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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第六章 アガルタ国編
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第百三十五話 聞いてビックリ見てビックリ

ラマロン皇国の国境地帯。眼下のイルベジ川を渡り、東側に見える山を越えればヒーデータ領、西側の山を川づたいに進めばアガルタ国である。その山々を見下ろしながら、アガルタ派遣軍総司令官であるジゼウは、ため息をついていた。


ひと月前の忌々しい記憶が蘇る。バカな部下たちのためにヒーデータに大敗を期し、自分の顔に泥を塗られたのだ。あれほど動くなと厳命していたにもかかわらず、一部の部隊が勝手に川を渡り、弓矢と魔法の餌食になった。撤退命令を発しようとしたところに、忌々しい平民上がりのアーモンドに横やりを入れられた。輝かしい自分の軍歴にこれ以上汚点を残すわけにはいかない。


しかし、今回は違う。自分の直属の部隊の大半を動員している。今回は完全勝利を手にして凱旋する。そんな決意を新たにして彼は、部下たちに命令を下す。


「これからイルベジ川に沿って北に向かう。アガルタ領に抜けるまでの森の中は一切立ち止まるな。一目散に駆けろ。目指すは、サラセニア領だ。なぁに、心配するな。先触れの者が既にアガルタ国に入って、収穫を急ぐよう伝えているはずだ。着いたらすぐ、メシを食わせてやるぞ!ニヒヒヒヒ」


ジゼウ総司令官は颯爽と山を下り、イルベジ川に馬を進ませた。対岸の東側の山の砦には、ヒーデータ帝国の兵士が詰めており、自分たちの進軍は知られるところだろう。ヒーデータの軍が国境に押し出してくるまで早くて四日。それまでには戻ってこなければならない。今のジゼウにとって最大の敵は、時間であった。



「またラマロンが攻めてきたのか。懲りない奴らだなー」


俺はアガルタ国の都の中にある、元王国軍本部の一室で、斥候を担当しているフェアリードラゴンたちから、その報告を聞いた。


「クノゲン、今、動員できる兵士はどのくらいいる?」


「2000名を少し超えるくらいでしょうか。まさか、助けに行くおつもりで?」


「いや、まずは奴らの動きを見る。森を抜けて北の、俺たちの都を突いてくるのか、西側の貴族たちの領地に向かうのか、あるいは東側の、俺たちに従う者たちの領地に向かうのかで戦略は大きく違うだろう。まずは、全軍にいつでも出撃できるように準備をさせておけ」


「畏まりました」


クノゲンは一礼をして部屋を出た。俺はフェアリードラゴンにラマロン軍の動きを監視するよう命令する。その時、窓の外から何かが降ってくるのが見えた。


「・・・雨か。梅雨の時期だけに、なかなかすっきりとした天気にはならんな」


俺はマップを展開し、国境付近のラマロン軍の動きを観察する。



アガルタ国の国境付近にある広大な森を、わずか半日で駆け抜けたラマロン軍は一旦小休止を取り、軍を7つに分けて西に向けた。そして、ジゼウ率いる本軍3000は日が落ちる頃になってようやくサラセニア領に入り、伯爵の館に到着したのだった。


「ラマロン皇国、アガルタ国派遣軍の総司令官である、ジゼウだ」


「ジュカ王国伯爵の、サラセニアです。このような奥地までようこそお越し下された」


「ああ。皇国に味方した家の中でも、ここが最も西の位置にあるので、意外と時間がかかった。貴殿の名は聞いている。よくぞご決断なされた。この年貢を皇都に届けたら必ず、貴殿のことは皇帝陛下によくよく申しておこう」


「恐縮です」


「ところで、収穫の方は?」


「既に、無事に済んでいます」


「さすがはサラセニア伯爵だ。それであれば助かる。ところで、もうすぐ夜だ。年貢の受け取りは明日にすることにして、すまぬが兵たちに夕食を振舞ってもらいたい」


「夕食・・・これだけの人数を・・・?」


「ああ、我らは腹が減っておる。夕食を頼む。食料がなければ、今日収穫した分から出せばよいのだ。早くした方がよいぞ?部下たちは腹が減っておるので、限界を迎えれば何をしでかすかわからん。他家のように一家を皆殺しにして食料を略奪するかもしれんぞ?」


