第百二十三話 老将軍、無双する
ヴィヴァルとメイに王都に転移すると伝える。メイはそれですべてを察したようで、たった一言、「ご無事でお戻りください」と言って送り出してくれた。
西門付近に到着すると、既にそこは戦闘準備の真っ最中であった。クノゲンの部下たちが迅速にかつ的確に準備を終えていく様子がよくわかる。俺はそれを見つつ、西門の上に上がる。
そこにはクノゲンとルアラがいた。
「敵襲だって?」
「ええ。フェリス殿が偵察に行っています。ほら、あそこです。あの黒い塊、見えますか?あれが敵です」
クノゲンがノホホンとした口調で俺の説明をしてくれる。
「まだ遠いな」
そう言いつつ俺は「マップ」で確認する。見ると、王都の西側の一部が真っ赤になっている。どうやら敵と認定してよさそうだ。どうやら数は3000程度いるらしい。
「ご主人様!」
見るとフェリスが帰ってきていた。
「敵は3000から5000くらいだと思います。鎧を付けていたり、付けていなかったりと装備はまちまちです。ただ、全員が馬に乗っています。魔法使いもいるように見えました」
「ご苦労だった。クノゲン、どのくらいの距離かわかるか?」
「おそらく、馬で、全力で突撃すれば30分といったところでしょうか」
「攻めてくるかな?」
「来るでしょう」
「そこまでアホ・・・ああ、何か軍勢が動き出しているな」
「来ましたね。総員、戦闘態勢につけ!!」
クノゲンの号令一下、兵士たちは迅速に自分の持ち場に移動していく。
「・・・どうやら様子見をしながらの進軍ですな。こいつは直前まで突撃はしてきませんな。おいお前たち!敵の到着は一時間後だ。それまでに小便を済ませておけ!」
兵士たちから笑いが起こる。緊張感や悲壮感といったものが、コイツらには全くない。頼もしい限りだ。
「アイツらは、ジュカ王国の領主たちかな?」
「おそらくそうでしょう。我々がラマロンの軍勢を全滅させたことを聞きつけて、連合軍を組織したのでしょうな」
「だから装備がまちまちなのかー」
「余程急いで軍勢をまとめたのでしょうな」
「ただ、日中で3000の軍勢を相手にするとなると、ちょっと厄介だな」
「まあ、一部崩壊しているとはいえ、この王都の城壁がそう易々と破壊されるとは思えませんし、何よりリノス様の結界がありますからなー」
「持久戦に持ち込めば、確実に勝てるな」
「そうですな。部下たちにはラマロンの兵から奪った鎧を装備させているので、魔法にはかなり強くなっています。ですから、負ける要素は見当たりませんな」
「しかし、持久戦は避けたいな」
「と、おっしゃいますと?」
「一撃でアイツらを撃破したい。そうすりゃ二度と俺たちに喧嘩を売ろうとは思わんだろう」
「一罰百戒というやつですな」
「まあ、そういうことだ」
「では、夜を待って?」
「そうだな・・・一丁、ダメもとで頼んでみるか。クノゲン、ちょっと俺はここを離れるぞ。できるだけ早く戻ってくる。フェリス、何かあれば俺に「思念」を飛ばしてきてくれ」
「畏まりました」
そう言って俺は転移結界を張り、その場を後にした。
転移した先は帝都の宮城だった。俺はすぐに陛下に緊急の報告があると兵士に告げる。兵士も心得たもので、すぐに入城させてくれる。案内されたのは陛下の私室の隣にある会議室だった。侍従が言うには、俺が来たらいつ何時でもすぐに自分の所に連れてくるように命じられているのだそうだ。
部屋に入ると、陛下とラファイエンスが既に座っていた。
「おお、リノス殿、今、陛下からジュカ王国のことを伺ったところだ。さすが、というべきかな」
「いえ、クノゲンたちのお陰です」
「相変わらず、謙虚だ」
