第十三話 ハイ、喜んで!ご注文承りました!
「リノス、ご主人様がお呼びです」
突然、エルザ様からお呼びがかかった。ハテ、何の用だろうと思いを巡らすが、何も思い当たることはない。しかし、エルザ様が俺を呼ぶ時は、必ず何らかの意味があることが多い。無暗に俺を使う人ではないのだ。
「ご主人様、リノスでございます」
コンコンと部屋の扉をノックし、到着を告げる。一呼吸の間があって
「入りなさい」
失礼しますと、エルザ様の部屋に入った俺は、予想外の出来事に絶句してしまった。何とそこに、王太子殿下がおられたのだ。殿下と目が合う。俺は我に返り、片膝をつく。
「こっ、これは失礼いたしました。ご無礼、ご容赦下さいませ」
「ああ、そんなに畏まる必要はない。今日はお忍びだから。立ってくれ」
「ハッ、恐れ入ります。それではご無礼致します」
「この度はリノスに、殿下が内々にお願いしたいことがあって、この屋敷にお渡りになりました。是非、あなたの力を貸して差し上げてちょうだい」
「勿体ないお言葉です。王太子殿下、ひいてはご主人様をお助けできることならば、何でもさせていただきます。不肖の身ですが、全身全霊を以て務めさせていただきます」
「本当に彼は12歳かい?ここまで教育が行き届いているバーサーム家が恐ろしいね」
そう言って王太子殿下は俺を見る。この人、顔は笑っているが、目は笑っていない。こういう人物は要注意だ。敵と見なした人間には容赦がない。だからこそ俺はこの人に、過剰なまでの忠誠心を見せる。まあ、今のところ敵に回る気はサラサラないのだけど。
「本題に入ろう。君に頼みたいのは、黄金鳥だ。数は100羽ほどだ」
黄金鳥・・・。ルノアの森の奥深くに生息する、黄金の嘴と羽を持つ首長鳥だ。一説には黄金を餌にしているとされ、その身は豊潤で柔らかく、鶏肉の中では最高の味わいを持つとされる。一個体自体はFランクに分類される魔物であるが、警戒心が強く、しかも逃げ足が恐ろしく速く、その速度は光の速さに達するという。逃走に入った黄金鳥を捕まえるのは、LV5の神級の人間でも不可能とされる。その上その肉は足が速く、死んでから5分後には腐敗が始まり、1時間後には完全に腐ってしまう。そのため、黄金鳥の料理が食卓に上るのは皆無である。たまたま運よく見つけて狩る、というのが一般的で、一説には死期を悟った黄金鳥は、群れから離れて森の入り口付近に移るとされる。黄金鳥が狩られると、すぐさま解体されてその場で食べられるか、運よく「無限収納」を持つ者や、空間魔法の術者がいれば、腐敗をさせずに持ち帰ることもある。その時は何十万Gの値段がつけられるのだという。そんな幻の鳥が100羽である。かなり無茶な注文である。
「私の摂政就任に際して、就任式を行うことになった。その後、各貴族や諸国の使者を招いて晩餐会を行うことになっている。そのメインとして、黄金鳥の料理を出したいと思っているんだ」
「期限は2週間後だ。それ以上は待てないんだ。どうだい、やってくれないか?」
「これは殿下の御威光を示す絶好の機会なの。これが出来るのはリノス、あなたをおいて他にいないわ」
確かに、狩るのが極めて困難な黄金鳥を、しかも100羽揃えるということは、それだけでとんでもない戦力を保持していることを暗に示すことが出来る。抑止力として見せるのは、打ってつけだろう。
「師匠ではダメなのでしょうか?」
「バカ者。儂が行けば数羽は狩れようが、大量に狩るのは無理だ。数羽狩ったところで逃げられて終わりだ。群れを見つけたところで、儂の火魔法では丸焦げになって終わりだ」
「師匠で無理ならば、弟子の私はさらに難しいと思いますが」
「得意の結界魔法があるだろう。黄金鳥の群れを見つけて、そいつらをまとめて結界で縛ってそのまま連れてくればよいのだ」
無茶ぶりも甚だしい。まず警戒心の強い黄金鳥の群れを見つけること自体が困難だし、仮に見つけてもかなり広範囲に結界を張らなければならない。結界がバレた瞬間に黄金鳥は消えてしまう。師匠の方法は、難しいだろう。う~ん、どうしたものか。
「大丈夫よ。リノスだったら何とかするわ。殿下、大船に乗った気持ちでお待ちください。黄金鳥100羽、必ずお手元にお届けします」
エリル!いつの間にこの部屋に入ってきやがった?今、何ていったんだ?他人事だと思って勝手なこと吹いてんじゃねぇぞ!!
「うん、それを聞いて安心したよ。でも、腐敗した状態で持ってくるのはやめておくれよ」
「当然ですわ、殿下。バーサーム家には、「無限収納」がございます。その袋に入れてしまえば、腐ることはありませんわ」
「うん、私もそれがあるから先生に頼もうと思ったんだ」
「殿下、先生はおやめ下さい。エルザとお呼び捨てください」
「いや、私に真摯に意見をしてくれるのは、先生とバーサーム侯爵ぐらいだ。自分への戒めでもあるんだ。やっぱり先生と呼ばせてくれ」
「勿体のうございます」
俺以外の人たちの間で、穏やかな談笑が始まる。もう注文はお済ですか?俺に残された選択肢は、「ハイ、喜んで!」と返事をする以外残されていなさそうだ。