第百二十二話 賢者・リノス
何時間経っただろうか。既に日は落ちていて、部屋の中は真っ暗だ。そんな中でも、リコの白い肌は確認することができる。
静かだ。物音一つしない静寂の中で、リコの小さな寝息がかすかに聞こえてくる。俺はリコのかわいらしい顔を撫でた後、体を起こして服を身に付け、ダイニングに向かった。喉がカラカラに乾いていたのだ。
「あれ?お戻りだったんですか?」
俺の姿を見て、ペーリスが目を丸くしている。彼女は食事の準備をしているようだ。まだ、晩飯前みたいだ。
「ああ、ちょっと前にね。悪いけれど、冷たい水をくれないか」
キンキンに冷えた水を一気に飲み干す。美味い。水の粒子が体の細胞の一つ一つに染みわたっていくようだ。
「ご主人様~」
パタパタとフェアリが飛んでくる。フェアリを抱っこしていると、フェリスとルアラが帰ってくる。続いてゴンも戻ってくる。そして最後に、メイが戻ってきた。サイリュースたちへの説明は済み、今後の畑の耕作計画もまとめてきたのだと言う。そして、ソレイユたちは帝都ホテルに帰ったのだそうだ。ラマロンとの戦いが一段落するまで捕虜として過ごすつもりらしい。メイはその二人も転移結界で送ってきたそうだ。
「別に捕虜になる必要ないんだけどな。まあ、すまなかったな、メイ」
「いいえ。転移するだけですから、全く問題ありません。ところで、リコさまは?」
「ああ、今日は疲れていて部屋で寝てるんだよ。ペーリス、済まないが、起きた時に食べられるサンドイッチでも作ってくれないか?あ、それと、冷たいお水も入れてやってくれ」
「かしこまりました」
ペーリスが見事な手際でサンドイッチを作り、小さいバスケットに入れてくれる。その準備が整ったのを確認して、俺たちは夕食を食べる。
皆で今日あったことを報告し合う。フェリスとルアラはジュカの王都での炊き出しの話だ。二人とも男連中に人気があるようで、どっちの炊き出しの列に人が並んだかを張り合っている。ペーリスも、暇を見つけて王都に行くという。彼女のお陰で、王都民は完全に胃袋を掴まれつつある。ゴンについても、クルムファルとニザの畑を管理してもらっているが、今のところ全く問題はなく、夏の収穫も問題なくできそうだという。これも一安心だ。
美味い料理に舌鼓を打ち、デザートを堪能する。そして、食後の後片付けが終わった後は、皆思い思いに時間を過ごしている。
俺はメイと共に離れに向かう。
「メイは今日も研究室か?」
「いいえ。材料が揃っていないので、作業は明日からにしようかと思っていますが・・・」
「風呂入るけど、一緒に入るか?」
「・・・ハイ」
顔を真っ赤にして答えるメイはとてもかわいらしい。俺はリコの夜食と水を部屋に運ぶ。まだリコはスヤスヤと寝息を立てていた。それを見て、風呂に向かう。
体を洗い、湯船につかる。至福の時間だ。
「・・・リコ様は、どうされたのですか?」
「寝てるよ」
「何かお疲れだったのでしょうか?」
「う~ん」
俺は屋敷に転移してきてからの顛末をメイに話した。
「・・・ご主人様を押し倒すなんて、リコ様にしては珍しいですね」
「ああ。でも、ベッドに入ると途端に大人しくなるんだ」
「いつものリコ様ですね」
「でも、ずっと潤んだ目で俺を見つめて、手をすごい力で握ってくるんだ」
「このところ・・・その・・・なかったですから・・・」
「そんなかわいらしい顔で見つめられると俺もさすがに・・・な。すげぇ頑張ったよ」
「リコ様がうらやましいです」
「サイリュースたちの透け見える体に興奮してしまったのは、紛れもない事実だ。リコはそこに嫉妬したのだろう。でも、また俺はリコに心を鷲掴みにされてしまったよ」
「・・・私も、ちょっと焼きもちを焼きましたよ?」
「メイにも、お詫びするよ」
「・・・ハイ」
風呂から上がった後、俺はメイと共にベッドに入った。リコとはまた違うが、メイはメイで素晴らしい。何と言っても均整の取れた体が非常に美しい。それにベッドに入るとメイはとても積極的になる。これはこれで俺は燃えるのだ。
メイとの濃厚な時間を堪能し、彼女の満足そうな寝顔を確認して、俺は眠りについた。
・・・なぜか早朝に目が覚めてしまった。もうひと眠りしようとしたところ、左右にリコとメイの寝顔が目に入った。二人ともとてもかわいい。また堪らなくなってしまった俺は、眠っている二人の体に、沢山のキスマークを付けた。
