第千百三十話 ヴィエイユと腹の探り合いをしたゾ!
これは図星をつかれて狼狽えているのか、それとも、これすらも演技なのだろうか。この小娘は顔色を変えるくらいのことは平気でやる女性だ。まだ、心の中はわからないなと思いつつ、俺は言葉を続ける。
「もぬけの殻になった国を攻めるのは簡単だろう? 別にクリミアーナ本軍を使う必要はない。近くの属国に命じれば済む話だ」
「……」
「どうした、何を黙っている?」
「浅はかでございました」
「うん?」
「アガルタ王様の仰います通りでございます。そのようにすればよかったのでございます。アガルタ王様の仰います通り、私も年を取ったようでございます」
「そういえばヴィエイユ、お前さん、いま、いくつになったのかな?」
「女性に年齢を聞くのは、失礼に当たる行為でございます」
「俺も年を取ったかな。年齢を忘れることが多くてな」
「……」
ヴィエイユは冷たい笑みを浮かべた。これはきっと、俺の心の中が読めないでいるのか、詰まんねぇことを聞くなと思っているかのどちらかだろう。さて、彼女はどんな動きに出るのか。俺は敢えて黙っていたが、彼女もまた、黙っている。不気味な沈黙が流れた。
「すでに、軍勢が出発している可能性がございます」
それに耐えられなかったかのように、ヴィエイユが口を開いた。どうやら、早く対策を打たないと、侵攻されてしまうと言いたいらしい。
「そうだ、な。早く手を打つ必要が、あるよな?」
「そう思います」
「とりあえず、知っていることを教えてくれるかな? 軍勢を向けようとしている国、その国が狙っている地域、軍勢の規模、その他もろもろを」
「承知しました」
「表情が明るくなったな。お前さんには、そういう表情が似合う」
「……それは、皮肉でしょうか」
「そんなこと、あるわけないだろう」
「今回は、その通りに受け取ります。お褒めに預かり光栄でございます」
彼女の様子を見ながら俺は、思わず大きなため息をついた。
「どうされましたか?」
「いやなに、イヤなことを考えてしまったのさ」
「イヤなこと?」
「ああ。今回のこの騒動、ヴィエイユ、お前が考えたものではないのだろうが、お前はそれを知っていて見て見ぬふりをしている。その狙いは……アガルタの技術。水処理施設の技術かな。この騒動を利用して、技術を盗もうとする魂胆かな? それがうまくいけばよし、騒動の中でアガルタの軍事力を削げればなおよし。ただ、自分がかかわっていないことを知らしめるためにお前はここに来たのかもしれないと思ってね。これは、下衆の勘繰りというやつだ。ただ、これが意外と当たるのだがな」
俺の言葉に、ヴィエイユはわかったようなわからないような表情を浮かべている。それにしてもコロコロ表情を変えるヤツだ。一体いくつのバリエーションを持っているのだろうか。コイツは教皇なんぞをやっていないで、女優にでもなれば、相当なところまでいけるんじゃないのか。そんなことすら考えてしまう。
「もし、私が、アガルタ王様が仰られるように考えていましたら、なにも、こうしてここまでやって来て、急を知らせることはしないと存じます。この戦いは、不意打ちが肝であると存じます。侵攻が行われる前に防衛の準備が整ってしまえば、それは意味をなさなくなります。アガルタ王様のことでございます。私の話を聞いたうえで、それでも侵攻が行われるまで待つ、などという愚策はおとりにならないと存じます」
「まあ、そうだな。いま、お前に侵攻してくる国の情報を教えてくれといったばかりだしな」
「左様でございます」
「しかしなぁ……」
「何でございましょう?」
「どうしてこう、人は戦いをしたがるかね」
「それは……自国の領土や資源を増やすため。つまりは、自国をさらに発展させたいと思うからでございましょう」
「それを自国でやらずに、いろいろな国と協力しながらやっていくという方向にはならんのかね」
