第百三十三話 ラマロンの事情とアガルタのこれから
ラマロン皇国の宮殿の奥深くにある会議室、そこに皇帝ラマロン・クロウ・フレインス以下、10名の閣僚および軍関係の幕僚が並んでいる。そして、皇帝の後ろには、一人の女性が控えている。皇帝の生母である皇太后、ラマロン・クロウ・レイシスである。
彼女は齢60を超えているものの壮健そのものであり、美しい銀髪はつややかに、そしてふっくらとした微笑みを湛えて着座していた。
「さて皆の者、本日火急に招集したのは他でもない。ジュカ国改め、アガルタ国についてじゃ」
皇帝が会議の口火を切ると、全員が首を垂れる。皇帝の言葉を聞くときは皆、こうしたポーズをとるのがラマロンのしきたりであった。
「ひと月ほど前、ヒーデータ帝国によってジュカは侵略された。しかし、国名をアガルタと改めた現在は、手勢も少なく、国内がまとまっておらぬ状況だと報告が参った。そうですね?お母上様」
皇太后は鷹揚にうなずく。
「しからば今一度、アガルタ国を攻めよ。今攻めれば落とすのはたやすかろう」
「恐れながら、しばらくお待ちくださいませ」
声を上げたのは、宰相のマドリンである。
「先日の派兵で皇国は兵站不足の状態にあります。今、皇国軍を動かすとなりますと、宮殿内に備蓄してある兵站に手を付けざるを得ません。もし兵を出しているその隙にヒーデータに攻め込まれますと、我々は持ちこたえることが出来なくなります。恐れながら、派兵につきましては、秋の収穫が終わってから、ご再考いただきたくお願い申し上げます」
「ううむ・・・」
室内を静寂が支配する。それを破ったのは、皇太后の声だった。
「それでよいのか?宰相?」
「誠に恐れ入ります。私は、これ以上の意見を申し上げることができません」
「マドリン宰相。そなたは何かというとできぬ、できぬ、の一点張りじゃ。その出来ぬことをできるようにするのが臣たるものの務めではないのか?」
「仰ることはごもっともでございます。しかし、国を預かる・・・」
「アガルタを攻めなさい」
「皇太后さま!」
「私が、言っているのです。攻めるのです。そうせねば、皇国は立ちいかぬのではないのか、宰相?」
ホホホと小さい声で皇太后は笑い声を漏らす。しかし、微笑みの奥の瞳は冷淡そのものである。その目に射すくめられるように、マドリン宰相は汗を描きながら俯く。そんな宰相に侮蔑の目を向け、再び皇太后は口を開く。
「誰ぞ、皇帝陛下の御意を叶える忠臣はおらぬのか?」
「・・・恐れながら」
声を上げたのは、第二軍団長のジゼウだった。
「確かに皇太后さまが仰るように、兵站がない、というのは理由になりません。ないならないなりに、攻める方法を考えませんと」
皇太后は深くうなずく。
「このジゼウに作戦がございます。僭越ながらそのお役目、私にお任せ願えませんでしょうか?」
「さすがはジゼウ殿、頼もしき限りじゃ。皇国軍はそうでなくてはならぬ」
皇太后の冷たい目は、カリエス将軍に向いていた。
「なにもいたずらに兵を進めるばかりが戦いではございません。兵を動かさずに勝利すればよいのです」
ジゼウはニヒヒと笑い、皇太后に恭しく一礼をするのであった。
国名をアガルタに改めてからの俺たちは多忙を極めていた。
俺たちは王都を都と改名した後、まずはここの復興に全力を入れることにした。幸い、帝都から大工などの職人が数多く移住してきた。そうした人たちが、都の人々と共に、壊れた家々などを片っ端から修理していっている。
さらに俺は、帝都にあったスーパー・ダーケの支店を都に出した。
商人街の一角にあった空き家を改装し、そこに店を作った。管理や運営は、帝都の店を管理している猫人族のウィリスに任せた。ヤツには先日、子供が生まれたばかりであり、女房子供のためにもがんばると張り切っている。
さすがにまだ、売れるとは程遠い状況だが、都に金が回っていけば自然とスーパーの売り上げも上がるだろうと考えている。今は、投資の時期だと割り切ることにしたのだ。
