第千百十三話 家族旅行に出かけたゾ!
……鹿神様に説教するかね。しかも、話が長い。同じ内容を何度も繰り返している。こういっては何だが、典型的なオッサンの喋りになっている。言うまでもないが、目の前の御方はこの国の守り神なんだけれどな。メチャクチャ失礼じゃないかと思うのだが、気のせいだろうか。
救いは、鹿神様が戸惑いながらも特に何も言わずに、うん、うん、そうだなと話を聞いてくださっていることだ。これ、普通だったら、うるせぇよ、帰れお前、と言われても文句が言えない振舞だ。
俺は鹿神様の寛大な対応に感謝しつつ、実はちょっとだけ公王にも感謝していた。さすがにピアの結婚はない。まあ、そのうち嫁に行くとしても、今は俺の娘なのだ。
なぜだろうな。ピアが嫁に、というフレーズを聞いた瞬間、イラッとした。オノレ、ナニヲ? と思ってしまった。鹿神様にそんなことを思うだけでも十分失礼なのはわかっている。いるが、そう思ってしまった。彼女の天真爛漫さは、知らずのうちに俺を癒してくれているのかもしれない。
ただ、ピアは一応はフラディメに嫁ぐ予定になっている。メインティア王の息子のオンサールだ。バカ殿はもうそれが決定事項のように考えているし、別に嫁いできたいならいつでもいいよといった様子だ。オンサールは……正直よくわからないが、体は大きい方だ。子供のことなので将来はわからないが、このまま育てば相撲取りのような体になるのではないかと思うほどだ。一度、シディーに聞いてみたことがあるが、彼女の直感は特に何も伝えてきていないらしい。別にいいんじゃない、とにべもなかった。
考えてみれば、ウチには三人娘がいるが、エリルとピアは一応は結婚相手が決まってしまっている。俺としては娘には自由に結婚相手を決めてほしいと思っていたのだが、自由な恋愛ができるのはアリリア一人になってしまっている。俺としては別に、娘たちは結婚しないならしないで家にいてもらってもいいと思うが、妻たちはその考えには大反対だ。アリリアもいずれ、しかるべき人に、という考えだ。実際、彼女に対して縁談が持ち込まれることも多い。何といっても、聖女・メイリアスの血を引いているのが魅力であるらしい。ただ……この子だけは、王族の生活には馴染めないだろう。彼女は彼女で将来、母親を超えるコトを為しそうな気がするのだ。というより、もうすでに龍王を手下にしてしまっている。彼女に何かあったら龍王が黙っていないだろう。何せバカだから、都市丸ごと吹っ飛ばすことくらいはやりそうな気がする。やはり、バカ龍は早めに駆除しておいた方がいいのではないだろうか。
「……どうであろうか」
突然鹿神様から話しかけられて、体が震える。え、何て? 聞いていなかったよ……。公王様、睨まないでください……。
「まあ、答えにくいのも道理だ。メイリアス殿もコンシディーも忙しいからな。だが、せっかく汚れた水を浄化することができそうなのだ。ここはひとつ、繰り返しになるが、我が公国のように、鉱物によって汚染された水を、汚れた水を元に戻すという技術を確立してはどうか。それができれば、鉱物を扱う国を救うことにもつながる」
……鹿神様、グッジョブ。俺が聞いていないのを察して、もう一度言ってくれた。なんて優しいお方だ。神様みたい……って、神様か。
だが、よくよく考えてみれば、鹿神様の言うことはもっともだ。ニザはほかの国に比べて鉱物を扱う量が段違いに多い。従って、土壌や水の汚染も激しくなるのは道理だ。ということは、金や銀、銅などを採掘する国は多かれ少なかれ、こうしたいわゆる公害の問題を抱えているのではないだろうか。今は表に出ていない、場合によっては国によって秘匿されているかもしれないが、それで苦しんでいる民衆もいることだろう。ある意味で、メイとシディーの取り組みは、世界中の多くの人を救うことにつながるかもしれない。