しばらく二度寝を愉しんだあと、リコとメイが目覚めると同時に、俺も目覚める。二人とも朝日を浴びると普段の自分を取り戻すようで、いつも恥ずかしそうに起きる。今朝は普段とは違う自分の体に気が付いて、さらに恥ずかしそうにしている。でも、どこかうれしそうだ。
服を着ようと起き上がると、リコが俺の手を引っ張る。思わずベッドに仰向けに倒れると、リコとメイがお返しに、俺の体にキスマークを付けた。
そんな感じでじゃれ合った後、服を着替えてダイニングに降りる。みんなでワイワイと朝食を食べ、俺とメイはサイリュースの里に、リコはクルムファルへ転移する。昨日とは打って変わって静かな雰囲気だが、よく見ると、ヴィヴァルたちは何やら女性の精霊を使役して上空に風を起こしている。
「バーサーム様、ようこそおいで下さいました。カメリアと申します。以後お見知りおきをお願いいたしますわ」
「族長さまたちは何をされているのです?」
「村に血の臭いが漂ってまいりましたので、風の精を使って、その臭いをかき消しているのです。血の臭いは精霊が最も嫌いますので・・・」
「なるほど」
「族長さまの手が空くまで、どうぞこちらでお待ちくださいませ」
「あ、私は畑の様子を・・・ノームさんとも話をしなければいけませんから」
メイは畑に行ってしまった。俺は一人、別の部屋に通される。
そこは、かなり広かった。部屋の1/4はフカフカの毛皮が敷かれており、ここで寝転ぶと気持ちよさそうだ。そんなことを考えていると、カメリアと共に3人のサイリュースが部屋に入ってきた。どれも美少女たちだ。当然、衣装が透けて見えるので、中身もバッチリ見えてしまう。
彼女たちは毛皮の上に座る。それを見た俺も彼女らの前に座る。そしておもむろにカメリアが口を開く。
「実は、バーサーム様にお願いがございます」
「何でしょう?」
「我々に、お情けをいただきたいのです」
「お情け?」
「つまりその・・・あなた様の子種を頂戴したいのです」
そう言って四人は着ている物を脱ぎ捨てた。
一糸まとわぬ美少女たちの姿が目の前にある。昨日の俺ならば完全に理性を飛ばしていただろう。しかし、今日の俺は一味違う。賢者・リノスにそのような誘惑は通じないのだ。
「それは、族長さまからのご命令ですか?」
「そ・・・それは・・・」
「あなた方の思いはありがたいですが、族長さまの許可なくしては、あとあと問題になりませんか?」
「それは、大丈夫です。決してバーサーム様のお名前は出しません」
「あなた方は、こうやって子孫を残しているのですか?」
「その通りです。我々は女性しか生むことができません。それ故、優秀な男の子種を宿して子孫を残していくしかないのです」
「あなた方はいままで何人の男を篭絡してきたのです?」
「失礼な。我々が身を任せる男は一人と決まっております。他の男には触れられたことはございません!」
カメリアは毅然と言い放つ。その他の女たちも同様にうなずく。
「・・・それならば、やめた方がいい」
「・・・なぜでございますか?」
「俺のはね・・・ヤバイんですよ」
「ヤバイ?」
「デカイのです」
「え?」
「馬並みなんです」
「と、おっしゃいますと?」
俺は拳を握り締めて差し出す。
「そ、そんなに!?」
「ええ。ですから、生娘にはかなりの・・・。妻のメイリアスも来ていますので、話をさせましょうか?」
「け、結構です・・・」
俺はオロオロとする彼女たちに服を着るように促して、部屋の外に出た。ヴィヴァルたちの作業も丁度終わったようだ。彼女は俺を見つけると、慌てたように駆け寄ってきた。
「バーサーム様、森の精霊の様子がおかしいのです。何か落ち着きがありません。ニト!ニト!はいるかしら?」
「はい、族長様、ここに」
「森の精霊たちは何と言っているの?」
「お待ちください」
ニトと呼ばれる、まだ幼い少女が何やら呪文を唱えている。しばらくすると、小さい森の精霊が現れて、何やら彼女と話をしている。
「族長様、森の外に殺気が渦巻いているようです。森の精霊たちが怯えています」
「また、戦なのでしょうか・・・」
ヴィヴアル達は不安げな表情を浮かべる。その時、頭の中に「思念」が飛んできた。
『ご主人様、ご主人様!』
『フェリスか、どうした?』
『敵襲です!西の方から大軍が王都に向かって来ています!』
『わかった。すぐに向かう』
俺は早速、王都に向けて転移結界を準備する・・・。