「さてリノス殿、緊急の報告とは、何であろうの?」
「陛下、王都が敵に襲われております」
「敵?」
「おそらくですが、王都の陥落を聞きつけて、ジュカの貴族たちが連合軍を組織したようです。その数はおそらく3000程度と思われます。私の手勢300では少々荷が重いのです。既に王都の至近距離まで迫っております。できれば、援軍をお願いしたいのですが」
「リノス殿、それはいつのことかな?」
落ち着いた声でラファイエンスが質問してくる。
「本日、15分ほど前です」
「本日?15分前??」
ラファイエンスは眉間にしわを寄せて俺を睨んでくる。
「ラファイエンス、貴公には話しておこうかの。これは他言無用だ。リノス殿はな、転移結界のスキルを持っておるのだ」
「転移結界?それは・・・あの・・・」
「そうだ。じゃによって、リノス殿はジュカから帝国まで一瞬で移動できるのだ」
「それは・・・また・・・かなりのMPを使うのでしょうな」
驚きすぎてラファイエンスは突拍子もないことを口走っている。
「そうか・・・ジュカにまた内乱か・・・」
陛下は腕を組んで考え始めた。
「ふむ、帝都の防衛軍は既に出陣させてしまったの。さて、どの部隊を引き抜くか・・・」
「陛下、恐れながらそのお役目、このラファイエンスにお任せいただけませんでしょうか?」
「貴公がか?北方の防衛は如何する?」
「私がおらずとも、部下が何とでも致しましょう」
「さすがに貴公一人行かせるわけにはいかんだろう」
「では、我が直属の騎士団を連れてまいります」
「・・・100名ほどか・・・。リノス殿、それだけの人数だが、可能であろうか?」
全く問題ないが、俺はもったいを付けるようにちょっと考えて、
「何とか頑張りましょう」
と返事をする。
「そうか。宝物庫に取って置きのMP回復薬がある。それを持っていけ」
「ありがとうございます」
「ラファイエンス、貴公は帝国の柱石じゃ。断じて死ぬことは許さん。危険な場合は必ず撤退せよ。そして、リノス殿の転移結界は秘匿せよ。それが守れる者だけに従軍を許す。これは勅命じゃ」
「畏まりました」
恭しく俺たちは一礼をして陛下の下を辞した。
「さて、準備をしてこようか!リノス殿、城門の前でお待ち下され!」
うれしそうにラファイエンスは、小走りに駆け出していった。俺は一旦、外に出てから屋敷に帰り、留守番をしているフェアリに、皆が帰ったら王都のことを伝えるよう言いつけ、イリモを伴って再び城門前に転移した。
約30分後、帯剣し、鎧や兜などを身に付け、完全に戦闘態勢を整えたラファイエンスたちが城門の前に現れた。
「お待たせした。さてリノス殿、行こうか!」
老将軍はやる気満々だ。その後ろに控えている騎士団も苦笑している。俺は城門前の広場に転移結界を張る。約100名もいるので、かなり大きな結界を必要としたが、なんとか全員を中に納めることができた。
「では、いきます」
結界を発動させると、一瞬で景色が変わる。さすがに全員が少しうろたえているようだ。
「こ、ここは、どこだ?森か?」
「ええ。ジュカ王国北方の、ルノアの森と呼ばれる森の中です」
「ルノアの森・・・」
「出口はあちらになります。森を出るとすぐジュカ王都の北門が見えます。まずはそちらに向かいましょう」
森を抜けると、兵士たちの歓声が聞こえてきた。どうやら戦闘が始まっているようだ。
「うん?戦闘が始まっているのか?どこだ?」
「あれに見えるのが王都の北門です。敵はおそらく西門を攻めています。あの北門を左に見て、城壁に沿って進んでいくと、敵に当たると思います」
「そうか、皆の者、続け!」
ラファイエンスたちは風のような速さで駆けだしていった。
