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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十四章 失敗からの創造編
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第千百四十一話 堅守の陣を組むゾ!

デウスローダ軍第八部隊に所属するカイユは、足の震えが止まらずにその場から動くことができなくなっていた。彼は、元は農民であり、先の戦いでデウスローダが敗れた後で、緊急で徴兵されてきた兵士だった。デウスローダの兵士は、こうした者が多かった。


彼は本音を言えば、戦いなどには出たくはなかった。だが、そうしないと、彼の一家は飢えるしかなく、仕方なく戦いに参加していた。この国は、徴兵されてきた兵士に対しては手厚い支援を行ってきたからだ。その高給によって、彼の一家は命をつないでいると言ってよかった。


ただし、彼らには過酷な訓練が待っていた。国としては早く現場で使える兵士に育てねばならないという事情を抱えているために、新兵たちには通常よりも厳しい訓練を課した。そのため、緊急徴収されてきた者たちのおよそ二割が訓練中に命を落としたのだった。


加えて彼らには、古参兵士たちとの軋轢にも苦しめられた。入営していきなり高い給料もらっている――もちろん、古参兵士の給金も引き上げられている――彼らに対して、古参の兵士たちはそのやっかみから、辛く当たるものも多かった。新兵たちの死亡率が例年より異常に上昇したのも、こうした側面があったからである。


とはいえ、こうした過酷な状況は、新兵たちの絆を深めるという予想外の効果をもたらせ、彼らは精強な兵士となっていった。そんな彼らはいま、王の近くの防衛を担当させられていた。


カイユは目の前で吹き飛んだ者たちのことを考えていた。みな、戦友と呼べる男たちだった。それら数十名の者たちが、肉体の一部を残して消え失せた。目の前には焼け残った腕や手の一部が散乱し、凄惨な状況となっていた。指揮官たちも状況が受け入れられないのか、彼らも混乱しているのか、各隊の指揮官からいろいろな命令が飛んでいるが、自隊の指揮官からの命令なまだない。彼らはただ、己の持ち場を堅守し続けているのだった。


彼はそんな状況下でありながらも、冷静だった。確かに足は震えている。しかし、今は上半身と下半身がまるで別になったような感覚に囚われていた。普段であれば、戦友が凄惨な死を遂げたのだ。怒りの一つも湧いてくるものだと思うが、その感情は全くなく。ただ、命をつないだ己が運がよかったと思うのみだった。


チラリと横を見ると、同じ新兵であるアンクも同じように立っている。彼もまた、こちらに視線を向けている。考えていることが手に取るようにわかる。彼もまた、冷静に状況を分析しているのだ。


ドラゴンのブレスを見たのは初めてだった。聞いてはいたが、あれほどの威力であるとは思わなかった。その一方で、第二波、第三波の攻撃がないことから、あのブレスによる攻撃は、もうないものだと見ていた。ということは、あれはわが軍を動揺させるのが狙いだと彼は考えていた。


周囲を見回すと、あちこちで騎馬に乗った指揮官が落ち着けと怒鳴り声をあげている。だが、彼らがそう言えば言うほど、兵士たちは混乱しているように見えた。


……そんな中、冷静沈着を保っておられる隊長殿は、さすがだな。


カイユは心の中でそんなことを考えていた。この隊の指揮官・バセッドは新兵の教育を担当してきた、彼らにとっては親も同然の男だった。彼は兵士たちに過酷な訓練を課す一方で、命を落とした兵士たちには涙を流して弔うという姿勢を見せると同時に、兵士たちに厳しい訓練を課す理由は偏に、お前たちの命を守ってやりたいからだと説き続けた。最初は抵抗したり訓練を忌避したりしていた兵士たちも、今ではそんな彼に心を寄せるようになっていた。そうした絆で結ばれた一万近くに及ぶ新兵は、一人の逃亡者を出すこともなく整然と整列し続けていた。


