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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第五章 新・ジュカ王国編
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第百十七話  なんちゃって大魔王と両手の女神

シンと部屋の中は静まり返ってしまった。俺が大魔王と名乗ったことで、全員が引いてしまっている。息をする音すらも聞こえてきそうなほどの静寂だ。俺は声を低く落とし、できるだけ尊大な態度を取りつつ、話を続ける。


「久方ぶりに我が城に帰ってみれば、愚劣な人間どもが、城の中をメチャメチャにしておった。貴様たちは我の民を殺した。その罪は償ってもらわねばな。そうだな・・・貴様の国の民を根絶やしにしよう。我の城に侵入し、狼藉を働いた者どもは、手下どもに皆殺しにさせたが、それでは手ぬるい。おいお前!」


俺は捕虜として捕らわれている魔術師の男を指さす。


「国に帰って伝えるがいい。大魔王がお前らの国を灰にすると。しばらくの猶予をやろう。精々、怠りなく準備をするがいい。我を愉しませてくれよ?すぐに亡ぼしてはつまらんからな。城に侵入した奴らは全く骨のない奴らばかりだったので部下たちも退屈しておるところだ。この者どもを血祭りに上げたあと、お前らの国に向かう。早く行けよ?さもないと、我の方が早く着いてしまうかもしれんからな?フフフフフ」


男は完全に血の気を失っている。顔面が蒼白だ。


「外の馬を使うがいい。・・・行け!」


男は尻もちをつき、這う這うの体で外に飛び出していった。


「・・・アイツ行ったか?」


しばらくして、周りに尋ねてみる。部屋の中が大爆笑に包まれる。


「どうして大魔王だなんて言ったのですの?ビックリしましたわ」


「いや~、ラマロン軍が動揺しないかなーと思って」


「そこを狙ったにしては、随分と無理がありましたなー」


「そうか?いい芝居だったろ?」


「リノスにお芝居は無理ですわ」


「そうかー?いい演技だったと思うけどなー。だってアイツ、飛び出していったぞ?」


「侯爵様の芝居に、騙される方も騙される方ですな」


「クノゲン、ひどい言い方だな、それ」


「いえいえ、クノゲンの言う通りですわ」


捕虜たちをほったらかしにして、俺たちは大盛り上がりである。マトカルたちは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「きっ・・・貴様は・・・何なのだ?」


「ああ、なんちゃって大魔王だ」


「ナンチャッテ?」


「大魔王でも何でもねぇよ」


「騙したのか!汚いぞ!」


「戦いに汚ねぇもへったくれもないだろう。お前らも、人のことを言えた人間じゃないだろう?」


「我々は・・・」


「上からの命令だったとは言わさんぞ。ジュカ王国は復活した大魔王が治めている地であり、そこに住まう人間たちは大魔王の手下だから皆殺しにするべきだ。そんなアホな考えに賛同してこの作戦を立案し実行したのは、お前とそこのフルチン野郎だろう?」


「・・・」


「そしてそこのフルチン野郎は、さらにゲスいぞ?首尾よくジュカ王国を併呑した後は、自分もその領地の一部を貰う手はずを整えている。貴族の子弟たちを自分の家臣にすることを条件としてな。皇国からすれば、食いっぱぐれて、くすぶっている貴族の次男や三男たちをジュカに送り込めるから、この野郎と皇国の利害は一致したわけだ」


「それでは、ラマロン皇国は・・・貴族の子弟に土地を分け与えるためにジュカ王国に・・・」


「ああ、ヒーデータ帝国と持っている悩みは同じだったということだ」


「何と浅はかな・・・」


「それだけじゃない。ラマロン皇国はここ数年、不作が続いていた。このままでは飢饉が発生する。その前に肥沃な土地を手に入れる必要がある。そこで目を付けたのがジュカ王国だ。ここを併呑してしまえば、当面の食糧の心配はなくなる。とはいえ、ジュカの人間たちに反乱を起こされては煩わしいから、敢えて苛烈な占領政策をすることで、反乱の目を摘もうとしたのだ」


「最悪の占領政策ですな」


「ああ。こいつらは目先のことしか考えていないから、こんなアホな作戦を思いつくのだ。お前ら俺が来なかったとして、どうやってこの国を維持していくつもりだったんだ?お前らのことだ。待っていれば本国から食料が届くと考えていたのだろう。甘ぇよ。国境付近でヒーデータとラマロンの両軍が睨み合っているのに、食糧なんざ届くわけねぇだろ」


「我が皇国はヒーデータを粉砕する!食料が届くのは間もなくのはずだ!」


「その割には、両軍ともに動きがないようだけどな」


「そこに大魔王復活、しかもラマロンの精鋭3000が皆殺しにあったという報がとどけば・・・間違いなく、軍に動揺が走りますな」


「そうなればいいなと思うが、そこまでショボイ軍勢でないことを祈るがな」


「いや、そうもいかんでしょう。ジュカの王都を占領してわずか10日ばかり。一国の王都をこのような短期間で占領する精鋭部隊が一夜にして、しかも3000名もの兵が全滅したのです。そりゃあちらは焦るでしょう」


