第千百十話 水が再利用できるゾ
このところ、シディーの様子がおかしい。最初俺は、単に機嫌が悪いのだろうと思っていたが、別に俺や家族たちに当たるということはない。その……何というか、ちょっといつものシディーと違うのだ。喋らなくなったのだ。
一番の違いは夜、二人っきりになったときだ。リラックスしているのだろう。俺が部屋に入ると、ベッドに入った状態で目を閉じ、手だけを動かしている。それは踊りのように見えないこともないが、見方を変えれば誰かを呪っているようにも見える。さすがにちょっと、声がかけづらいし、彼女も特に何かを言うことはない。
俺がベッドに入ると、目を開けて、いろいろと話しかけてくる。その内容は、半分が愚痴で、半分が技術的なことだ。俺には詳しいことはわからないが、オリハルコンを打つガルマシオンホンの金づちを作るのは、相当難しいらしい。今も一生懸命に作っているが、前に使っていたようなしっくりくる感じには仕上がっていないようで、ただでさえ削りにくい鉱物を、さらに自分の好みに微調整しているのだから、それは相当に難しいことは容易に想像がつく。
そんな彼女をなだめすかして寝るまで、少し時間がかかってしまう。ということで、彼女と過ごすときの俺は少し、寝不足になりがちになっている。
彼女は現在、日々の作業の合間を縫って、相変わらず失った金づちの制作に励んでいる。俺は今の状態が続けばオリハルコンが枯渇してしまうのではないか、そうなれば、電力を生み出す施設の研究に遅れが生じるのではないかと懸念したが、それは杞憂であるらしい。シディーのこれまでの頑張りで、オリハルコンは向こう数年分の量が備蓄されているらしい。
そのシディーの様子がようやくいつもの彼女に戻りつつあったある日の夜、風呂上りに寝室に向かうと、そこにはメイ、シディー、ソレイユの三人がいた。一体何事かと思っていると、メイが三人を代表して口を開いた。それは、汚水を浄化する画期的なシステムが実現できるかもしれないとのことだった。
ドワーフ工房の肥え桶に異変があった後、その水をアガルタ大学に検査してもらうよう依頼したことは知っていた。俺は特に大きな問題もあるまいと思っていたし、実際の検査結果も問題ないというものだった。ただ、コトはそれだけで終わっていなかったのだ。
ガルマシオンホンで作られたあの金づちは、肥え桶の汚れの部分を吸着させるという特性があることがわかったのだ。メイ曰く、これを利用すれば、いわゆる生活用水レベルの汚水は、かなり浄化することができるのだという。
アガルタはいわゆる水の都と呼んで差し支えない程に地下水と川の水が豊富で、それらをふんだんに利用している。それは飲み水となり、お手洗いの水に活用するなどの措置が取られれている。ただ、いわゆる生活排水をそのまま川に戻してしまうのは、河川の汚染につながってしまうために、それらは地下深くに掘られた穴に流されている。今のところ大きな問題にはなっていないが、このシステムはどこかで破綻が来ることは目に見えている。穴を掘る俺が死んでしまえばたちまち汚水は街に溢れ出してしまうし、焼け石に水ではあるけれど、毎週その汚水にクリーンの魔法をかけてある程度は浄化しているが、それを半永久的に続けるというのはどう考えても現実的ではない。このままでは深刻な土壌汚染を引き起こす可能性もある。アガルタとしては、その汚水処理を確立するのが急務であったのだ。
メイが発案するガルマシオンホンを用いての汚水処理方法は、まず、それを一か所に集めておいて、しばらくの間放っておく、すると、汚れは沈殿していく。そうしておいて、上澄みを別の容器に移し、そこでガルマシオンホンを投入して、汚れをあらかた沈殿させてしまう。さらにそこの上澄みを別の容器に移して、今度は精霊たちに水の汚れを分解させる。これらの過程を経ることで、汚水は相当にきれいになり、別に穴を掘って水をプールする必要もなくなるし、土を汚染する危険性もなくなるというのだ。だが、俺にはいくつかの疑問が沸き上がった。
「理屈はよくわかるが、ガルマシオンホンは相当の堅い鉱物なのだろう。シディーが金づちを作るのに相当四苦八苦しているところを見ると、それを活用するのはかなりの技術を必要とするんじゃないのか?」
「確かに言われる通りです。ただ、それに関しては、ドワーフ工房とアガルタ大学でガルマシオンホンを活用したり研究したりしていまして、その削られた粉が大量に出ます。施設の水処理はその粉を使おうと考えています」
「なるほど……。大体のところはわかったけれど、処理された水はどこに持っていくんだ? まさか手洗いに水に使うわけにはいかないだろう」
「はい、それに関しては、川に戻そうと考えています」
「川に?」
「はい、きちんと殺菌して川に流せば、何ら問題ないと考えています」
「川から取った水を、川に返す、か」
「その通りです」
「ちなみに、精霊たちに水を分解してもらうと言っていたけれど、それはどうするんだ? まさか、ソレイユがその施設に籠ってやるわけにもいかないだろう?」
「ファルフルクの草を利用します」
「ファルフルク?」
「はい。どちらかといえば荒れ地に生えている草で、茎が太く、根も深い草です」
……ああ、要はススキね、と俺は心の中でつぶやく。確かに、あの草が無くなれば、荒れ地を開墾しやすくなるだろうし、もともとうちの家族がお月見のときに供えるくらいしか活用方法のなかった草が活用されるのはむしろ、願ったり叶ったりの状況であると言えた。
「で、それにどうやって精霊を?」
「私の魔力をその草の穂に込めます。すると精霊たちがやってきますので、それを水の中に漬けます。おそらく、数日間は活動してくれるでしょうから、私が手の空いた時にそれを作れば問題ないと思います」
「なるほど。一度、実験をしてみるといいかもしれないな。ああ、ただ、沈殿した汚物はどうするんだ?」
「ドワーフ工房から依頼された水の沈殿物を調べましたが、特に大きな問題はありませんでした。焼却という方法も考えたのですが、それ自体にかなり豊富な栄養分が含まれていましたので、肥料として安く売ろうと考えます」
「捨てるところなし、か。なんか、夢みたいな話だな」
「まあ、どこまで実現できるのかはわかりませんが……」
メイはそう言いながら、チラリとシディーに視線を向ける。彼女は真顔で大きく頷いた。
「私の直感では、うまく行く気がしているから、きっと大丈夫よ」
その言葉に、メイはとてもうれしそうな表情を見せた。その様子を見て俺は、すぐにその施設の建設に取り掛かってくれとメイに命じた。
「災い転じて福となす、だな。リンショックがシディーの金づちを落とさなかったら、この動きはなかっただろう。納得いかないこともあるかもしれないけれど、まあ、彼のことは許してやれ」
俺の言葉に、彼女は不承不承ながらゆっくりと頷いた。
◆ ◆ ◆
早速、アガルタでは都の外に施設の建設を始めた。アガルタがいわゆる下水処理施設を建設しようとしていることは、すぐに世界中に広がったが、大多数の国はただ、その様子を見守るにとどめた。彼らとしては、アガルタが行おうとしていることがいまいち理解できず、もし、自国にとって有益な事柄であれば、アガルタに交渉しようという姿勢であった。
だが、その有益性を理解した者もいた。その最たる者が、フラディメ王国のリボーン大上王とクリミアーナ教国のヴィエイユだった……。




