第百三十二話 全てが見切り発車
「・・・ねえ、ちょっと聞いてるの?本当に大丈夫なの?」
うっせぇな。誰だよ・・・うおっ!エリルじゃないか!久しぶりだな・・・。
「ジュカ王国の王だなんて・・・本当によくやるわね!一体どうするつもり?」
・・・どうすると仰いましても、成り行きでそうなっちゃったものは仕方ないですよ。やるしかありません。あ、ところでお嬢様?
「何よ?」
この間夢に出てきた時は声が聞こえなかったんですが、森の方を指さしてましたよね?あれは何だったのでしょうか?
「犬神のいる方向を教えてあげてたのよ。何?気が付かなかったの?」
わかんないですよ、そんなこと。
「子供が欲しいっていうから、教えてあげたのに全く行こうとしないんだもの。そうしたら今度はジュカの王になるなんて!本当に訳が分からないわ!」
私だってわかりませんよ。でも、ありがとうございます。犬神の場所を教えていただいていたんですね。嬉しいです。でも確か、犬神のいるところまでは半年くらいかかるんじゃなかったでしたっけ?
「それは人の足の話よ。馬を全力で飛ばせば二か月で着くわ!」
・・・遠すぎますよ。
「それで、これからどうしていくの?」
取りあえず、国民が食えるようにします。格式とか作法とかは後回しです。衣食足りて礼節を知ると言いますからね。まずは衣食住を確保することに全力を上げます。
「いいわね、それ。それをあなたの口から国民に伝えるといいわ」
そんなもんですか?
「そうよ、きっとそうよ!」
わかりました、そうしてみます。
「リノス」
何でしょう?
「・・・仕方がないわね。これからは私があなたを守ってあげる。安心しなさい」
安心って何ですか?えっ?どこへ行くんですか?おっ、走るの速ぇな。どこ行くんだエリルー。おーいエリルー!!
目が覚めるとまだ深夜だった。明日は国王に任じられてから初めてジュカに行く日だ。気持ちが高ぶっていたのかもしれない。ふと周りを見渡すと、リコが静かに寝息を立てていた。リコの寝顔は本当に癒される。ダメならまたリコに癒してもらおう。そう考えると気持ちが少し楽になった。そして、俺はそのまま再びベッドに入った。
ジュカ王国の王都にある西門前の大広場。ここに数千人の人々が集まっていた。貴族、軍人、市民、商人・・・。これだけの人々が集まるのはいつ以来だろうか。カルギ元帥の反乱の際、王都から民衆が逃げ出そうとごった返して以来のことではなかろうか。そして、城門の前には、数名の冒険者風の男と、兜を小脇に抱えた騎士たちが整列していた。
その中から、一人の男がスタスタと階段を上り、門の上に上がっていく。そして、門のちょうど真ん中まで来たところで、男は広場全体に魔法のような何かを放った。
「・・・アーアーアー。チェックチェック。ワントゥーワントゥー。ホンジツハセイテンナリ、ホンジツハセイテンナリ。・・・聞こえてる?」
若い男の声が響き渡る。民衆の視線はこの男に集中している。
「ああ~ええ~。あ、今ここには俺の声が聞こえるように結界を張りました。その、何だ。まあ、知っている奴も多いと思うけど、俺がこの国の新たな国王をやるはめになった、リノスだ。まあ、よろしく頼む。今日、ここに集まってもらったのは、これからのこの国について、俺なりの考えを聞いてほしかったからだ。ちなみに、反対意見は聞くから、そのつもりでいてくれ」
男はエヘンと咳ばらいをし、再び話し始める。
「まず俺から皆にお願いしたいのは、俺はこの国を立て直したいってことだ。以前のジュカ王国に戻そうとは思わない。やるなら徹底的に・・・皆が住みやすい国を作るつもりだ。で、・・・ええと、そうだな。まあ、そういうことは追い追い決めていくとして、俺から皆に二つ、お願いというか、二つのことを定めたい」
民衆に一気に緊張が走る。
「なに、難しいことじゃない。人として当たり前のことだ。俺が定めるのは二つ。一つは、他人に迷惑をかけないこと。それは親であれ子であれ、妻や恋人であれ友人であれ、だ。まあ、子供や年寄りが迷惑をかけてしまうのは仕方がない。ただ、人に迷惑をかけずに生きるように努力する、これをやってもらいたい。そしてもう一つは、他人を助けてやる、だ。何でも構わない。他人を何らかの方法で助けてやってくれ。俺はこの二つを国の指針としたい」
民衆たちはポカンとした顔をしている。
「あ、これは俺が守れてない時は遠慮なく言ってくれ。まずは、この国を復興させたい。皆の着るものが揃い、住む場所があり、飯が食えるようにしたい。細かい国のことについては、それらがそろってから決めていきたい。まずは、この国が復興するように、みんなでこの国を作りたいと思う。よろしく頼む」
男はフウとため息をつき、さらに話を続ける。