「及ばずながら、我がクリミアーナ教国は、それを目指しておりますし、それがある程度はできていると自負しております」
「それは、クリミアーナ教を信仰する国だからだろう? その上でヴィエイユ、お前に臣従していなければならないという条件の許だろう。それは相互協力とは言えないだろう。それは、お前らの国の中でならいざ知らず、俺には何の説得力も持たん。そんなことは他所に行って言え」
「ホホホ、アガルタ王様には、敵いませんわ」
「それにしても」
俺はそう言うと席を立ち、後ろの窓に視線を向ける。
「戦いになると、また、多くの命が失われるな」
「そうはなりませんでしょう」
「うん?」
「これまでの戦いで、アガルタはほとんど兵士を失っておりません。場合によっては、兵士の全員帰還を成し遂げております。そのようなことは前代未聞、アガルタでしか成しえておりません。今回も兵士の練度、装備の点からいっても、アガルタ側が侵攻してくる国々を圧倒するものと愚考します」
「俺が多くの命が失われると言ったのは、アガルタだけではない。敵もまた、然りだ」
「どういうことでございましょう?」
「侵攻してくる側の兵士には、家族もあれば恋人もあるだろう。戦いに行きたくなくても無理矢理従軍させられている者もいるだろう。軍人であるならばまだしも、そこには、農民など、いわゆる一般市民も多くいることだろう。そんな者たちが、バカな為政者のバカな企みのために命を落とすのだ。今回もまた、多くの人の涙が流れることだろう」
「アガルタ王様は相変わらずお優しいことでございます。私は、その優しさが大好きですわ」
「また、心にもないことを」
「これは私の本心でございますわ。ただ……」
「ただ、何だ」
「あまりに優しすぎますと、失う必要のない命まで失うことになります。流す必要のない涙が流れることにもなりかねません。アガルタ王様の思いが天に届けばよろしいのですけれど。私も及ばずながら、主神様にお祈りを捧げたく存じます」
「……うるせぇよ」
俺はそう言うと、机の上に置かれていたベルを取ると、それをチリリンと鳴らした。
「お呼びでしょうか」
兵士はそう言って挙手の礼を取った。俺はマトカル、クノゲン、ルファナ、ホルムの四将を会議室に来るように伝えてくれというと、彼は承知しましたと言って部屋を出て行った。
「さてと。まずはヴィエイユ。その侵攻してくる国たちの情報を皆の前で共有してもらおうか」
「承知しました。私も、アガルタの軍事会議に参加できるのですね? 世界最強国がどのような会議を行っているのか……。楽しみなことですわ」
「バカ野郎。話を聞き終わったらヴィエイユ。お前には退室してもらう」
「まあ、不愛想なことですこと」
「そのあとは、国に帰るなり、都見物をするなり好きにすればいい」
「すぐにアフロディーテに帰りますと言いたいところではございますが、せっかくアガルタに来たのですから、都見物を楽しむことにいたします。それに、さらに情報が必要であることもございましょう。そのときのために、しばらく私はこの都で羽を伸ばしたいと存じます」
「そうか、好きにしろ」
そう言って俺は執務室を出て、会議室に向かう。ヴィエイユも後ろからついてくるが、距離が近い。うっかりすると、俺と腕を組むくらいの近さだ。おい、離れろよと言いたいが、それを言ったところで、彼女が喜ぶだけだというのはわかっていたので、何も言わずに廊下を進む。
ヴィエイユはアガルタ軍本部に入ると、趣のある内装でございますわね、とか、まるで別世界のようでございますわね、などと白々しいお世辞を言った。確かにこの小娘がこの建物に入るのは初めてのことだ。会議室はすぐそこにあるので、内部まで入り込まれる心配はないが、それにしてもヴィエイユは、頻りにいろいろなものを褒めている。少しうるさい。
「ヴィエイユ」
「はい、何でございましょう」
「いくら褒めたところで、この建物は貰えないんだぞ」
俺の言葉に、彼女は乾いた笑い声をあげた。




