第百十六話 リコ、完全試合を達成する
美味しそうなカレーの臭いが漂ってくる。夜の炊き出しが完成に近づいているようだ。前世で、子供の頃にカレーの臭いが自分の家からだと分かった時は、無性にうれしかった記憶が蘇る。
以前、自力でビーフシチューを作ったことはあるが、このカレーについてはペーリスのお手柄だ。彼女は色々なスパイスを組み合わせて、実にコクのあるカレーを作ってくれた。それに、使っている肉はカースシャロレーなのだ。不味いわけがない。実にぜいたくな炊き出しだ。
そんな香りを楽しみながら、俺は王都の北門の隣にある建物の一室に座っている。ここは元々王国軍の兵舎があった所で、建物自体はそのまま残されており、割合きれいな状態だ。
「リノス、よかったら味見をなさいますか?」
リコができたてのカレーを持ってきてくれる。食べてみると、やはり美味い。
「うまい。さすがはペーリスだな。これは店が開けるな。リコ、食べてみろ。あーん」
「・・・本当。美味しいですわね」
「・・・お取込み中失礼します」
「ああ、クノゲンか。ご苦労だったな。まあ、入ってくれ」
ラマロンらしき6名の捕虜を連れたクノゲンたちがやってきた。全員両手を前にして縛られている。そして、途中で出会ったというリシマも、レイリックを連れて部屋に入ってきた。ヤツは相変わらず、全裸で後ろ手に縛られている。なかなかカオスな状況だが、さすがにリコは眉一つ動かさない。
「相変わらず、お熱いですな」
「うらやましいだろ?」
「ハハハ、うらやましいですな」
「何やら、美味そうな匂いがしますね」
「夜の炊き出しのカレーを作っている。今食ってみたが、美味いぞ。お前たちも食え、腹減ってるだろ?」
リコに捕虜も含めた人数分のカレーを持ってくるようにお願いする。そして、彼女の退出を見届けた後、俺はおもむろに口を開く。
「ヒーデータ帝国のバーサーム・ダーケ・リノスだ。そのフルチン野郎は分かっているが、他の6名もラマロンの人間か?」
「・・・」
全員が俯いて何も答えない。俺はクノゲンに目配せをする。
「いかだで川を下っていました。何より、そのうちの一人は漆黒の鎧に身を包んでいましたので、間違いないでしょう」
捕虜を見まわすが、鎧を付けた人間が見当たらない。
「捕らえた時、鎧を脱がしたのですが、そのままでは差しさわりがありまして・・・」
ポリポリと頬をかきながら困った表情でクノゲンが話す。そして、一番前に座っている金髪の人間に視線を向ける。コイツだけなぜか布にくるまれている。俺は再びクノゲンを見る。
「女なのです」
「女ぁ?」
「ええ、てっきり男だと思ったのですが、鎧を脱がせて裸にしたところ、ついている物が付いていませんでした」
「何だ、金玉を持たん奴が、この残酷非道な軍団の司令官だったというわけか?」
「・・・」
「ラマロン軍の司令官とお見受けするが、お名前を伺っても?」
やはり何も答えない。
「しょうがない。体に聞くか」
俺は「鑑定」スキルを発動しようとする。
「・・・好きにするがいい」
「うん?何?」
「私をオモチャにするのだろう。存分に楽しめばいい。貴様ら全員で私を嬲るのだろう。嬲るがいい。私の体中をお前たちの汚い舌で嘗め回して、私の穴という穴をお前らの逸物で犯し抜いていくのだろう。女と知られた上からはそれは覚悟している。私の体を存分に賞味するがいい」
「・・・お前、何言ってんだ?穴という穴?何の話だ?」
「そ・・・それは・・・私の・・・その・・・」
「なに真っ赤になってるんだ?大丈夫か、お前?」
何かとんでもない勘違いをしているようだ。ちょうどその時、リコが部屋に入ってきた。
「カレーをお持ちしましたわ」
「ああ、ありがとう。とりあえず、食べながら話そうか?」
クノゲンたちは早速、美味い美味いと食べているが、女たち捕虜は縄を解かれたにもかかわらず全く手を付けない。ちなみに、フルチン野郎にカレーはない。ヤツの縄を解く気はないので、余った分はリコにあげたのだ。
そんな中、女は気丈にもかなりしっかりした声で話し出した。
「ヒーデータ帝国の、バーサームという名は知っている。皇帝の妹を篭絡し、帝国を意のままに操ろうとする佞臣という噂通り、ロクでもなさそうだ!」
「ほう、そんな噂が立ってたんだな。俺はリコを篭絡したそうだ」
俺は視線をリコに送る。
「全く、噴飯ものですわね」
リコは呆れたように首を振る。
「私が望んでリノスの妻になったのですのにね」
「まさか・・・貴様が」
「ええ。ヒーデータ帝国皇帝の妹、ヒーデータ・シュア・リコレットと申しますわ」
「・・・大方、バーサームのあの顔で骨抜きにされたのだろう。人前でイチャくなど・・・ロクでもない女だ!」
