第千百三十四話 アガルタ対策を考えたゾ!
国王ブレイの人生最大の屈辱……。敗軍の将として万座の前に引き据えられた挙句、首すら刎ねられずに嬲り者にされた。それまでは、首を取られる覚悟ができていたのだ。だが、アガルタ王リノスは、首などいらぬと啖呵を切った。そのとき、ブレイの心に生への可能性が芽生えた。そうなると、生きたいと思うのは人として当然のことだ。
しかし、アガルタ王の妃・マトカルは違った。剣を抜いて脅してきた。さらには、ブレイの腰にあった宝剣を奪い取った。それは、国を取られたも同じことであった。
彼はそのときの夢を折に触れてみることがあった。そうなると、彼の逸物は、なにをどうしたところで一週間は縮み上がったまま反応することはなくなるのだ。
ブレイは神に感謝した。あの女に復讐する機会を与えてくれたことを。今度こそ生け捕りにして、自分がやられたように、万座の中に引き据えてやるのだ。そうしておいて、衣服をはぎ取って裸にして、その体を賞味するのだ。
……どうせなら、ネルフフのフィレットと並べてその体を蹂躙するのも悪くはないな。彼の脳裏に、その痴態が描き出される。二人とも屈辱の表情を浮かべながら尻をこちらに向けている。当然手は縛られたままだ。鼻っ柱の強い二人の女性を自分の奴隷とするのだ。これほどの痛快なことがあるだろうか。
そんなことを考えていると、彼の逸物が固くなってきていた。普段であれば恥ずべき反応である。しかし彼は、小躍りしたい感情を必死で押し殺していた。自分に昔の若さが戻ってきているような感覚に囚われていた。今の自分であれば、何でもできそうな気がしていた。
敵軍の将がマトカルである、という報は、国王ブレイを刺激しただけでなく、その娘たるニーシャも同様であった。彼女はマトカルに並々ならぬ憎悪の念を抱いていた。
ヒーデータの皇后であった自分を今の立場に追いやったのは、間違いなくマトカルその人だった。デウスローダ軍に大損害を与え、父・ブレイに手傷を負わせた。さらには、宝剣まで奪い取った。彼女からしてみれば、マトカルはこの国にとって疫病神以外の何物でもなかった。その疫病神は自らの手で成敗する……。ニーシャはそう決意していた。
マトカルの首を討てば、あの、ヒーデータにも少なからぬ打撃を与えることになる。勝手に自分を離縁したあの夫は、どんな顔をするだろうか。同盟関係の復活まではさすがに言ってはこないだろうが、それでも、彼に大きな衝撃を与えることは間違いない。何と痛快なことであろうか。
ヒーデータでの驕奢な生活が思い出される。美々しいドレスに身を包み、きらびやかな宝石を身に纏いながら一段高い場所に設えられた玉座に座り、家来たちを見下ろす……。生まれてきてよかったと思えた瞬間だった。目の前で首を垂れている家来たちを見て、世の中で私こそが最も幸せな女性であることを疑わなかった。だが、今はどうだ。あの玉座に座ることはもちろん、家来たちに頭を下げられることもない。ドレスも宝石類も、ヒーデータでのそれとは比べ物にならない。今は父の庇護のもと、何不自由なく暮らせてはいるが、父亡きあとは、今の自分の立場は微妙なものになる。弟・ヒューズはいつまでも自分をこの城にはおくまい。いずれこの城を追い出されて、どこかの田舎の城に幽閉されるのだ。古くて粗末な城の中でただ、老いるのを待つ生活となるのだ。そんなことは、死んでも御免だ。
デウスローダで今の地位を守るためには、軍を掌握するのが最も手っ取り早い。軍人を味方につけるためには、手柄を上げねばならない。自分が先頭を切って戦い、マトカルの首を討てば、軍人たちは羨望のまなざしで自分を見ることだろう。そうなれば父は自分を軍の総司令官に任命してくれるかもしれない。そうなれば、たとえ父が死んだと言って、立場が危うくなることはない。逆に、軍事力を背景に、弟たちをけん制することもできる。
