軍の訓練の成果を見せてもらうぞ?」
俺は悪そうな顔をして、兵士たちに目を向けた。