俺とイリモは西門に転移する。そのまま城門の上に上がると、クノゲンが悠然と構え、フェリスとルアラが魔法で攻撃をかけていた。
「・・・敵は西門に全兵力を当てているのか?」
「そのようですな。フェリス殿とルアラ殿を筆頭に魔法で攻撃しておりますが、向こうにも結界師がいるようでして、攻撃の一部が防がれておりますな」
「一部?」
「一部です」
「魔法の攻撃は・・・?」
「ある程度は通っております。まあ、今は魔術師が回復魔法をかけているようですが、それも遅かれ早かれ枯渇するでしょう」
見ると敵は、矢や魔法で攻撃もしているが、俺の結界に阻まれて攻撃は通らない。そこで、愚直に城門に向かって突っ込んでくる作戦を採っているようだ。そこに俺たちの兵が城壁の上から十字砲火のように魔法攻撃を繰り出しており、さらにはフェリスとルアラが正面から攻撃を仕掛けている。
「・・・意外とヤツらタフだな?」
「ええ。かなり訓練されている兵もいるみたいですな。ところで、援軍はどうなりましたか?」
「ああ、ラファイエンスとその愉快な仲間たちが援軍に来てくれた」
「ほう、将軍が。それは見ものですな」
クノゲンは嬉しそうだ。しばらくすると、敵の後方から小規模な軍団が凄まじい速さでこちらに向かってきているのが見えた。
「リノス様!将軍です!ラファイエンス部隊です!」
瞬く間にラファエンスたちは敵の背後に迫り、そのまま突撃していく。不意に背後から攻撃された敵は大混乱に陥った。次々とラファイエンスの部隊は敵をなぎ倒していく。何より、ラファイエンス自身が先頭に立って敵を片っ端からなで斬りにしている。
「あの老将軍、凄まじいな」
「若かりし頃は、「鬼」と呼ばれていたようですからな」
よく訓練され、練度の高いラファイエンスの部隊は、右に左に展開し、敵を翻弄していく。何より、ラファイエンスの剣捌きが尋常でなく速い。それに怖気づいた敵が後退し、さらにそこにラファイエンスとその愉快な仲間たちが突撃していく。そして、敵の部隊が完全に分断されたのを機に俺は全員に総攻撃を命じる。
「城門を開けろ!打って出ろ!」
クノゲンも出撃し、フェリスも敵の中に飛び込んでいった。
「ああっ、フェリス姉さま危ないですよ!!」
「ルアラ、お前はフェリスのサポートだ。アイツに近づく敵を魔法で攻撃しろ。フェリスに当てるんじゃないぞ!」
「わかりました!」
わずか400の兵士に囲まれ、なす術もなく蹂躙されていく3000の兵士たち。ある者は斬られ、ある者は必死に逃亡を図るための血路を開こうとしている。
約30分後、全ての戦闘は完了した。今回はかなりの兵士の逃亡を見逃した。それぞれの領地に帰り、俺たちの「強さ」を吹聴してもらうためだ。
兵士たちはゾロゾロと西門に帰ってくる。そして、敵の大将を生け捕りにしたラファイエンスの部隊が西門を通過したのを合図に、王都の西門は再び閉じられた。
「いやー久しぶりに最前線に立ったが、まだまだ腕はサビついておらんな」
満面の笑みを湛えたラファイエンスの顔が、兜の中から現れた。
「少々手勢が少ないと思っていたが、あの機に城から打って出るとは見事な采配だったな。お陰で敵全体が動揺してくれたわ」
「将軍様、さすがですな」
「おお、クノゲンか。お主も、壮健そうで何よりだな」
今回も俺たちは一人の死者を出すことなく、敵を完封することができていた。怪我をした者が多くいたので、そいつらには回復魔法をかけてやる。
「いや~戦闘は、いいなぁ」
健康的な笑顔を見せるラファイエンス。その姿を見て俺は、このナイスガイな老将軍はひょっとして、かなりの戦闘狂ではないかと思いつつ、苦笑いを浮かべるのだった。