サラセニア伯爵はわなわなと体を震わせながら、家臣たちに領内に食料の供出をするよう触れ回れと命じた。


サラセニア伯は忸怩たる思いを胸にしながら、自分の計算に間違いはないと、自分に言い聞かせていた。このままラマロンに従っていれば、伯爵としての爵位は守られる。そしてうまくすれば、目の前にいる軍勢が自分の手足のごとく動くかもしれないのだ。そうなれば、領地はさらに広がる。しかも、ジュカ王国の中で最初にラマロン側に協力したのだ。ラマロン皇国とて、自分を粗略には扱わないだろう。そんな思いが伯爵の胸の中にはあった。


サラセニア伯爵家は、ジュカ王国の中でも名門と呼ばれる歴史と格式のある家柄であった。その格式ある家が、国王とはいえ、元奴隷の男に膝を折るなどは考えられなかった。確かに、ラマロンの精鋭3000を葬った力は認めてやってもいい。自分自身とて戦った数年間は無駄ではなく、国王となった男の軍事的能力は認めてはいる。しかし、国を維持していくという点では話は別である。その元奴隷の国王に伝統と格式を背負った貴族の思いはわからないだろう。


伯爵は、遠からずこの国は再び内戦状態になると睨んでいた。その時のために、軍事力があり、さらには長い伝統を持つラマロンと手を結ぶ方が、自分たちの地位の保全と版図の拡大に有利だと結論を出していた。ここで、ラマロン側の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。


結局、サラセニア伯爵はこの夜、一睡もすることが出来なかった。ラマロン軍はサラセニア領民の食料を存分に食い、酒を飲み、一部の兵士は領民の家に押し入るなどの狼藉を働いた。それらの兵士を取り押さえ、一触即発の状況になりながらも何とかその場を収めていると、気が付けば朝を迎えていた。領民からの不満が寄せられていたが、年貢を納めれば早々に帰るだろうと説得をして、何とか領民たちの怒りを説き伏せたのだった。


日が昇り、軍を整えたジセウは早速、年貢の引き渡しを要求してきた。


「さて伯爵、年貢を受け取ろう。不正はないと信じるが、これも皇国の掟であるから理解してくれ。まずは全ての収穫物を出してもらいたい。そして、取り分である二割分を別にして置いてほしい」


収穫された小麦、野菜などが広場に集められ、積み上げられていく。


「ここに分けてある分が、年貢である二割分です。昨日あなた方に食料を提供しましたので、その分はここから差し引いていますのであしからず」


サラセニア伯爵としては、精いっぱいの抵抗であった。総司令官のジゼウは怒るかと思いきや、意外にも機嫌のよさそうな笑い声をあげた。


「ニヒヒヒヒ、伯爵殿は律儀なお方じゃ。そこまでせんでもよいものを・・・。まあいい。では、積み込むのだ!」


ジゼウの命令を受けたラマロン軍の兵士は、年貢を馬車の荷台に積みこんでいく。


「・・・お待ちください!それは我らが取り分です!あなた方にお納めする年貢はこちらです!」


サラセニア伯爵は傭兵と共にラマロン軍を制止する。


「何をなされる伯爵!年貢の取り立ての邪魔をすると、死罪ですぞ!」


「何を言われるのだ!それは我らが取り分だ!年貢は収穫の二割とそう決めたではないか!」


「ああそうだ。二割が取り分だ」


「ならば!」


「大バカ者!二割が取り分というのは、お主たちの取り分のことだ」


「・・・どういうことだ!」


「大バカ者め!我らはこう言ったはずだ。『皇国が貴殿に求めるのは収穫量の二割』と。つまり、収穫量の二割が貴殿らの取り分、後は皇国の年貢であるという意味だ!」


「・・・なにをバカなことを!」


「バカはそちらだ。勝手に都合よく解釈するからこうなるのだ。我らは約状に従って年貢を徴収する。抵抗する者、邪魔をする者は容赦なく殺す。イヤならば力ずくで阻止しなされ。その手勢で阻止できるとは思えんが・・・。万が一、阻止できたとしても、その後は皇国から十万の軍勢が押し寄せて、領内全ての人間を皆殺しにするであろうな。先だって我らの蹂躙した地と同じ光景を見ることになる。さあ、やってみろ!」


ラマロン軍の兵士は一斉に刀と槍を民衆たちに向け、魔術師は詠唱を開始し始めた。サラセニア伯爵たちは怒りに打ち震えた顔を浮かべながら、事の成り行きを見守るしかなかった。

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