第千百十四話 カミのお願いをされたゾ!
俺はメチャクチャ怪訝な表情を浮かべた。それは、自分でもよくわかっていた。バカ殿は少し戸惑った表情を浮かべながら、口を開く。
「いや、私のせいだとは言ったが、すべてが私のせい、というわけではない」
どっちなんだよと心の中で突っ込みを入れる。
「まあ、ため池の周囲に生えている草を刈ったのだけれど、少し、刈りすぎてしまってね」
「ごめんなさい、もう少し、わかるように説明してもらえますか……」
「いや、だから、フラン草という草を刈ってしまったら、ハウオウロが発生してしまったというわけさ」
「……その、フラン草を植えなおせばいいのでは」
「バカだなぁ、君は。それができたら今頃とっくにやっている。それができないから、君に頼んでいるんじゃないか」
……いや、マジでイラっとする。グーで殴りそうになる。ああ、いかん。いやでも、この場合は、殴っちゃって大丈夫なんじゃないか。
そんな俺の気配を察してか、メインティア王はオホンと咳払いをすると、スッと居住まいをただした。
「フラン草は紙の原料となるんだ。それも、かなりいい紙を作ることができる」
「……なるほど。上質の紙の原料ですか。察するところ、その需要が高まって生産量を増やしたら草がなくなって、ため池に環境被害が発生したと?」
「まあ、ね」
「何です? 違うのですか」
「どちらかというと、私の絵を描くために使ってしまった、というのが本当のところかな」
「はあ?」
聞けば、確かにフラン草からは上質の紙を作ることができるが、それはかなりの量が必要なのだそうだ。もともとこのフラン草から作った紙は品質の良いものとして有名であり、かなりの高額で取引をされていた。むろん、この草から上質の紙が作ることができるのを発見したのは、リボーン大上王だ。
ただ、大上王はこの草がため池の環境を守っていることを看破していた。そのため彼は草を刈ることについては、厳しい制限を設けていたのだが、このバカ息子は、己の絵を描く紙が欲しいがために、その制限を緩めた。緩めた、というより無視したという表現が正しいだろう。次から次へと草を刈ってしまったがために、現在、フラディメでは大変なことになってしまっているというのが事実であるようだ。まさに、開いた口が塞がらないというのは、このことだ。
フラン草は成長するまでに時間がかかる。今すぐに種を植えたからといって、来年にすぐに生えてくるというわけではないのだそうで、フラディメでは皆が頭を抱えているというのが実情であるようだ。
「こんなことが父に知れたら、わが国では大粛清が行われてしまう。私を含めた多くの人の命がかかっているんだ。頼むよ」
……何言ってんの? という言葉が口をついて出そうになる。まさしく自業自得じゃないか。上質の紙で絵を描きたいからと言って、刈ってはならない水草を刈って、どえらいことになっている。それをこのバカ殿は、しゃあしゃあとアガルタに面倒を見てくれと言ってきているのだ。いったい、どういう思考回路を通ったらこんなことが言えるのだろうか。呆れ果てて物も言えない。
とはいえ、大粛清が行われるというのは、あながち非現実的な話ではない。あのジイさんならやりかねない。何だったら、このバカ殿を廃嫡して、もう一度王座に復帰すらしかねない。そうなったらそうなったで、メイの負担が減るのでいいんじゃないかと思う反面、フラディメがえらいことになる可能性がある。逆に面倒なことになることも十分に想定される。
「……その顔は、そっちの話だから、そっちで何とかしろという顔だね? バカだなぁ。こちらでできればとっくにやっているよ。我が国でどうにもならないから、君に頼んでいるんじゃないか」
マ・ジ・で、いい加減にしろよ。俺は思わず席を立ってその場を離れようとした。なんでコイツにそんなことを言われなきゃならんのだ。と、そのとき、メインティア王が真剣な表情を浮かべた。
「待て」
「ああん?」
「タダで、とは言わない。ちゃんと謝礼はしようじゃないか」
「謝礼だぁ?」
「ああ。私の絵を進呈しようじゃないか」
「絵だぁ? いるか、そんなもん」
「まあ、見給え」
王はそう言うと、懐から折りたたまれた紙を取り出した。A4サイズくらいの小さな紙だ。彼はそれをズイッと俺の前に差し出した。その表情は自信に満ち溢れていた。
その雰囲気に圧倒されてしまい、俺は渋々その紙を受け取った。開いてみてみると、何とそこには一糸まとわぬ女性の裸体が描かれていた。まるで、写真に撮ったかのような出来栄えだ。俺は絶句してしまった。
「いっ、いや……これは……」
「どうだい? これはあくまで一例だ。私の願いを聞いてくれるのであれば、あと数十枚の絵を進呈しようじゃないか。もし、よければ、君の好みの女性を言ってもらえれば、それに合わせて描こうじゃないか。ポージング、背景、場面……好きに言ってくれていい」
……つまりは、俺の好みのエロ画像が作れるということか。ということは、あんなシーンや、あんなことも、できるということか?