「ええ、仰る通り私は、夫のことが好きすぎる、ロクでもない妻でございますわ」
リコは胸に手を当てて、かわいらしい笑顔を見せて答える。その笑顔を絶やさぬまま、
「私が夫に惚れたのはここではございません」
リコは指で自分の頬を指し、そして、ポンと胸を叩く。
「ここに惚れたのです」
苦虫をかみつぶしたような顔をして、女はリコを睨んでいる。
そんなリコの完全試合を見ながら、俺は鑑定スキルを発動させる。
「ほぉぉぉ。お前は、ラマロン皇国の皇帝の娘か。妾腹だったのか・・・?。皇位継承権はないと。子供の頃から剣・・・?男として?はぁ?・・・何だそりゃ?ぶあっはっはっは!そりゃ無理だろ!バカじゃねぇのか?ほぉ、フルチン野郎が参謀と。・・・ロクでもねぇ参謀だな。・・・なるほど。残酷だな。・・・何と言うことを・・・」
色々とグロい場面も見えてしまったので、頭がズキズキする。俺は一旦、一呼吸を置いて再び話し始める。
「今からお前のことを喋るが、自分から言うことは・・・ないようだな。間違いがあるなら、言ってくれ」
女をはじめとする捕虜たちは完全に凍り付いている。
「お前の名前は、ラマロン・マトカル。23歳、女性。現皇帝のラマロン・クロウ・フレインスの娘だ。母親の身分が低かったために、宮廷内では育てられず、そこにいるフルチン野郎、ビュー・レイリックの父親に育てられた。・・・母親はフルチン野郎の親父の妾になったのか?まあ、そこはいい。親父が軍の将軍だったので、自分も軍人を目指した。しかし女じゃ軍人になれない。そこで、男として剣術を身に付け、軍人となるべく訓練を受けた。まあ、頑張り屋さんで、軍人としての素養もあったようだな。成長の後、一度は女性と結婚するが、一切手を付けなかったために、ほどなく嫁さんに逃げられる。軍の中で嘲笑の的になりかけたが、反乱軍を皆殺しにして鎮圧して、保身に成功した。ちなみに、皆殺しにするのを提案したのは、そのフルチン野郎だ。そしてその後、次々と魔物の討伐・・・ドラゴンの征伐を成功させたのか?その功績で軍の司令官の任に着くことができた。そして、ジュカ王国への侵攻を任せられた。フルチン野郎のアホな作戦を採用して、全てのジュカ国民を殺しつくすことにした。その結果が、この有様になった・・・。どうだ?」
マトカルとフルチン野郎の目が見開かれ、瞳孔が開いている。俺はそいつらに構わず、その他の捕虜たちにも鑑定スキルを発動させる。
「そして・・・他の奴らは・・・結界師が・・・二人。両方とも女か。モノシ、お前はかなり優秀だな。・・・なるほど、自分の体がマヒしてきたので、咄嗟にマトカルたちに結界を張ったのか。それで脱出できたんだな。あとは・・・回復魔法の魔術師か。男が一人であとは女と。お前らは仕事してねぇな。モノシに感謝しろ?そうでないと、お前らは命がなかった」
ついでに、フルチン野郎にも鑑定スキルを発動させる。
「・・・予想はしていたが、想像以上にゲスだな、お前。無理やり女を手籠めにする以外知らねぇのか?真面目な恋愛が皆無じゃねぇか。・・・なるほど、王国の女たちを攫って手籠めにしていたのは、お前の命令だったんだな。・・・で、その光景をマトカルに盗み見させていたと。バカ野郎、まだネンネの女に気色の悪いプレイを見せてんじゃねぇよ。・・・オイオイ、随分と・・・。うわあ、最悪。見るに堪えん」
内容が衝撃的過ぎて俺には直視できず、思わず鑑定スキルを打ち切る。
「真正のアホだな、お前ら。司令官ならなぜソイツの暴走を止めねぇんだ」
「・・・戦場で女が必要になる。これは・・・当然のことだ」
「マトカルよ。お前女なんだから、フルチン野郎が辛抱たまらん状態なら、お前がヤラせてやりゃよかったじゃねぇか」
「なっ!バカな!私とレイリックはあくまで兄弟のようなものだ。あり得ん!レイリックとなど、天地がひっくり返ってもあり得ん!レイリックとなど!汚らわしい!気味が悪い!!」
・・・そこまで拒否ってやんなよ。フルチン野郎が地味に落ち込んでるじゃねぇか。
「レイリック、残念だったな。しかし心配するな。初恋ってのは叶わないものと相場が決まっている。それに、人前で全裸になる男を女は好きにならないと思うぞ?全く、粗末なモノをこれでもかと見せつけやがって!恥ずかしくねぇのか、お前」
凄まじい目でフルチン野郎は俺を睨んでいる。クノゲンたちは笑いをこらえるのに必死だ。マトカルは震えながら、必死で声を絞り出す。
「なんでそこまで我々のことを・・・。や、やはり貴様が大魔王・・・」
「さすがはラマロン皇国の司令官だな」
俺はニヤリと笑う。
「その通りだ。俺が、大魔王だ」