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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
間 話 おままごと道具
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第千百八話 小さなナイフ

「おかーさん、おねがいがあるの」


アリリアがメイに向かって口を開く。メイは何ですか、といつもの優しい笑顔を浮かべる。


アリリアは母親であるメイに、おままごと用のナイフを作ってほしいと言ってきた。それは自分ではなく、エリルおねーちゃんが欲しがっているというものだった。


実を言うと、アリリアがおねだりをしてくるのは珍しいことといえた。どちらかというと母親似の彼女は、欲しいものはできるだけ自分で作ろうとする。器用な彼女は草を編んだり、土をこねたりしていろいろなものを作り出す。姉のエリルと二人でよく遊ぶおままごとに使う食器類なども、草を編んだり、紙でこしらえたりしたものを使っているのだ。


ただ、彼女をもってしてもナイフ――いわゆる包丁――は作ることができなかったらしい。母親であるメイはわかっていた。いろいろ試行錯誤を重ねてみたが、作ることはできなかったのだ。さもありなん、と思いながらも彼女は、わかりましたと言って大きく頷いた。


早速メイはリコに相談した。リコは一瞬懸念を口にしたが、ナイフの素材には本物と同じ鉄を使うが、刃をつけるわけではないという説明に納得して、すぐにお任せしますわと言って笑顔を見せた。


「メイ」


「はい」


「そのナイフ。アリリアとエリルがそれなりの年齢になったら、ちゃんとしたナイフに仕立てて持たせてあげたらどうかしら」


「そうですね。ただ、それまでに二人がこれを使ってくれるといいのですけれど」


メイは苦笑いを浮かべた。


彼女はその足でシディーの許に行き、ドワーフ工房の施設の一部を貸してほしいと願い出た。むろんシディーは許可した。それは面白いねと目を輝かせ、好きなものを使ってもらって構わないと言って大きく頷いた。そして彼女は、せっかくだから、ナイフの柄は木で私が作るから、出来上がったら持ってきてと言って、親指を立てた。メイはすぐにアリリアとエリルの許に行き、ナイフを作りますから、少し待っていてくださいと伝えた。アリリアは飛び跳ねて喜び、エリルもかわいらしい笑顔で何度も頷いた。


翌日から二日間、メイはドワーフ工房に籠って、二本の小さなナイフを拵えた。鉄を溶かし、金づちで打ち、本物を作るのと何ら変わらない工程だった。ドワーフたちは物珍しさからその作業を見ようとやって来たが、その都度、シディーに追い返された。だが、彼らはそれでもこの妃の作業を見ようと、折に触れてやって来た。この妃の美しさに惹かれたというのも理由の一つだが、最大の理由は、彼女が打つ金づちの音にあった。寸分の狂いなく同じ間隔で、同じ音を出して叩かれている。これだけを見ても、この女性がとんでもないスキルを持っていることは明らかだった。これほどの作業はおそらく、ドワーフ王をもってしても、果たしてできるだろうか。メイの作業は彼らにそう思わせるものがあった。


シディーもそれは感じてはいたが、敢えて気に留めないようにしていた。彼女としては、毎日鉄を打っているという自負があった。対してメイちゃんは、久しぶりに鉄を打つと言っていた。確かに、いい音を出してはいるが、日々技術を研磨している自分が負けるはずはないと言い聞かせていたのだった。


程なくしてそれは出来上がった。手に取ってみてシディーは驚愕した。文句のつけようのないナイフが出来上がっていたからだ。


一見すると何の変哲もないナイフの形をした鉄だ。だがそれは、鉄の粒子が完璧に均一に並んだ状態だった。何かの計器を使って調べたわけではないが、シディーには直感的にそれがわかった。そのナイフを手に取った瞬間、体に震えが走ったほどだ。それは、まさに、彼女がこれまで追い求め続けた技術であった。