「で、これは相談なんだが、国の名前を変えようと思う。ジュカってあれなんだろ?大魔王を連想させるんだろ?それって今後、色んな所で影響が出るような気がしてるんだ。で、国の名前をアガルタにしたいと思うんだが、どうだろうか。もし、他に候補があるなら言ってくれ。一週間待つ。一週間後の午後12時で締め切るのでよろしく」
そういうと男はそくさと城門を降りていった。
・・・俺の言いたいことは民衆に伝えたつもりだ。これから先、どうなるのかわからない。しかし俺は、この国を復興させようと心に誓った。既にリコはこの国の体制について準備に入っているし、ゴンもメイも国の土壌調査や特産品などの研究に取り掛かっている。俺が考えるのは、まずは金を儲けることだ。国家として金がないのはヤバイ。ゲスい話だが、まずはそれを考えていこうと思う。
「・・・アガルタ?」
書類にサインをしていた手が止まる。顔を上げると同時に、頬に垂れた肉が揺れる。でっぷりと肥った体を大儀そうに立ち上がらせた男は、クルリと踵を返して、窓の外を睨む。
ラマロン皇国宰相、マドリンは不愉快そうな顔のまま、王宮内の自分の執務室の窓に映る荒れた海を見ていた。
「あと・・・ヒーデータ帝国から捕虜に関する書簡が来ております」
「捕虜?何と言っておるのだ」
「・・・捕虜解放の協議をしたいとのことです」
しばらくの沈黙ののち、マドリン宰相はクルリと体の向きを変え、呟くように吐き捨てた。
「黙殺せよ。我が皇国に捕虜について話をする余裕はない」
「畏まりました」
男は恭しく一礼をして部屋を出ていく。マドリン宰相はため息をつき、再び机の前に座ると、書類に目を通し始めた。書かれている数字に目を通す。サインをしなければならないが、ペンを持つ手が震えている。
その時、扉をノックする音が聞こえた。ジロリと扉を睨み、不機嫌そうな声で
「入れ」
と促す。入出してきたのは、カリエス将軍だった。
「おお、これは将軍。突然どうされた?」
「先ほど、皇太后陛下の下に行ってきた」
「皇太后陛下?で、陛下はなんと?」
「ヒーデータを攻めよと仰せであった」
マドリン宰相は天を仰ぐ。
「それは無理であろう・・・。ヒーデータはほぼ無傷で兵を引いたのだろう?今のヒーデータを攻めるのは自殺行為だ。それに、兵站が・・・」
「それは私からも申し上げた。が、えらくご立腹でな」
「まあ、マトカル部隊が全滅したことはお耳に入れておらんからな。確か、ヒーデータの大軍が攻めてきて仕方なく撤退したと申し上げたのだったな?」
「ああ。皇太后陛下が仰るには、それならばヒーデータはもぬけの殻のはずだ。今はヒーデータを落とす絶好の機会だ。ヒーデータの帝都という母屋を奪えとの仰せだ」
「それが出来れば、今頃やっておるわ。今は兵を食わせるべき食料がないことを、再三宰相である私から申し上げているのに、なぜお分かりいただけないのか」
「皇太后陛下は、食料ならあると仰せだ」
「ほう、それは初耳だ」
「ヒーデータの帝都までは山道を進む。山には山菜が生えているであろう。食せる魔物もいよう、木の根、木の葉などを食しながら向かえばよいと仰せだった」
「・・・皇太后陛下らしい考え方だな」
カリエス将軍とマドリン宰相は互いに苦笑いを浮かべる。
「皇太后陛下にかかっては、高い山も広い川も全く関係ない。地図だけご覧になって申されるのだから、重装備で山を登ってく時の辛さ、時間、熱さ寒さ。深い川を渡る時の困難さ、水の冷たさ、そんなものは全くお構いなしだ。私もああなりたいな。あれだけ悩みもなく作戦が立案できればどれだけ楽か。皇太后陛下から見れば、地図上では皇都とヒーデータは近い。今すぐに攻めれば帝都を落とせると考えられるのも無理はない」
「やれやれ。将軍、貴公も大変だな」
「それより宰相殿、今年の作物の収穫はいかがかな?」
「よくない。このままでは民は飢え死にしてしまう」
「やはり、ジュカの作物を根こそぎ持って帰った方がよかったか・・・。特にあそこは小麦の産地だ。ジュカの国民を一掃し、そこに皇国の民を入れて収穫をさせる・・・その計画が全くの水泡に帰した今、我らはどうするべきか」
カリエス将軍は遠い目をして呟く。マドリン宰相はため息をつき、
「農産物のことに関しては我々の仕事だ。我々はやれることをやるしかない。将軍、あなたは、アガルタの作物を手に入れる戦略を練ってみてくれ」
その時、部屋のドアがノックされ、侍従の一人が入ってきた。
「宰相様、陛下がお呼びです。緊急に会議を開くと仰せです」
「わかった、すぐ行くと伝えてくれ」
侍従は恭しく一礼をして退出した。
「・・・陛下とは皇帝陛下のことだろうか、それとも・・・?」
「将軍、そのような野暮なことを言うまい」
カリエス将軍は苦笑いを浮かべる。
「ところで宰相殿」
「何だ?」
「さっきから気になることがあるのだ」
「気になること?」
「先ほどからアガルタと言っておられるが、それはどこのことだ?」
マドリン宰相の乾いた笑い声が、部屋の中にこだましていた。