左右の隊は苦戦している。アガルタの歩兵を突き破れずにいるのだ。彼らは大きな鉄盾をぴたりと揃えながら攻撃を繰り出している。その盾の形はいびつで、デコボコになっていた。最初、彼らの装備を見たときは、相当傷んだ盾を使っていると思ったが、それは計算された者であった。盾がピタリとくっつくと、きれいな穴が出来上がる。その穴から後ろに控えている兵士が槍で攻撃を仕掛けてくるのだ。


数は多くなく、歩兵はわずか二列しかなかった。その後ろに数人の騎馬武者たちが端然と戦いの趨勢を見守りながら攻撃命令を下し続けている。おそらくあれが指揮官なのだろう。デウスローダ軍から彼らを狙って弓で攻撃を加えているが、彼らは悠々とその矢を盾で防いでいる。


あの歩兵の盾を打ち破るのはそう簡単なことではない。槍を一列に構えて同じ息で攻撃を仕掛けなければいけない。盾を狙うと見せかけて、彼らの足を狙うのだ。弱点は足だ。彼らもそれをわかっているからこそ、ああやって肉薄して攻撃を行っているのだ。おそらく、装備している靴も、槍の攻撃を通さないようになっているのだろうが、ただ一人二人を倒すだけでよいのだ。隊の呼吸を揃えて一旦距離を取り、同時に攻撃に移る。それさえできれば、アガルタの堅陣は崩れるのだ。


しかしアガルタは、それを全くさせない。彼らも相当の訓練を積んできたのがわかる。ああして盾をきれいに隙間なく一列に並べること、それを維持し続けることがどれほどの訓練を必要とするのか、カイユは身をもって知っていた。


そのとき、はるか後方から歓声が上がった。何事かと思っていると、どうやらアガルタの猛攻を受けた後詰の部隊から逃亡者が出たようだった。それが徐々に全軍に伝わっていく。どうやら、アガルタの兵士たちがそれを宣伝しているようだった。それに合わせて、デウスローダ軍に動揺が広がっていくのが手に取るようにわかった。


「後ろが崩れちまったら、俺たち、逃げ場がなくなったな」


隣のアンクが誰に言うともなく呟く。カイユも同意見だった。このままでは二人とも命を落とす確率が高くなったが、意外なほどにその事実を冷静に受け止めている自分がいた。まるで他人事のようだった。


「堅守せよ! 堅守の陣を敷け!」


馬に乗った伝令兵が気が狂れたように叫びながら近くを通っていった。と同時にバセッドが、


「堅守の陣!」


とよくとおる声で命令した。もうそれこそ、夢に出てくるまでに訓練した陣形だった。考える前に体が動いた。見る間に国王ブレイを中心に、前面を守っていた部隊が前後左右を固め、槍を構えた。


アガルタと対峙していた部隊は総じて撤退が遅れた。そのためにアガルタの槍隊の餌食になるものが増えた。それでも何とか本陣まで戻って来た者は、新兵たちが守る槍衾の背後に回った。それを指揮しているのはバセッドだった。


アガルタ軍は陣形を整えると、最後の攻撃を行うかのように、ゆっくりとこちらに向かってきた。はるか先に柵で守られた隊も、隊列を整えながらこちらに向かって行進してくる。それはカイユの正面からやって来ていた。そこからは何とも言えぬ圧力を感じていた。カイユはこれはきっと死ぬなと心の中で呟いていた。


その隊は白馬に乗り、銀色の鎧を装備した騎士によって先導されていた。あれが、アガルタ王の妃マトカルであることは、誰の目を見ても明らかだった。彼女はただ淡々と馬を駆っている。


「何をしているのじゃ! 殺せ! 殺すのじゃ! アガルタの兵を、皆殺しにするのじゃ!」


突然金切り声が響き渡った。まるで錯乱したかのように馬を走らせている。ブレイ王の娘、ニーシャであった。彼女は同じ騎馬武者たちに宥められてはいたが、その怒りは収まるところを知らず、周囲にいる兵士たちを腰抜けと罵り続けた。


そんな中でも、アガルタ軍はゆっくりと包囲の輪を狭めていった……。

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