一体どうすればこの高みに届くのだろうか。シディーは愕然とした。幼いころから父の手ほどきを受け、毎日のように鉄を打ってきた自分の技術が、いとも簡単に打ち破られてしまっていた。一体自分には何が足りないのだろうか。彼女は、そのナイフを受け取った瞬間から、心がどこかに飛んで行ってしまったような感覚にとらわれた。


呆然と、魂が抜けたような状態のまま屋敷に帰り、食事をとり、風呂に入る。夜、寝室に入ってもその感覚は続いたままだった。


広いベッドに一人、相変わらず呆然としながらも、メイが作ったナイフを手に取ってみる。やはり完璧な出来栄えだ。小さいものだから、このくらいは当然だという自分と、いや、これと同じものは作れないだろうという思いが同時に湧き上がる。だが、その一方で、このナイフそのものの手触りに心を奪われる。子供向けということもあるだろうが、重さもちょうどいい。重すぎず軽すぎず絶妙な重さだ。


「うわぁ!」


突然体が重くなって、思わず声を上げる。気が付けば彼女は夫であるリノスに抱きしめられていた。


「どうしたんだ、大丈夫か」


夫が心配そうな表情で顔を覗き込んでくる。彼の表情を見てようやくシディーは我に返った。


「これ……」


「何だ?」


シディーは手に持っていたナイフをリノスに渡す。彼はけげんな表情を浮かべながらそれを受け取った。


「ああ……メイが言っていたナイフか? へぇ~よくできているな。確かこれ、磨けは本物のナイフとして使えるんだっけ。これは切れ味鋭いものになりそうだな」


「やっぱり、そう思う?」


「あ、ああ。なんとなく、だけれども、いいナイフに仕上がりそうな気がする」


「だよね……」


「どうした?」


「私には、作れない」


「ううん?」


シディーはその理由を滔々と語り始めた。リノスはその話を聞きながら、うん、うん、と頷いている。彼は長い時間をかけて話を聞いた。そして、それがある程度聞き終わると、腕を組んで考える様子を見せた。


「たぶん、だけど、メイの場合、まず仮説を立てて、そして、それを実現できないか試行錯誤してきたから、それだけの技術力が身についたんじゃないかな」


「どういうこと?」


「シディーの場合は、いろいろな技術や手法を知っている。そして、その身に着けた技術をひたすら研磨し続けてきた。一つ一つの技術は素晴らしいけれど、自分の持っている技術だけで勝負しなければならない。対してメイは、自分の思い描く、それはたとえ荒唐無稽な物事であっても、それが実現できる技術を求めて身に着けるということを繰り返してきた。その違いじゃないかと思う」


「つまりは……」


「いや、シディーが劣っているわけじゃない。一つ一つの技術力に関して言えばシディーのほうが上だ。ただ、手数の上においてはメイのほうがたくさんそれを持っているといううことだ。シディーは自分の持っていない技術をメイから吸収していけばいいんじゃないかな。それを繰り返せば、とんでもないものが出来上がるような気がするけれども」


「う~ん」


シディーは腕を組んで天を仰いだ。頭の中にいろいろな思いが去来しては消えていく。一体どのくらいそうしていただろうか。気が付けば夫は彼女の隣で、静かな寝息を立てていた。彼女は大きなため息をつくと、そのまま毛布の中に潜り込んだ。


……リノス様の言う通りやってみようか。それよりも、先にナイフの柄を作らなきゃ。


そんなことを考えながら彼女は眠りに落ちていった。


程なくしてナイフの柄は出来上がり、エリルとアリリアにそれがプレゼントされた。二人は大喜びで受け取り、一生大事にすると言って笑顔を見せた。


後にこのナイフはシディーの手によって研磨され、切れ味鋭いナイフに仕立てられた。その後、このナイフは、この二人の姉妹の絆をつなぐ大切なアイテムとなるのだが、それが明らかになるのは、まだまだ先のことであった。

次回から、新章突入する予定……です

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