第百十三話 王都奪還作戦
ルノアの森の大木の上に、二人の男が見える。二人とも冒険者風の格好をしているが、その雰囲気からは何かの魔物を狩ろうとする意気込みも、道に迷っているような焦りも感じられない。ただ、飄々とした空気を纏っている。
「どうだ?」
「完全に油断しています。もう、勝ったようなものですよ」
「お前にそう言ってもらえると、心強いよ」
木の上で悠長な会話をしているのは、リノスとクノゲンであった。
クノゲンは千里鏡をリノスに返し、腕を組んで空を見る。そしてゆっくりと視線の先にあるジュカ王城を見据えた。
「それでも、敵の素性が分からぬうちは、念には念を入れたほうがいいでしょうな」
「任せるよ」
二人はスルスルと木を下りてその姿を消した。
ハビラクはあくびをしながら空を見上げていた。いい天気だ。風も温かくなってきた。もうすぐ春だ・・・などと取り留めのないことを考える。彼はジュカ王国王都の北門を警備していた。
警備と言っても、彼一人である。詰め所にはもう一人の兵士がいるが、休憩中である。王都の城門の警備が二人だけなのだ。この人数では、敵に攻められれば一瞬で突破されかねないが、しかし、その心配はない。北から攻めてくる可能性は限りなくゼロだ。心配と言えば目の前に広がる森から魔物が出てこないか、それだけだ。もし魔物が出れば城門を閉めればいい。それで魔物は王都に入ることは出来ない。簡単で、楽な仕事だった。
王都に侵攻した時こそ戦闘に参加したが、それ以降は北門に回されて時間をつぶすだけの仕事になっている。楽な仕事だが、暇だ。何か刺激的なことはないだろうか。これでも精鋭隊に選抜された身だ。剣の扱いには自信がある。この剣を存分にふるってみたいものだ。それに、俺も魔法が使えて、空を飛べればいいのにな・・・。そんなことを考えていると、ハビラクの体が浮き上がった。
不思議な感覚にとらわれる。目の前の景色がスローモーションで過ぎていく。あれ?地面が下に見えるぞ?飛んでいるのか・・・?
そう思ったところで、ハビラクの意識は途切れた。
「やっぱりな。構造はプレートアーマーと同じだ」
「魔法はレジストするが、物理的な攻撃は通るんだな」
「剣は・・・普通だな。鎧に重点を置きすぎたのかな」
クノゲンの部下たちは、ラマロンの兵士から鎧を剝がしながら、和やかに談笑している。クノゲンはというと、メイが作った鋼鉄糸を丁寧に確認している。
「うーん、すばらしい。釣り糸のような細さと軽さだが、あれだけの重さの兵士を引っ張り上げて傷一つつかんとは・・・。さすがはメイ様ですな」
「いや、お前の釣りスキルの方が、俺はすごいと思うがな」
クノゲンは鋼鉄糸を森から投げて門番の首に巻き付け、それを凄まじい力で引き寄せた。まるで人形が飛ぶように兵士は俺たちの所へ飛んできたのだ。頭から地面に落ちた兵士は既に息絶えていた。
「あ、もう一匹出てきましたね。釣りましょう」
仲間の姿が見えないため、詰所からもう一人の兵士が門まで出てきた。怪訝そうにあたりを窺っているところに、森の中からクノゲンの鋼鉄糸が放たれる。先ほどと同様、兵士は兜を小脇に抱えたままの状態でこちらまで飛んできた。そして、木に頭を打ち付けてその場で絶命した。
「一丁上がりです」
素早く死体から鎧を剥ぐと、クノゲンとその部下がその鎧を着ていく。
「ピッタリです」
「うーん、北門にはこの二人しかいないみたいだな」
「思った以上にザルですね」
クノゲンは後ろを振り返り、部下たちに命令を下す。
「おい、お前ら、今回はかなりラクな仕事になりそうだ。動きがあるまで、しばらく休憩だ」
俺は無限収納から料理セットを取り出す。
「おい、フェリス、ルアラ、クノゲンたちの昼飯作るから手伝え」
「ええ?ニオイとかでバレませんか?」
「その時はその時だ。あ、ゴン、お前はまた城内に」
「了解であります。元よりそのつもりでありますー」
「では我々も城門に侵入してみます」
「くれぐれも気を付けろよ」
「探検ごっこみたいでワクワクしますな。子供の頃に戻ったようです」
全身鎧に包まれて表情はわからないが、何となく素振りで、クノゲンが満面の笑みを浮かべていることがわかる。