この戦いは、彼女にとっても、これからの人生を左右する大戦であった。
ブレイとニーシャはアガルタへの綿密な対策を練り始めた。アガルタ王リノスが参陣していないことから、結界での防御はないと見ていた。前回のように攻撃してもそれで防がれる心配はないと言えた。しかも敵の規模は五千。こちらと十分の一の規模である。圧倒的な物量で押し切れば勝てる、というのが二人の一致した見解であった。
「決戦の場は、ここである」
国王ブレイは重臣たちを集めると軍議を開き、その場で、アガルタとの戦いを指示した。反対意見は出なかった。全員が、その場で首を垂れた。その上でアガルタが取るであろう作戦が議論され、彼らは三つのパターンを導き出した。そうしておいて、それぞれのパターンごとに戦略を練った。
◆ ◆ ◆
マトカル率いる五千のアガルタ軍は、船で海を進み、デウスローダの王都から五キロほど離れた小さな港町に入った。彼らは夜陰に紛れて船を進め、夜明けとともに上陸してきた。国王ブレイがそれを知ったのは、すでに昼を過ぎた頃だった。
彼は報告が遅いと家来を怒鳴りつけた。以前、アガルタが食糧支援のためにやって来た際に上陸した場所よりも、さらに王都に近いところだ。夜陰に紛れていたとはいえ、沿岸には見張りを行う兵士たちを配置していたにもかかわらず、アガルタは易々とその目を搔い潜ったことになる。それは、ブレイにとって大きな誤算であり、あってはならぬことであった。
王都から村までは歩けば一時間で行けてしまう距離だ。三万の軍勢を擁しているとはいえ、何の準備も整っていなければ、たとえ五千の規模とはいえ、王都に易々と入られてしまうことだろう。場合によっては陥落させられる可能性すらある。ブレイは直ちに王都内の兵士全員に戦闘態勢を取るように命令し、王都の城門を閉じさせた。そうしておいて、城壁と城門に兵士たちを配置した。
だが、一方でそこは王都に近いとはいえ、王都内には三万のデウスローダ軍が犇めいている。わずか五千の兵など、物の数ではなかった。幕僚の一人はすぐにでもアガルタを攻めてはいかがでしょうかと具申してくるものもあったが、ブレイは馬鹿者と言って取り合わなかった。
彼らの目指す場所はわかっていた。アルレだ。彼らが上陸した場所は、まっすぐ北に進めば王都にたどり着くが、そのまま海岸線を伝えば、アルレに到着する。かなり遠回りとなるが、そこは森があり、その中を、さらに夜に進めば、軍勢を隠すことができる。なるほど、上手いことを考えたなと思うと同時に、森の中には少なからず魔物も住んでいる。彼らは確実にアガルタの兵士たちを敵と認識して攻撃を仕掛けるだろう。魔物を討伐しながらの移動は骨が折れる。それなりに犠牲も出ることだろう。それでも彼らは森を進むのだろうか。ブレイの頭に一抹の疑問が沸き上がる。彼は部下に命じて斥候を放ち、アガルタの動きを監視させようとした。
だが、それは徒労に終わった。すぐに別の伝令がやって来て、アガルタが北に向かって進みだした報告してきた。彼らは三時間ほどその村で炊き出しを行い、自身も食事を摂るなどして休息し、つい先ほど、村を出発し、王都に向かっているのだと言う。
「父上、アガルタ軍が」
ニーシャが飛び込んできた。だが、ブレイの傍にいた親衛隊の一人に、国王様はすでにご存じです、と窘められた。彼女はバツの悪そうな表情を浮かべながら、父の傍に控えた。
ブレイはアガルタ軍の動きから目を離さぬように命令すると同時に、いつでも出撃し、攻撃態勢ができるよう態勢を整えるよう、改めて命令したのだった……。




