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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第五章 新・ジュカ王国編
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第百二十八話 対ラマロン軍夜襲作戦

ラマロン皇国遠征軍は、大きく分けて4つの軍団から構成されている。即ち、総司令官であるカリエス将軍が率いる本軍を中心に、その前を固める第一軍、左翼の第二軍、右翼の第三軍と言う構成だ。


カリエス将軍は、頭を痛めていた。自陣を防衛することにかけては卓越した指揮能力を誇っていた第二軍軍団長のジゼウが、まんまと敵の挑発に乗り、軍を動かしてしまったのだ。


第二軍が布陣している左翼は、ジュカ側の国境にも接している。万が一、大魔王の軍が現れた時のために、多くの結界師をそこに配置していたのだが、その半数が討たれてしまっていた。


「重ねて申しおく。諸将は私の命令無くして断じて軍を動かすことはならん。特に第三軍は徹底せよ」


第三軍副将のシーバが申し訳なさそうに頭を下げる。


幕僚たちを自陣に帰し、一人になったカリエスは、眼下に展開する夕日に染まった皇国軍を見てため息をついた。


カリエス将軍とアーモンド軍団長の戦いに関する姿勢は対照的である。カリエス将軍は、将たる者は最後列で冷静に戦況を分析し、適切な命令を出さねばならないと考えており、大将が死ねば全てが終わると考えている。従って、自分自身が前線に出るなどは論外である。一方でアーモンド軍団長は、最前線で指揮を執り、自分も命を懸けることによって兵を叱咤激励し、兵士の士気を上げなければ、戦うことは到底出来ないと考えている。


これは、皇国の士官学校で英才教育を受けたカリエスと、腕一本からたたき上げてきたアーモンドの言わば机上主義と現場主義の違いなのだが、あいにくとこの二人をつなぐ人材がこの軍にはいなかった。ラマロン軍の弱点と言えば、これが大きな弱点であった。


双方の言い分は正しい。しかし、それだけに話がややこしくなる。それを十分にわかっているカリエス将軍は、相容れぬ、しかし、類まれなる将器を持つアーモンド軍団長をどのように動かしていくのかに、思いを巡らせるのであった。



「日が落ちてきたな。そろそろ始めようか?」


俺はクノゲンに目配せをする。


「では、準備してきます」


「よろしく頼む」


クノゲンの姿が森の中に消えていったのを確認した俺は、後ろに控えているフェアリードラゴンのサダキチに目を向ける。


『サダキチ、出番だ。よろしく頼む』


『お任せください』


サダキチ以下、20匹のフェアリードラゴンが飛び立っていく。俺はイルベジ川からジュカ側に流れている川と、その対岸の山に向かって霧を発生させる。



「うん?何だあれは?霧か?」


ラマロン軍第二軍の兵長、ナゲシはジュカ側の国境地帯の異変に気が付いた。


夕日が墜ち、辺りが急速に暗闇に包まれていくこの時間、彼らは自陣の篝火に火を灯しているところであった。薄暗い中、ぼんやりと見える山が急速に真っ白い煙に包まれていく。軍団長に報告を入れようと、その場を離れようとしたその時、別の兵士から声が上がる。


「な、何だあれは!川が・・・燃えている?」


見ると、川の先は霧に包まれているものの、その先にユラユラと炎が揺らめいているように見える。しかもそれは巨大なものだった。数十メートルはあろうかという火柱が揺らめいていたのだ。そしてそれは、日が墜ちる速度に比例して、大きくなっているように見える。



「おーい、早くしろ!手はどれほど抜いても構わんから、早くしろ!」


霧の向こうではクノゲンが部下に発破をかけていた。


「いや~いざ手を抜けと言われても、意外に手を抜けないもんですね」


「何でもいいから早くしろ!もうすぐ始まっちまうぞ!」


クノゲンの部隊は、川の上に丸太を渡し、その上に巨大な櫓を組んでいた。しかもそれは川幅いっぱいに何棟もの櫓が建てられている。それに組みあがった所から火を放っているのだ。


「森に飛び火しないようにな。下手をすると山が丸焼けになってしまうからな!」


「まあ、風がないので大丈夫でしょう」


「作戦完了まで油断するな。組みあがった所から燃やしにかかれ!お前たち、早く組まないと焼け死ぬぞ!」


クノゲンたちは、まるで子供のように嬉々として作業を続けていた。



ラマロン側には動揺が走っていた。川の上流が真っ赤に染まっているのだ。まさか噂の大魔王が来たのかという予感を誰もが感じ始めたその時、第二軍の兵士たちに、耳慣れぬ音が聞こえてきた。


ドドドドドドドドドドーーーーーー


「おい、何だこの音?」


「ジュカ側から何かくるぞ?あれは・・・ぎゃぁ!」


突然、ラマロン軍の左翼が大混乱に陥る。ジュカ側の山から現れた、体長3メートルから4メートルにもおよぶ巨大な牛、エグニモの30頭の群れが、川を越えてラマロン軍に突撃していたのだ。


