第千百十八話 尋問されたゾ!
俺は彼女にフラディメであったいきさつを説明した。メインティア王のこと、フラン草のこと、ハウオウロのことを時系列に沿って、だ。シディーは腕を組み、目を閉じながらうん、うんと聞いていた。そして、話が大上王のくだりに差し掛かったとき、彼女の眼がスッと開かれた。
雰囲気が変わったなと思ったが、俺はそのまま話を続ける。そのとき、シディーが動いた。
「なっ?」
「シ……」
気づけばシディーは俺の太ももの上に乗っていた。彼女の足が乗ってきて痛い。どうしたんだと言おうとしたそのとき、彼女の顔が俺の至近距離に来ていた。もう、鼻と鼻がくっつくくらいの近さだ。
彼女はゆっくりと両手で俺の顔を挟んだ。
「私の眼を見て」
「は……はい」
「で? ジジイには何て言ったの?」
……大上王にジジイなんて言ってはいけないだろう。まあ、ジイさんには違いないけれど。そう思った瞬間、シディーが口を開く。
「私の質問に答えて」
「いっ、いや……特に、何も言っていないんじゃないかな」
「私の話は、した? 私の名前は出した?」
「出して、ないんじゃ、なかったかな……」
「それだけ? メイちゃんが研究します。それだけを言ったのかと聞いているの」
「ええと……」
「よーく思い出して、思い出すの」
「あの……確か、血が流れれば、ピアとオンサールの婚儀にも影響が、と言ったとか言ってないとか」
「それだけ?」
「それだけ、です。シディーのことは、話題に出していないと思います。なんか……すみません」
「だったらいいわ」
シディーはようやく俺から顔を遠ざけてくれた。だが、未だ彼女の体は俺の上に乗ったままだ。じわじわと彼女の体温が伝わってくる。
「あのジジイは私を下に見ているから、私の話を出さなかったのは正解」
「そんなことはありませんよ。シディーちゃんがいたからこそ上手くいった研究がたくさんあります」
「ううん。そうじゃないのメイちゃん。私の名前を出していたら、あんな小娘がだとか何とか悪態をつくに決まっているんだ。ただ……不思議だったんだよね。たとえ、メイちゃんの名前を出したところで、あのジジイが引き下がるとは思えなかったんだ。直感的に、私に係わる何かを言ってあのジジイを納得させたんじゃないかと感じたので聞いてみたの。だって、メイちゃんには悪いけれど、これから先、あのジジイに関わられるのは、私はゴメンなんだ。だって、うるさいじゃない。でも、今の話で納得がいったし、安心したわ。ジジイが引き下がったのは、メイちゃんだけじゃなくて、ピアとの婚儀も話題に出したからだ。ああ見えてあの人は、国のことに関して言えば、とても頭が回る。きっと、ピアとの婚儀が破談になるリスクを恐れたんだと思う」
「そ……そうなの、か?」
「うん、きっと、そう。フラディメという国にとって、アガルタと繋がりが深くなるのは、メリットしかないから」
「やっぱり、ピアはあのバカ殿の息子に嫁にやらないといけないのか……」
「まあ、気持ちはわかるけれど、私の直感では、別にあの男の子は悪い子ではなさそうなんだよね。まあ、ピアがどうしてもイヤだと言えばそのときに考えればいいと思うけれど、あの子も別にイヤではないと思うんだよね」
「そ……そうなのか?」
「まあ、いいわ。よくわかった。それで? ハウオウロに関する研究は、いつまでに仕上げればいい?」
「で……できれば、早めに」
「う~ん。実験の準備なんかもあるから、少なくとも、ひと月はかかるかな……」
「ひ、ひと月、か」
「きっとあのジジイもそこは理解するはずだわ。それは、メイちゃんが手紙を書けばいいかな」
「わかりました」
「これもあくまで私の直感だけれど、ハウオウロの件は、悪い結果にはならないと思う。何らかの発見があるんじゃないかな。それをあのジジイに報告してやれば、まあ、ジジイの性格から考えると、自分も関わりたいと言ってくる気がする。そうなれば、今回の話は終わりになるんじゃないかな。あとは……メインティア王さまのことだけれど、実験の結果が出るまで、アガルタで預かると提案した方がいいかもしれない。そうでもしないと、あの王様、気が狂れてしまう可能性がある」
