表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十四章 失敗からの創造編
1112/1120

第千百十二話 家族旅行に行くゾ!

汚れた水を元に戻す、という技術は、この世界においてあらゆる王や技術者が追い求めた技術であった。だが、どの国も、どの技術者もそれを確立することはできなかった。アガルタのような豊富な地下水を有する国は稀であり、水、とりわけ、飲料水の確保は各国にとって悩みの種であった。アガルタが可能性を示した、汚れた水を処理して川に戻すという技術はつまり、飲み水にも転用できるのではないか。水問題に悩む国々はこの技術に大いに期待を寄せるようになっていた。


ただし、アガルタのそれは未完成であり、当初は、大半の国々はその成り行きを見守るだけにとどめていた。一方で、有益性を理解した一部の国はすぐさま行動に移し、使者を派遣してきたり、アガルタ大学に学生を派遣してきたりするなどの動きを見せた。そうなると、後れを取ってはならぬという風潮が広まり、各国から次々と使者が訪れるようになり、リノスらはその対応に忙殺されることになった。


この日もリノスは夜遅くに帰宅した。すでに子供たちは眠っており、彼はペーリスが用意した食事をひとり、食卓でとった。


彼の周囲ではリコら妻たちが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。メニューも胃もたれがしないように考えられた、消化の良いものが並んでいる。彼はその料理に舌鼓を打ちながら、最近、皆で食卓を囲んでいないなと心の中でつぶやいていた。彼にとって、家族と共に過ごす時間は癒しであり、それが無くなってきているのはいかにも残念だった。ただ、現在の状況ではそれは難しい。リコはずっと自分に付きっきりでサポートしてくれているし、メイはメイでひっきりなしに訪れる技術者連中との会合に参加している。シディーは処理施設建築のために奔走している。妻たちが日々の仕事に忙殺されている中で、自分一人が休みたいというのは、心苦しかった。


リコは夫の様子を見ながら、彼の体調を心配していた。今の彼は、明らかに疲れていた。


それは、肉体的な疲れではない。精神的な疲れであることは明らかだった。彼は毎日ひっきりなしに訪れる使者たちを引見し、場合によっては昼と夜に歓迎会という名のパーティーに駆り出されることも多くなった。使者を寄こしてくる国も心得ていて、これまでとは違い、かなり身分の高い者が、場合によっては王自らやってくることも珍しくなくなっていた。そうなると、対応に家来を出すことはできず、リノスとリコが応対することになる。相手は単に友好を求めているだけではない、隙あらば技術を盗もう、情報を盗もうと考える者も多いために、その対応は細心の注意を払わねばならなかった。


ここ最近、リコも子供たちと触れ合う時間が少なくなっていることに危惧を感じていた。子供たちは何も言わないし、今はソレイユがこの屋敷にいて子供たちの面倒を見てくれているが、彼女にかなりの負担を強いていることも明らかだった。


きっと、亡き両親もこの悩みを持っていたのかもしれない、と彼女は今更ながらにして、その苦しみを理解した気がしていたし、そんな両親の思いを理解しようとせず、自分は愛されていないと決めつけてしまった当時の自分の愚かな行為を恥じていた。


ただし、親の愛情を得ようと努力した事は無駄にはならず、今の彼女を支える基礎となっている。あのときにがむしゃらに学んだことで、あらゆる人種と交流できるようになったのは事実であった。


リコ自身は、もともと皇帝の第一皇女という出自から、幼いころから王や王族とかかわることが多く、今では彼らの考えが手に取るようにわかる。だが、夫のリノスは王族出身ではない。そのうえ、彼は優しい。そのために、相手の策略を受け入れてしまうようなことがままあった。彼はどちらかといえば、相手の言葉の裏を読むということが苦手であり、相手の言葉を額面通りに受け止めてしまうという部分があった。


それは魅力の一つではあるが、国と国との付き合いという場面では不利に働く。だが、リコはこの夫を変えようとは思わなかった。そうした部分は自分が補えばよいと考えていた。彼女は彼女で、夫の人の好さを、愛していたのだった。