……また、メイとシディーの名声が上がってしまうな。
俺は心ならずもそんな言葉を心の中でつぶやいた。そうなれば、メイは聖女という称号を得ているが、シディーは何と呼ばれるのだろうか。小さくてかわいらしいから、世界のプリンセス? いや、けっこう頑固なところがあるから、小さな巌窟王? それはさすがにヒドイな。そんなことを考えていると、ふと視線を感じた。顔を向けてみると、シディーが何とも言えぬ顔でこちらを睨んでいた。俺は心の中で彼女に謝った。
鹿神様と公王の至れり尽くせりのもてなしのおかげで、俺はすっかり元気を取り戻した。何というか……体が軽くなったような気がする。本来は三日間の滞在予定だったのが、一日日延べをしたくらいだ。俺としてはあと二~三日滞在してもよかったのだが、それをすると、たまっている仕事がえらいことになるのはわかっていたので、後ろ髪を引かれる思いで別荘を後にした。四日間、公王と鹿神様に甘えるだけ甘えていたピアはアガルタに帰るのを嫌がり、公王に抱かれながら泣いていた。母親であるシディーも毎日上げ膳据え膳で食っちゃ寝の生活がよかったのか、ピアと一緒にもうニ、三日逗留しようかなと本気とも冗談ともつかぬことを言い出していた。さすがに公王はそれをたしなめたが、孫とは泣いて別れていたのに、娘である私にはそれかい、とプリプリ怒っていた。
屋敷に帰った翌日から、俺たちは仕事に復帰した。復帰早々いきなり、メインティア王が俺を訪ねてきた。一体何事かと思ったが、俺たちがいない間、手持無沙汰となったリボーン大上王は毎日この王のもとを訪れて、ほぼ罵声に近い怒鳴り声をあげていたらしい。よく見ると少し痩せている気がする。社交辞令で痩せましたかと聞くと、彼はゆっくりと首を振った。
「それは、痩せるよ。父のあの声を聴くだけですべてのやる気を失うんだ。お陰で私はこの三日間、閨をしていない」
こいつは相当だったのだなと腹の中でつぶやく。
「本当に困るよ。休暇を取るのであれば取っても構わないけれど、そのときは父も一緒に連れて行ってほしいんだ。それが無理なら、父をアガルタにとどめるようにしておいてほしいんだ」
……何を言っているんだという言葉を飲み込む。アンタの親父だろうという言葉が口をついて出そうになったが、そこはぐっと堪える。
「実は今日君に会いに来たのは、父のことだけじゃないんだ。折り入って頼みがあるんだ」
「頼み?」
「うん。我が国には多くのため池があるのだけれど、そのため池の大半にハウオウロが発生してね。それを駆除してほしいのだよ」
「駆除? その、ハウオウロとは、なんでしょう?」
「君、ハウオウロを知らないのかい? 幸せな王だな」
……何だかイラッとする。知らねぇものは知らねぇんだよ。なんだよ、そのハウオウロってのは。
俺の様子を察したのか、メインティア王はヤレヤレといった表情を浮かべながら口を開く。
「ハウオウロというのは、言ってみれば透明な膜のことさ。それが水面に浮いてしまうと、池の中に生息する魚たちが死んでしまう。魚たちが死んでしまうと、ため池の水質が下がってしまう。いま、わが国では総出でそれを駆除しているけれど、駆除してもすぐにまた発生してしまう。いわゆるいたちごっこなのだよ。そこで、アガルタにそれを効果的に駆除する方法を開発してほしいんだ」
「何だかよくわかりませんが、一度、妻に聞いてみます。ただ、こう言っては何ですが、お宅のお父様はそれなりの科学者でしょ? お父様に聞けば、すぐに解決方法を授けてくれると思いますが」
「それが、できないから君に頼んでいるんじゃないか」
「と、言うと?」
「ハウオウロの発生は、まあ、言ってみれば、私のせいなのだよね……」
……なんじゃそら。アンタがやらかしてんのかい!




