第千百二十三話 急遽決まったゾ!
「ううう……あの、ええと……」
ドモる。ドモってしまう。オリーブオイルのような滑らかなおしゃべりで大上王に説明しなければならない場面なのに、言葉が出てこない。ああ、ヤバイ。また、大上王を激怒させてしまうかもしれない。
そんなことを考えていたそのとき、メイが口を開いた。
「その件につきましては、ご安心ください。コンシディーさんが、いま、もてる技術のすべてを注いで実験を行っています。いずれ、近いうちに、朗報をお届けできると信じております」
あれ? メイちゃん、何を言っているの? まだ結果は出ていないよね? というより、シディーの実験室が吹っ飛んでしまって、いま、それを改修している最中だけれども……。
俺は思わずメイに視線を向ける。それに気づいた彼女は、キラキラした目で俺を見つめ返した。
「叶うならばぜひ、その実験を拝見したい」
リボーン大上王の声が響き渡る。見ると、彼の眼もキラキラと輝いている。これは、つまり、いわゆる……。
「ぜひ、ご覧ください」
メイは嬉しそうに口を開いた。大上王も満足そうに頷く。その様子を見ていた俺は、これはえらいことになりそうだと戦慄を覚えた。
◆ ◆ ◆
「……で? ジジイはいつやって来るの?」
シディーは腕を組んで仁王立ちをしている。顔がほんのり赤いのは、つい先ほどまでお風呂に入っていたからだ、と思いたい。なんとなく、体から湯気が立ち上っているようにも見えなくもないが、それも、お風呂のせいだと思いたい。
大上王との話は、かなり長く続いた。むろん、喋っていたのはメイだったのだが。二人は謁見の間での会話では飽き足らず、大上王の私室に通されて、そこでいろいろと話し込んでいた。むろん、俺の理解できる内容ではなかった。そのときの俺は間違いなく、目が死んでいたように思う。いや、そういう場合は、死ぬしかない。言うなれば、コスメ売り場で彼女についてきた彼氏のような状況だ。死んだ目になるほかはない。
二人の会話、といっても、大上王の一方的な話はとどまるところを知らず、俺たちは食事までごちそうになって帰ってきたのだ。彼は目を輝かせながら、アガルタの新しい研究所を訪問することを楽しみにしておりますじゃ、と言って、俺の手を強く握った。
帰宅した俺はすぐにシディーを探したが、彼女は子供たちとともに風呂に入っているという。そんな中に俺が入っていくわけにはいかないなと思っていると、ちょうど彼女が上がってきて、そのまま寝室に向かった。タイミングがいいのか悪いのか、今日はシディーの日だったことを思い出し、俺は促されるまま風呂に入り、すぐに上がってきた。彼女はベッドに入った状態で俺を待ってくれていた。そんな彼女に悪いと思いつつ、俺は今日の顛末を話すと、ベッドから跳ね上がるように飛び出してきたのだった。
「しばらくは無理。ジジイが来るのは、先に延ばしてほしい」
「しばらくって、どのくらいだ?」
「二……三十年」
ジイさんが死んでしまうよ、という言葉を飲み込む。やだなぁ、そんな冗談を言って、という言葉が彼女をさらに怒らせる、というのはよくわかっているので、言わない。というより、本気でそう考えている雰囲気が醸し出されている。
ふと、背筋に寒いものを感じる。これが、恐怖によるものなのか、ただの湯冷めを仕掛けているのかが俺にはわからず、取り合えず、目の前のシディーを抱きしめてみた。
ほんのりとした温かさが伝わってくる。お風呂あがりの、いい香りが鼻孔をくすぐる。
「ンンン!」
シディーはそう呻くと俺の手を振りほどいた。俺は思わず天を仰ぐ。
「とりあえず、ジジイに何て言ったの? 聞かせて」
俺はシディーにメイが喋ったことを話した。すると、彼女の表情が徐々に困ったなというものに変わっていった。
「メイちゃん……おしゃべりだなぁ……」
話を聞き終わると、シディーはそう言って天を仰いだ。俺は何が何やらわからずに、その場に立ち尽くす。
「確かに。確かに、実験はある程度の目星がついています。おそらく、あと数回繰り返せば、安定した結果を出すことはできそうな気がしていました」
「え、ということは?」
「……そういうこと」
「なんだぁ」
「いや、安心しないで。まだ、ちゃんとした結果は出ていないから」
「でも、シディーちゃん的には、ある程度の目星は……」
「ついているけれど、ジジイが来るのなら話は別。あのジジイが見ただけで大人しく帰ると思う? 絶対、何やかにやと質問してくる。何より、あの人は私を下に見ているから、結構意地悪な質問もしてきそうな気がする。そこで答えられないと、あの人はさらに私を下に見てくるだろうから、ある程度の目星がつくまで待ってもらいたいんだよね」
「そんな目で見るかなぁ。あのジイさん、人を見る目はそれなりにあると思うけれど」
「あのジジイ、メイちゃんにはメイリアス殿、と呼んで、私にはそなた、だからね。きっと私がメイちゃん程にはできないと思っているに違いないわ」
「そうかなぁ。メイは自分の技術力はいつの日かシディーちゃんに抜かされますと言っているぞ。シディーの技術力は、あの大上王も認めていると思うんだけれどな」
「ううん。あのジジイは、私の技術ではなくて、人間性を評価していない気がするんだよね」
「え? どういうことだ?」
「なんとなく、だけれどね」
「例えば、どういう……?」
「う~ん。ガサツなところ? お行儀が悪いところ? お片付けができないところ、とか。メイちゃんは片づけは上手だし、お行儀はいいから、その点で私を下に見ているんだと思う」
「あの……その点は、努力で、何とかなるんじゃないでしょうか……?」
俺の言葉に、シディーはさも不愉快と言わんばかりの表情を浮かべた。
「で、でも、俺は、そんなシディーも大好きだ。ほら、人間、完璧すぎると魅力が無くなるというじゃないか。得手不得手があってこそ、人間としての魅力が出るというものだよ」
「……私、ドワーフだけれど」
「俺は、そういうシディーが好きだよ」
そう言って俺は再びシディーを抱きしめた。今回は、先ほどとは違って、彼女の体は冷たかった。このままでは寒かろう、そういえば、俺も寒いんだったと思い出しながら彼女の体を抱えてベッドに連れて行った。
◆ ◆ ◆
結果的に大上王の訪問は、ひと月後と決まった。一応、預かっているメインティア王もそのときに故国に引き取ってもらうという段取りをつけた。バカ殿は渋々了承していた。どうやら半分は本気でアガルタへの永住を考えていたらしい。改めて、恐ろしい王だと思う。
その大上王の訪問までに、シディーの研究室を修理しなければならないため、修復はかなり急ピッチで進めなければならなくなった。俺は日々の仕事が終わった後、残業という形で作業を行うことになった。当初はかなりの時間を要するのではと思ったが、やってみると、部屋はほぼ一瞬で作ることができた。作業自体は二時間もあれば十分で、そのほか、細かい調整を含めて三日程度で完了させることができた。土魔法というのは実に便利な魔法で、一度発動させたものはすぐに再現することができる。そのために、疲れはほとんどなかったのだが、リコたちは俺が相当の重労働をしていると捉えたようで、屋敷に帰ると皆、実に俺にやさしくしてくれたのだった。
部屋が出来上がると、すぐに機材が運び込まれて、研究室は元の通りになった。シディーは再びそこに籠り、実験の総仕上げを行うことになったのだった……。