「お前には何も言わん。その前に、メシを食っていけ」
俺たちは300名の兵士のために、パスタを茹で、コロッケを揚げ、サラダを作ってやる。
「・・・ダメですな。人っ子一人いません」
「東地区には人の気配を感じませんでした。おそらく無人かと思われます」
「西地区を見ましたが、農地は荒れ果てていました。商人街の方は人がいそうです。もっと探索してみますか?」
「いや、敵が動くのを待とう」
「私一人でも、問題なく探索できますが・・・?鎧で顔も隠れていますし」
「いや、時として戦いは、じっと動かないことも必要だ」
「・・・確かにそうですな。それでは、敵の出方を待ちましょう」
王都の兵に動きがあったのは、夜になってからのことだった。5名の兵士が俺の気配探知に引っかかった。馬に乗って北門に向かっているようだった。
しばらくすると、漆黒の鎧に身を包んだ兵士たちが門の外に姿を現す。それを見てクノゲンたちは鎧を着てゆっくりと立ち上がり、そいつらに向かって森を出ていく。
「お前ら、森の中で何してたんだ!サボってるんじゃないぞ!」
「お前らが帰ってこないから、皆カンカンだぞ?全く俺たちの手を煩わせやがって!」
「うん?後ろは何だ?冒険者か?こいつ等を捕らえていたのか・・・」
一瞬のうちに5人が倒される。クノゲンの部下たちの持つ短剣が、兵士の急所を正確に貫いていた。
兵士たちはその場で鎧を剝がされる。そして、クノゲンたちは鎧を持って俺たちの所に帰ってきた。
「全く、動きが遅いなコイツら。暇でしょうがないな」
そんなことを言い合いながら、俺たちは和気あいあいと用意された夕食を口に運ぶ。その時ちょうど、ゴンが帰ってきた。
「敵は西門に集中しているでありますー。占領されているのは、西地区でありますー。そして敵の本部は、南門の、王国軍本部のあった所に置かれているでありますー」
「そうかゴン、ご苦労だった」
そんな報告を聞いていると、また北門に30騎ほど向かっているのを気配探知が感じ取った。コイツらも先ほどと同じく、クノゲンたちの餌食となった。
「・・・おっ!今度はまとまって来たぞ!100程だ」
「よーし、今度は全員で行くぞ。やれやれ、ようやくだな」
この100騎も、ほとんど抵抗することなくクノゲンたちの刀の錆になった。
「よし、コイツらの鎧を剥がして着用しろ。人選は任せる」
そうクノゲンたちに命じて、俺は一旦屋敷に転移する。リコたちに今日は帰らないことを告げるためだ。「思念」で伝えることもできるのだが、できればリコの顔を見ておきたい。ちょっと無理をして転移したのだ。
「おかえりなさい」
「ただいま。リコ、今から戦闘だ。今夜は戻らないからな」
「無理だけは、しないでくださいませね」
「わかっている。みんなも心配するな。暇を見て、また帰ってくる。緊急事態があれば、思念を使って連絡してきてくれ」
「わかりました」
皆の元気な姿を見て、心が落ち着く。そして、ダイニングを出て転移結界に向かう。
「リノス」
振り返ると、リコがいた。
「どうした、リコ・・・ウプッ」
ゆっくりとリコが唇を遠ざける。
「行ってらっしゃいませ」
「行ってくる」
お蔭で、何としても作戦を成功させようと、気合が入った。
「よーし、それでは、アイツらの出番だ」
現場に戻ってきた俺は、後方に待機させておいたフェアリードラゴンたちの下に向かう。
『諸君、長らく待たせた。敵がアホなためにとんだ時間を食った。しかし、これからは諸君の出番だ。打ち合わせ通りに頼むぞ。全員の帰還をもって、次の作戦の攻撃開始としたい。迅速かつ丁寧な作戦遂行を期待する』
『了解しました』
結界からフェアリードラゴンの姿が、一瞬で消えた。そして約5分後、フェアリードラゴンたちは全員無傷で戻ってきた。
『作戦終了しました。全員無事です。ちなみに、西門と南門以外には、兵士はいませんでした』
『ご苦労。休んでよし』
俺は再びクノゲンたちの下に向かう。
「よーし、鎧は装着できたか?全員、出撃だ!朝までには片付けるぞ!」
俺たちはゆっくり北門に向かって歩を進めた・・・。