第千百十五話 怖いメにあったゾ!
その夜の夕食後、俺はメイに少しお願いがあると言って座ってもらった。場の空気を察したソレイユとマトカルが、子供たちを風呂に連れていく。メイは何でしょうかと言って再び椅子に座る。と同時に、リコも同じように席に座る。そして、たまたまシディーもその場にいたので、彼女もメイの隣に腰を下ろした。三人は俺の話にうん、うん、と頷いていたが、やがてメイがシディーに視線を向けた。
「ハウオウロと言えば、シディーちゃん……」
「う~ん」
話を振られたシディーは、さも面倒くさいといった表情を浮かべる。
「シディー、何か対策はあるのか?」
「対策はないことはないのですけれど、結果的に人海戦術でやったほうが効率的なんだよね……」
「う~ん」
「ハウオウロを中和する薬品は、あるにはありますが、その薬品を池に撒いて中和されるのに五日くらいかかるのです。それだったら、長い棒か何かでそれを掬ってしまった方がはるかに効率的です」
「ただ、フラディメでそれをやろうとすると、かなり大規模なものになってしまう。確か、国内にため池が五百以上あるとか言っていたな。それを一気にやってしまうとなると、確実に大上王に見つかってしまう」
「う~ん。遅かれ早かれだと思いますけれど」
「やっぱり、か。バレるとどうなるかな」
「血の粛清、とまではいかないでしょうけれど、かなりの方が職を失う気がしますね。しかも、首を斬られるのは立場のある人ばかりでしょうから、国内は混乱することでしょう。そうなるとあのジジイ……じゃない、大上王様はご自分で何とかしようとされるでしょう。きっと、メインティア王様をどこかに幽閉して、ご自分が政務に復帰される気がしますね」
「……やっぱり、そうなるか」
「大上王様の怒りを鎮めるためには、あのお方の想像を超える成果を出す必要があると思います。ただなぁ……。ハウオウロかぁ……。あまり活用するところがないんだよなぁ」
「確か、水の上にできる膜で、それを放置しておくと、池の魚が死んじゃうんだよな?」
「確かにそれはそうなのですが、どちらかと言うと、魚が窒息死するのではなくて、エサが無くなって死んでしまうのです」
「餌が無くなる? どういうこと?」
「ハウオウロは小さな生物やゴミなどを吸着するのです。結構な速さで吸着するので、すぐに太陽の光が遮断されて、結果、魚たちが窒息する前に死んでしまうのです」
「はぁぁ……。それはまた、えらいことだな。そのハウオウロはどうやって処分するんだ? まさか、火にくべても燃えないとか?」
「いいえ、火に弱いので、火にくべれば溶けてなくなります。ただ、火も消えちゃいますね。もともとは水だから。まあ、穴を掘って埋めてしまうのが一般的です」
「なるほど、ね。最後は土に還ってくれるのか。それだったら、まだ、かわいいな。とはいえなぁ。五百を超えるため池に火を放つわけにはいかないよな。何とかいい方法はないだろうか」
「う~ん」
メイもシディーも天を仰いでいる。やっぱりね、いきなり話を振られたら、そうなるよね。俺は、そう心の中でつぶやきながら、彼女らと同じように天を仰ぐ。
「でも……これだけ精巧な国の地図をいただいていますから、我々としても、できませんでした、とは言えないですわね……」
リコがフラディメの地図を眺めながら、誰に言うともなく呟く。確かにこれはよくできた地図だ。リコもびっくりしていたが、マトカルもびっくりしていた。いわゆる、軍事機密的な部分も残らず描かれているらしい。目を見開いて固まるマトカルの姿は、そうそうみられる光景ではない。
……何だか重苦しい雰囲気になってきた。これはすこし間を開けた方がいいかもしれない。メインティア王には悪いが、もう少し時間が必要なようだ。また明日にでも話をしようと俺は立ち上がろうとした。そのときふと、こんな言葉が口をついて出た。
「吸着するんだったら、水の汚染物質も吸着してくれればいいのにな。だったら、ニザの水もきれいになるだろうに」
「……何て?」
シディーのドスの利いた声が響き渡る。目つきが鋭い……。怖い……。俺は目を見開いて固まる。どうした、何を怒っているんだ……?