俺はしばらくの間考えたが、やがて、絞り出すようにして口を開いた。
「いっ、いや、やめて、おこう」
「何だい。随分と殊勝じゃないか。何でもいいんだよ? 私が絵が得意なのは知っているだろう? ああそうか。お妃たちか。お妃たちに気兼ねをしているのか。それだったら大丈夫だ。こうしよう。表は何かの風景画としておいて、裏にそれを描こうじゃないか。大丈夫だ、ちゃんと額に入れて贈るよ。裏も見えるように細工をしたものを贈ろうじゃないか」
「いや……。無理だな。うん、無理だ。うん、結構だ」
「……相変わらず、君は固いね」
……いや、別に固いわけじゃない。そりゃ俺だって、そういうものに興味がないわけじゃない。というより、前世のころによく見た、かおりちゃんを見てみたい欲求はあるが、きっと俺の力ではその様子、姿、形はこのバカ殿に伝えられないだろう。うん、伝えられる自信がない。無理だ。
だが、俺の思いに反してこのバカ殿は、いい意味で勘違いをしてくれたらしい。さも残念そうにその絵を仕舞うと、懐から再び同じような大きさの紙の束を取り出して、俺の前に差し出した。この細い体なのに、意外と色々と詰め込めるんだな、などと感心しつつそれを受け取る。
「……!」
思わず絶句した。何とそれは、フラディメ王国の地図だった。八枚に分かれていて、つなぎ合わせれば、フラディメの地図が出来上がるという仕組みで、しかもそれは航空写真かと思わせるほどの出来栄えだった。俺は思わず息をのんだ。
「こっ、これは……また、見事な……どうやって描いたのです?」
「我が国がドラゴン騎兵を揃えていることは知っているだろう? ドラゴンの背に乗って空を飛んで、ね。あとは気球で空まで浮いて見てきたこともある」
彼はそう言ってフッと笑ったが、やがて元の表情に戻ると、じっと俺の眼を見た。
「言うまでもないけれど、国の地図を相手に渡すということは、わが国の命を預けたと言っても過言ではない。私は、最上級の国家機密を君に、アガルタに渡そうというのだ。その価値は十分にわかってもらえると思うのだけれど」
「それならそうと、早くそう言えばいいじゃないか。エロ画像なんかどうでもいいじゃないか」
「裸絵で済めば、それに越したことはなかったのだけれどね」
「……まあ、わかりました。妻のメイに相談しておきます」
「うん、なるべく早くにお願いするよ。父にバレるのは時間の問題なんだ。できれば、明日明後日くらいに完成させてもらえるとありがたいんだ」
「無理だ。無理に決まってるじゃないか」
「アガルタはその不可能を可能にしてきたじゃないか。今回もいつもの神業で頼むよ」
「紙だけにかい」
「うん、何だい?」
メインティア王の眼がキラキラ輝いている。これ以上この王と話をすると面倒ごとに巻き込まれると感じた俺は、いそいそと部屋を後にしたのだった。
2025年最後の投稿となります。本年もお世話になりました。
どうぞ皆さま、よいお年をお迎えくださいませ。
片岡直太郎 拝