「ま、俺の知ったこっちゃないがね。焦ればラマロンの負け、焦らなければ次の策を考える。それだけだ」


俺は捕虜たちを見回す。全員、顔面が蒼白だ。


「女たちは大事な捕虜なので、丁重に扱う。安心しろ。俺たちはお前らのように獣ではない。身の安全は保障してやる。しばらくはこの王都でゆっくりとしているがいい」


そして、隣のレイリックに目を向ける。


「お前は、キツいおしおきが待っている。楽しみにしてろよ?」


ニヤリと俺は笑う。フルチン野郎は恐怖のあまり失禁していた。



夕方近くなってきたので、捕虜たちはクノゲンに任せて、俺たちは炊き出しの準備にかかる。夜の炊き出しは大好評だった。用意したカレーはクノゲンたちの夕食を確保するのが難しくなるほど、王都民はよく食べた。美味い料理は人の心を和ませるようで、人々に笑顔が見られるようになった。


炊き出しはカレーだけなので、別の人間でも事が足りるということで、早々に俺たちはお役御免となった。みんなを屋敷に返し、明日に備えて早く休むよう伝える。明日はクルムファルから大量の食料と海産物が届く予定なのだそうだ。


残ったのは俺とリコ、メイの三人だけになった。俺は別の転移結界を用意して、三人でそこに乗る。着いたのは、王都の南門だった。


広場の死体置き場を見せないようにして、俺たちは東に向かって歩き出す。ここは、かなりの間放置されていたのだろう。ほぼすべての屋敷が幽霊屋敷のようになっていた。さすがにリコもメイも怖がってしまい。俺たちは三人手をつなぎながら道を歩いた。


ほどなくして、目的地に着いた。


「・・・大きな木ですわね」


「そう見えるようにしているんだ。今から結界を解く」


「・・・お屋敷ですか?」


「そう、ここが俺が奴隷時代を過ごした家、即ち、バーサーム家の屋敷だ」


「ここだったのですか・・・」


俺はリコとメイにどうしても俺が育った家を見せたかった。この屋敷を見れば、バーサーム家の人々の人となりを理解してもらえると思ったのだ。俺は二人の手を握りながら、屋敷の中に入る。夕闇が迫ってきているので、俺はライトの魔法で部屋の中を明るくする。ダイニングとキッチンしか残っていないが、全てはあの当時のまま、清潔な状態で保存されていた。懐かしい・・・。見ていると、あの当時のことが鮮やかに思い出される。



上品に食事をとるエルザ様。次から次へと料理を平らげ、俺の給仕が間に合わないほどの速さで食事をするエリル。酒をガブ飲みしながら、昔の女の話を自慢気にするファルコ師匠、メイドたち・・・。ここで開催された華やかなバーティの数々・・・。不安ではあったけれど、それを感じる時間もなかったほどの濃密な時間がそこにあった。あの当時のことが走馬灯のように思い出される。


『おかえりなさい』


ふと、そんな声が聞こえた気がした。この声は、エルザ様だ。俺は思わず片膝をつき、胸に手を当てる。


「ご主人様、エルザ様。長らく留守をいたしました。リノス、ただいま・・・戻り、ました」


涙があふれて止まらない。そんな俺の肩をそっと抱く手があった。リコとメイだ。俺は思わず、二人の手を握る。軟らかく、ほのかに暖かい手だ。


リコはにっこり微笑むと、膝を折り、両手を胸の前で組み、頭を下げる。まるで神に祈るようなポーズのまま、小さな声でつぶやく。


「リノスの妻、リコレットでございます。ふつつかものですが、よろしくお願い申し上げます」


それを見たメイも同じポーズを取り、


「同じく妻のメイリアスでございます。まだまだ至らぬ点も多いですが、何卒お見守りくださいませ」


「ありがとうリコ、メイ」


二人はとても優しい笑みを讃えていた。女神が、そこに居た。


二人を伴って屋敷の外に出て、再び結界をかける。屋敷に帰ろうと振り返ってみた空には、とても美しい満月が出ていた。


「きれい・・・」


「本当ですね、リコ様」


「リコ、メイ、本当にきれいだ・・・」


俺は月明かりに照らされた二人の女神を、強く抱きしめた。



五日後、ヒーデータ帝国との国境付近に陣取っていたラマロン軍に、一人の使者が到着した。髪は乱れ、頬はこけ、目の下に濃いクマを作った、どう見ても不休不眠で走り続けた顔をしており、さらには、何かに怯え切ったような、ガタガタと体を震わせながらの到着だった。


「ち・・・注進・・・将軍様に・・・注進」


「どうした!」


「大魔王・・・復活・・・。マトカル・・・全滅。皇国・・・大魔王・・・襲来」


そう言って男はがくりと項垂れた。この報告は上層部によって秘匿され、厳重な緘口令がひかれたが、ラマロン皇国軍上層部には激しい動揺が走ったことは言うまでもない。後にこの報告がラマロン皇国にとって予想だにしない結果を生むのだが、それはまた、別のお話。

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