「いま、何て、言った?」
「いっ、いや……吸着するのであれば、人体に影響の出る汚染物質も吸着してくれれば……と……」
「いけるかも」
「え?」
「メイちゃん……」
シディーがメイに視線を向ける。メイの両目が真ん中によっている。これも怖い眼だ……。
「実験してみる価値は……あるかもしれませんね」
メイが呟く。隣で、シディーも大きく頷く。二人は同時に立ち上がると、何やら難しい話をしながら、離れへと消えていった。
「これは……うまく、いくの、かな?」
俺は思わずリコを見た。彼女はいつもと同じ表情のまま、
「二人に任せておけば、きっと大丈夫ですわ」
と言った。その言葉に俺は、何とも言えぬ安心感を覚えた。
だが、翌日になって、コトは急変した。いきなり俺の許に、メインティア王に仕えている宰相のパターソンがやって来たのだ。
「何ィ? 大上王にバレたぁ?」
「ハハッ!」
パターソンは腰を九十度に曲げてきれいなお辞儀をした。
「いや、お宅の王様が来たのが昨日のことだぞ。で、翌日にバレたなんてのは、いくらなんでも早すぎるだろう」
「その通りでございます。その通りなのでございますが、大上王さまの知るところとなったのは、事実なのでございます」
「で、メインティア王は?」
「明日、処刑されます」
「な、な、処刑?」
「はい。つい先ほど、処刑が言い渡されました」
「ちょっと待て、で、パターソン、お前は……?」
「おそらく私も、死を賜ることと存じます」
「ええっ?」
「国王様に処刑が言い渡されたと知ってすぐに、アガルタ王様の許に知らせに参った次第です。おそらく私も帰国すればすぐに捕らわれ、場合によってはその場で首をはねられることと存じます」
「いや待て。お宅の王様はさておいて、お前はあの国のために粉骨砕身に仕えてきただろう。その働きは大上王も知っているはずだ。さすがにお前の首をはねるなんていうのは……」
「いいえ。大上王さまは兼ねてから言っておいででした。今の国王様の振る舞いは、傍に仕えている者たちに責任がある、と。国王様に死を命じられたのですから、その傍近くに仕えていた我らにも責任を問うのは当然のことと愚考します」
パターソンの眼がキマっている。死を覚悟した、いや、粛々と死を受け入れようとしている眼だ。これはこれで、怖い。
「アガルタ王様にあらせられましては、誠に不躾ながら、わが国においでいただきまして、大上王さまをご説得いただけないでしょうか」
「せ、せ、説得ぅ? あの、ジイさんを、か?」
「はい。それができますのは、アガルタ王様ただお一人でございます」
「いや、俺なんかより、妻のメイのほうがいいだろう」
「メイリアス様は、いずこにおわしますか」
「アガルタ大学だ。何か実験をするとか何とか言っていた気がする」
「今からアガルタ大学に行って説得している時間はございません。コトは一刻を要します。今も、フラディメの家来たちは首をはねられているかもしれません。恐れながら、今すぐ、今すぐに我が国においでいただきたく、お願いを申し上げます」
パターソンはそう言うと、懐から拳大の石を取り出した。これは……俺がメインティア王にあげた、転移結界の効果を付与した結界石だ。いや、ちょっと待て……。
口を開こうとしたその瞬間、周囲の景色が変わった。そこは廊下だった。ここはどこだよと言おうとしたそのとき、武装した兵士たちがこちらに向かって走ってきた。彼らはすぐ近くまで来ると、持っていた槍先を俺たちに向けた。
「宰相・パターソン閣下。大上王さまのご命令により……」
「下がりなさい!」
いつもは穏やかなパターソンが意外に大きな声を上げた。兵士たちも驚いている。
「こちらにおわすお方をどなたと心得るのです! アガルタ王様です! アガルタ王様に向かって槍を向けるなど、不敬です! すぐに槍を納めなさい! アガルタ王様が、わが国の危機を聞いて駆けつけてくれました。すぐに、大上王さまのもとに、ご案内しなさい!」
兵士たちは一瞬顔を見合わせたが、すぐにハッ、と返事をして俺たちを案内した。いや、ちょっと待ってくれと言おうとしたそのとき、兵士たちの動きが止まった。
「こちらです」
扉が開くと、パターソンはご苦労様ですと言って中に入っていく。そこには、血走った眼をした、大上王がいた。怖い……。メチャクチャ怖い……。誰か、助けて……。
皆さま、あけましておめでとうございます。
2026年最初の投稿です。
本年もなにとぞ、よろしくお願い申し上げます!
片岡直太郎 拝