そのリコの働きもあって、世界中からやって来た使者たちは結局、欲しい情報や技術を得られぬまま帰国していった。ただ、彼らが理解したのは、自国でこの技術を運用していくのは不可能という結論だった。


まず、ガルマシオンホンを手に入れるルートがなかった。それはすでにアガルタが独占する形で管理しており、さらには、硬度の高い鉱物を削る技術も必要であった。いくらアガルタ王であるリノスが許可を出したところで、下水処理の技術を得るのに、何十年という年数がかかるのは目に見えていた。国によっては、あの手この手でアガルタと誼を通じようとしてくるものも多かったが、すべてリコの上手な交渉で不発に終わっていた。


使者の訪問が一段落ついた頃、リコは突然、家族旅行に行こうと言い出した。あまりに突然のことでリノスは面食らったが、これまでの激務も相まって、彼は笑顔で頷いた。


家族会議の結果、行先はシディーの実家であるニザ公国と決まった。そこには公王専用の別荘があり、そこを使わせてもらえることになったからだ。近くには鹿神様のいる森もあって、子供たちを遊ばせるのにちょうどいい環境が広がっていた。


リノス一家が来ると聞いて公王は喜び、彼は自ら出迎えただけでなく、別荘までの先導までも担った。その膝にはピアが座り、彼はいつもとは全く違う、優しい好々爺の表情を見せた。


さらに彼は、鹿神様への案内をすると言ってきかず、シディーと一触即発の状況になったが、そこはリノスが間に入り、公王の厚情をありがたく受けることにした。


久しぶりに対面した鹿神様は、実に元気そうで、彼らの訪問を心から喜んでくれた。何より、ピアの訪問を喜び、ピアも鹿神様の髭を引っ張って遊び、上機嫌だった。子供たちも鹿神様の体の上に登って遊ぶなど、普段静かな森の中が子供たちのはしゃぎ声で満たされた。


「すみません、子供たちが……」


恐縮するリノスらに、鹿神様は笑顔で首を振る。


「よいのだ。こうして我の体で子供たちが遊んでくれる……我にとって何よりの癒しだ」


「ははは……」


「公王から話は聞いた。汚れた水を浄化する技術を開発したそうではないか」


「そうですね。ただ、どんな水でも、というわけにはいかないようです。とりわけ、ドワーフ公国のような、鉱物を加工するなどした際に生み出される水は、浄化できないようです」


「うむ。そうした水はまた、特別な処理が必要である。だが、それも近いうちに技術が確立されそうではあるな」


「そうですね。公国の川と土が汚染されないように、早く技術を確立できるよう、シディーたちが頑張ってくれています」


彼らが旅行先にニザ公国を選んだのは、いまだ明確な汚染対策が確立されていないことに関して、相談するためでもあった。


現在のところは、メイが開発した薬品を川に投与することによって、汚染物質は中和されている。だが、飲み水として使用することはできず、公国では井戸水を利用している。メイとシディーは、下水処理の技術を確立する一方で、公国のような汚染された水を処理する技術も確立したいと考えていたのだった。


「ありがたい話だ」


鹿神様はそう言って頭を下げた。


「本来、川の水も土も大抵のものは自浄するのだが……我々はそれすらもできぬ程に汚してしまったのだ。もう二度と、同じ過ちを犯してはならない。だが……メイリアス殿とコンシディー、二人が力を合わせれば、きっとこの、ピアトリスが嫁に行く頃には、この国土と川は昔の状態に戻っていることだろう」


「よ……嫁?」


リノスは露骨にいやそうな表情を浮かべた。その隣では、公王が顔を真っ赤にしている。


「鹿神さま、お言葉ですが、ピアが嫁に行くなどと、物騒なことは言わないでいただきたい!」


「お、おお……」


鹿神は思わず目を見開いて固まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
物騒ってw 行かず後家になっちまう方が余程哀れだと思うが……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