エグニモの特徴は、Tの字形の大きな角である。その角を突き立てて突撃した彼らは、易々とラマロン軍の築いた柵をぶち破り、その周辺にいた兵士たちを弾き飛ばした。


「大魔王だ!大魔王が攻めてきたぞ!」


「逃げろ!早く逃げるんだ!」


「うわぁぁぁ!俺は死にたくねぇ!」


あちこちからそんな声がする。それに釣られて、ラマロン軍第二軍の兵士は、次々と逃げ出した。そしてエグニモは、ある個体は逃げるラマロン兵を追いかけていき、ある個体は隣の第一軍に突っ込んでいった。



「何?第二軍が崩れているだと!?」


カリエス将軍は驚きを隠さなかった。


「ハイ、突然ジュカ側から巨大なエグニモが現れ、第二軍に突っ込みました!しかも、第二軍を突き抜け、隣の第一軍にも突っ込んでいます!」


「現状は!」


「第一軍のエグニモは討伐されました。しかし、他のエグニモは第二軍の兵を追っている模様です!」


「エグニモは臆病な魔物・・・人を襲うとは・・・信じられん」


混乱する頭を何とか必死に整理し、カリエス将軍は平静を保とうとする。


「兵たちは大魔王が出たと言う者もあり、動揺が広がっております!」


「各自命令があるまで持ち場を離れるなと重ねて厳命しろ。逃げる兵士は切り殺して構わん!」


「ハッ!」


足早に去っていく伝令の後姿を見ながら、カリエス将軍は次の手を必死で考えていた。



『ご苦労だった、サダキチ』


『このくらい、なんでもありません』


『お前たち、さすがだな。まさかエグニモのメスの発情の匂いが、あれだけのオスを呼び寄せるとは思わなかったな』


『お役に立ててよかったです』


『よく、敵陣深くまで鱗粉を撒いてきてくれた。お陰で敵に大打撃を与えることができた。ご苦労だった。休んでよし』


「・・・侯爵様!こちらも成功です!」


サダキチと対話していると、クノゲンの部下が戻ってきた。エグニモの後ろについて川を渡らせていた奴らだ。


「敵の左翼に動揺が広がっています!」


「よし!よくやってくれた!」


「大魔王が出た!逃げろ!って叫んで回ったらかなりの兵が、逃げていきましたよ」


「そいつはよかった。お前たちも早く戻ってこい。あと、クノゲンたちにも早く戻ってこいと伝えてくれないか」


「お安い御用です!」


闇に消えていくクノゲンの部下を見送りながら、俺は深くため息をついた。


その時、帝国側から凄まじい声で勝どきが上がった。


「「「「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」

「「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」


昼間に配った数千枚の厚手の紙でメガホンを作り、それを使いつつ全軍の兵士たちが大声を張り上げていた。ある者は木の上に登って絶叫していたり、ある者は敵の攻撃が届くギリギリのところまで出て行って大声を張り上げたりする者もいた。


「バカヤロー早く帰らせろー」


「メシ食わせろー!!」


「母ちゃーん!」


「ユリアー愛してるぞー!!」


勝どきに交じって好き勝手なことを叫ぶ兵士もいる。それらの声が山々に跳ね返り、何とも言えぬ騒音を巻き起こしている。マップで確認してみると、左翼の兵士たちを中心に、多くの兵士が落伍しているようだ。


「これではラマロンは心を折られるな。相変わらず、見事な手並みだな」


一部始終を見ていたラファイエンスが呆れたような声で俺に話しかけてくる。


「大魔王も、かくもいくまいと思わせる戦略だったな。いや、参った。脱帽だ」


「大魔王がいるとすればそれは・・・人の心に住む、弱さなのかもしれませんね」


俺はすぐ近くまで戻りつつあるクノゲンたちの姿を見つけようと、闇の中に目を凝らした。



「・・・正気か、アーモンド?」


カリエス将軍は眉間にしわを寄せたまま、アーモンド軍団長を見据えている。


「左翼、第二軍は壊滅状態です。兵達に動揺が広がっています。ここは軍を一旦引くべきです。帝国軍の総攻撃が始まる前に」


「第三軍が殿を務めると言うのは、私は賛成しない。アーモンド、お前は死ぬ気だろう」


「私のことより、皇国軍のことが大事です。今は出来るだけ多くの兵を無傷で退かせることが大切です。軍を立て直し、皇国内にヒーデータ軍を誘い込めれば、我々に勝機があります」


「・・・わかった。死ぬなよ、アーモンド。大将が生きていればいくらでも軍勢は立て直せる。しかし、大将が居なければ・・・」


「わかっています。お任せください」


「・・・幕僚たちを呼べ。今すぐにだ!」


カリエス将軍の号令一下、ラマロン皇国軍は闇の中で迅速な撤退作戦を敢行した。

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