「ああ、うん、そうかも、しれない、ね」
「その点は、リノス様からジジイに伝えればいいんじゃないかな」
「俺が、伝えるのか? また、怒鳴られそうな気がするな……」
「ああ。それはないと思う。メイちゃんの手紙を持って行くときに提案すれば、すんなりとコトが収まるんじゃないかな」
「ああ、うん。そうすることにしよう。というか、シディー」
「なに?」
「そろそろどいてもらえませんでしょうか。足が、痛くて……ね」
「ああ……」
彼女はモソモソと俺の上から降りようとしたが、再び目を見開いて俺に顔を近づけた。
「ちょっと、今、なんて思った?」
「ううう……」
実は心の中で、あの大上王をジジイ、ジジイと呼ぶのは少しお行儀が悪いなと思っていたのだ。まさか彼女は、それを感じ取ったというのだろうか。
「いっ、いや……」
「なに?」
「そ、その……。改めてみると、かわいいなと、思っていました……」
「う……」
シディーの顔に朱がさしている。その姿を見て俺は本当にかわいいなとおもった。
「じゃあ、おやすみなさい……」
シディーは咳ばらいをしながら、寝室を出て行った。
彼女が去ってから、寝室がシンとした空気に包まれる。そのとき、メイが顔を近づけてきた。
「ご主人様……」
「ごめん、メイ」
「え?」
「足が……しびれちゃって……。ちょっと待ってもらえるかな」
メイは静かに俺の手を握った。
◆ ◆ ◆
二日後、俺はメイの手紙を携えて、再びフラディメを訪れた。今回はきちんと相手方に通達を出し、正装をしての訪問だ。完全に公式訪問の形をとっていて、俺は別にここまでする必要はないだろうと思っていたのだが、シディーがそうしたほうがうまくいくとのアドバイスで、こんな格好をすることになったのだった。
前日の晩からリコが大変だった。彼女は服を選定し、埃などがついていないか入念に確認し、当日の朝は髪の毛のセットから着替えまで手伝ってくれた。どうやら彼女は俺の正装姿が好きらしい。着替え終わると、前から後ろからと入念にチェックをして、最後に、完璧ですわと言って俺に抱き着いた。
それほどの入念な準備をしたためか、フラディメの家来たちは一様に俺に頭を下げた。そして、大上王もまた、ぞんざいな言葉を使わずに、俺を正客としてもてなした。
彼は俺からメイの手紙を受け取ると、まるで崇めるようにしてそれを読んだ。内容としては、実験の結果はひと月後にお知らせをする、それまでは家来たちへの処罰は待っていただきたい、というものだったが、彼は何度もそれを読み返しているのだろう。なかなか顔を上げなかった。
ようやく顔を上げた大上王は手紙を静かにたたみ、それをスッと持ち上げて目礼した。
「メイリアス殿に、お伝え願いたい。このリボーン、承知した、と。あわせて、わが国の家来たちへのお心遣いも痛み入る。これも、承知したと伝えていただきたい」
「畏まりました」
「実験が終了なされたら、儂もお手伝い申し上げる。そうお伝えくだされ」
「実験が成功するかどうかは……」
「いや、成功する。成功しますのじゃ。儂にはわかる。ああ、いや、アガルタ王にあらせられては、ご謙遜なさっているのであろう。いや、それは無用というもの。メイリアス殿のなさることに、失敗はござるまい。必ず成功、必ず成功する」
「ありがとうございます。大上王様にそう言っていただけると、百人力です。妻も喜ぶことでしょう。すぐに立ち返りまして、妻に伝えたく存じます」
「なにとぞ、よしなにお願い申し上げる」
「帰国前に一つ、大上王様に提案がございます」
「提案、とな」
「はい。ご子息、メインティア王様ですが、よろしければ、アガルタにてしばらくの間、お預かりしてはどうかと考えておりますが、いかがでしょうか」
「なに、愚息を、か」
「はい。リコレットに国の在り方、国王としての在り方をご教授できればと考えている次第です」
「うむ。愚息は過去にも貴国で世話になった歴史がある。この度も、か。ううむ。それもメイリアス殿のご提案か。すまぬ。いらぬ心配をかけた。ただ、この度ばかりは、世話になろう。誰ぞ、愚息をこれへ」
しばらくすると扉が開かれてメインティア王が現れた。その姿を見て俺は絶句してしまった。