これらの資金は、帝国が貸してくれた。しかも、無利息でいいそうだ。踏み倒そうと思えば踏み倒せるのだが、さすがにそれは陛下の顔をつぶすことになるので、早めに返したいと思う。
ゴンとメイは都の耕作地を始め、各地の農地を調べて回っている。都の耕作地については累々と死体が放置されていた場所であり、そこで作物を育てることに住民が抵抗を覚えないかが心配だったが、そこは問題ないらしい。この世界の住人は俺以上に割り切りが上手いようだ。
メイの傍には何故か土の精霊であるノームが、ストーカーの如く付いて回っている。本来精霊とは精霊術を持つ術師が呼び出し、契約するものなのだが、稀に精霊の方から契約を申し出る場合があるらしく、メイの場合はそれに当たるらしい。ゴンとも話が合うようで、三人で和気あいあいと話をしながら、ああでもないこうでもないと楽しそうだ。
ゴンと言えば、農地の管理だけではなく、都はもとより、街道や治水などにもアドバイスをするようになっている。さすがに200年以上生きているのはダテではない。過去の事例から的確に指示を出していて、それが実に説得力がある。
そして、リコはというと、クルムファルの仕事を週一日に減らして、ほぼ都に付きっきりだ。そこにはフェリスとルアラがサポートに入っている。二人とも物覚えがよく、リコの右腕、左腕になりそうだ。
結局リコを宰相とする陛下の案は断ることにした。今はリコが中心になって動いているが、幸い、彼女の仕事を都の人々が率先して手伝ってくれている。その中で見込みのありそうな、人望のある人を見つけて宰相として育てていくことにしたのだ。
こうした俺たちの働きに都の人々はよく応えてくれ、率先して手伝ってくれている。実にありがたい限りだ。
そして、俺はというと、国内の領主たちとの会議に大半の時間を割いている。
実際、俺に従う意思を見せてくれたのは、領主の2/3ほどで、全員が従う意思を見せたわけではない。しかし、それは割り切った。俺に従う者は全力で助ける。従わない者は放置プレイである。おそらく従う意思を見せない奴らの大半は、俺を値踏みしているのだろう。果たして本当に国を運営していけるのかどうかを見極めているに違いない。こういう奴らはきっと、国としての繁栄を見せれば、靡くはずだと考えている。
幸いにして、穀倉地帯となる広大な耕作地を持つ領主の大半が俺に従ってくれている。今は彼らと膝を詰めて、これからの国としての運営をどうするのかを議論している。
そして、アガルタ国の総司令官の任に就いたラファイエンスであるが、嬉々として職務に励んでいる。彼の親衛隊の大半もアガルタに移ってきた。彼らとクノゲンが中心となり、新たに雇った傭兵たちを訓練している。
現在、アガルタ国軍の兵士数は2000名程度である。しかし、彼らは日々、成長している。
「そんなことで敵が殺せるか!もっと全力で突け!」
「違う!もっと手綱を緩めろ!馬が走れんだろう!」
「それじゃあ格好良くないだろう!そうだ!その美しい形に女が惚れるのだ!」
真っ黒に日焼けしながら、兵士たちに手とり足とりと教えているのは、何とラファイエンスである。老将軍は毎日先頭に立って兵士の訓練を行っている。元々若いころからこうした兵の訓練は彼の大好物だったとのことで、クノゲンに言わせると、これでも大分丸くなった方なのだという。
「私が入隊したころは、それはそれは恐ろしい方でしたな。私なぞ、刀で斬られたのですから。しかし、訓練が終わると途端に優しくなり、色々と褒めてくださるのです。あのギャップがたまらなかった・・・懐かしいですな」
クノゲンは遠い目をして笑う。もしかしたらコイツにはMっ気があるかもしれない。
まだまだ俺たちの国は動き始めたばかりだ。甘い部分も多いだろう。国王としてどうよ?という人もあるだろうが、俺は俺でやるしかないのだ。そんな決意をもって取り組む日々である。
しかし今の俺は、ラマロンがアガルタ領を侵食しようと画策していることを、まだ知らない。