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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十三章 不撓不屈編
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第千百二話 混乱、大混乱

取るべき道は三つだった。一つが連合軍に降伏するという選択。もう一つは、王都に籠って、いわゆる籠城戦に持ち込むという選択。そして、最後の一つが、乾坤一擲の攻撃を敵に加えて痛打を与えるかという選択だった。


考えるまでもなかった。トリヤロスは最後の乾坤一擲の攻撃を選択した。


彼らがこれまで権勢を維持できたのは、ひとえに民衆の支持があったればこそだった。それまでのホロラド王国は、国王の絶対権力の許にあり、いかに軍総司令官といえども、国王からの命令を拒否することはできなかった。それをトリヤロスは、民衆の支持を得ることで発言力を得、宰相らを追い落とし、国王を後宮に軟禁することで今の権勢を築くことができた。彼らの支持を失うことはすなわち、自らの滅亡を意味する。トリヤロスとしては、何としても華々しい戦果を挙げる必要があった。


幸いにして、王都周辺の山々の地理には精通している。まさに、己が庭と言って差し支えなかった。彼は連合軍の動向に注意を払いながら、綿密に計画を立てていった。


まず彼は、ホロラド軍の中で最精鋭の者を夜陰に紛れて王都から脱出させ、付近の山に潜ませた。さらには国軍に総動員令を発して、王都の防御を固めさせた。これは、民衆に対して何が何でも王都を守り抜くというパフォーマンスであった。


作戦としてはいわゆる奇襲戦法であった。連合軍は間違いなくこの王都に攻め寄せてくる。そこにはアガルタ王、アーモンド総司令官も従軍していることだろう。狙いはアーモンドだ。この男の首が獲れればよし、できなくとも、傷の一つでもつけて撤退に追い込めばよい。そのために、最精鋭の部隊をぶつけて疾風迅雷の攻撃を仕掛けるのだ。


だが、民衆たちの動揺は収まらなかった。もはや国軍を信用していなかった。彼らとしては、山の頂上に赤々と見える敵の篝火が何とも言えず不気味だったし、その動揺は敵の数を実際の数倍に見せていた。いつしか彼らの間には、十万に及ぶアガルタ・ラマロン軍が、明日にでもこの王都に攻め寄せてくるという噂が囁かれるようになっていた。


こうなると、民衆の混乱はさらに高まった。彼らは王都から脱出しようと城門に殺到し、そこで押しとどめようとする兵士たちと揉みあいになった。


一旦、そうした騒動が起こるとそれは、あちこちでも起こるようになり、すぐに王都中が大混乱に陥った。報告を聞いたトリヤロスは民衆を沈めろと命令したが、やがてしばらくすると、これまで聞いたことのない音が、彼の耳に入るようになった。


何とも言えぬ音だった。ザザッだのジジッだのという音……最初は何かの雑音かと思っていたが、それは徐々に大きくなっていった。それが大衆の声であることを認識したときはすでに、王都中が内乱状態になっていた。


民衆たちは外に出ようと前に前に進み出る。兵士たちは槍を構えてそれを押しとどめようとする。しかし民衆は止まらない。業を煮やした兵士の一人が槍で民衆を刺した。一瞬の静寂の後、まるで火が付いたようにその場は大混乱になった。踵を返して逃げようとする者、丸腰のまま兵士に向かっていく者……。兵士たちは襲い掛かる民衆たちに容赦なく槍で攻撃を加えた。城門前は見る間に血の海と化した。どこかで西の門があいたと叫ぶ者がいる。人々はそこに向かって移動を始める。西門が開いているというのは事実であった。そこを守る司令官が独断で門を開けたのだ。民衆は雪崩を打ってそこに向かった。トリヤロスは門を閉めろと命令したが、それはもはや不可能だった。そうなるともはや戦いどころではなくなっていた。国軍の兵士たちも続々と逃亡を始めたからだ。


夜が明けるころ、王都はゴーストタウンの様相を呈していた。あれだけ華やかな絢爛さを誇った町が、何の息遣いを感じさせない冷たい場所に変わり果てていた。そのとき、王都にはトリヤロスの姿はなかった。


◆ ◆ ◆


エリオの町で報告を聞いたリノスは、腕を組みながら天を仰いだ。彼としては、ホロラド軍の戦意を喪失させ、降伏に結び付けたいという考えだったのだが、まさか民衆が大騒動に陥り、王都が空になるような事態になるとは思ってもみなかったことであった。


アーモンドがすぐに王都に進軍するべきだと言ってきた。このままでは野盗の類が王都を荒らしまわることになる。そうなっては、王都の再建は難しくなるというのが、彼の意見であった。


確かにそれは一理あった。少なくとも王都の現状は維持しなければならない。リノスはマトカルに王都に向けて進軍せよと命令を下した。


連合軍は粛々と王都に向かって出発した。部隊の先頭にはマトカルが立った。銀の鎧を装備し、白馬に跨り、威風堂々と道を進んでいく姿は、見る者に何とも言えぬ安心感を与えた。


リノスはアーモンドの心中を思った。彼としてはマトカルの役目を担いたかっただろう。彼としても、ラマロン内での立場というものがある。今の状態では、手柄はアガルタに取られる形となる。アガルタは別に援軍の要請を受けてはおらず、言ってみれば今回はリノスの独断での参戦であった。まさに、トンビに油揚げをさらわれた形となった彼の心中は穏やかではないことは容易に想像がついた。


だが、アーモンドはそうした不平や不満を一切顔に出さなかった。淡々と自らラマロン皇国軍の先頭に立ち、粛々と王都の占領を完了させた。


その王都は、完全に無人というわけではなかった。王宮には女性をはじめとする多くの貴族が避難しており、また、王都内にとどまったり逃げ遅れたりした民衆たちも少なからずいた。リノスは王都を警備する必要最低限の兵士を残して、自らは王都の外に野営地を築いてそこで休息を取った。


幕僚たちが次々と集まってくる。皆、腹の中でこれから先のことが気になっているのは、誰が見ても明らかだった。ひとりマトカルだけは、何の興味もないと言いたげに、淡々とした表情で席についていた。


そこに、ゲンゾが現れた。彼は以前と同じ厳しい表情のままリノスらの前に立った。彼は幕僚たちの前で、トリヤロスらを追い払ってくれたことに感謝を述べると同時に、この王都近くに国王が匿われている。ついては、アガルタ王さまにお引き合わせしたいと述べた。


これには、マトカルがあからさまに不満であるといった雰囲気を醸し出した。どうしてわが王がわざわざホロラド王のもとに参じねばならないのか。むしろ、ホロラド王がこの陣所に来て礼を言うのが筋だろうと言いたげな表情だった。


しかしリノスはそんなマトカルを手で制して、参りましょうと言って立ち上がった。彼はゲンゾに何のためらいもなく後に続いていったが、残された幕僚たちは困った。このまま王を一人で行かせるというのはいかにも都合の悪い、外聞の悪い話であった。そんな空気の中、クノゲンがゆっくりと立ち上がり、それに続いてホルムが立ち、アーモンドが立った。そして最後にマトカルが仕方がないと首を振りながら立ち上がった。


「大人数で行ってもよいことはない。お前たちはここで休んでいろ」


マトカルは幕僚たちにそう命じて歩き出したが、その言葉には少しの怒気が込められており、幕僚たちは大慌てで彼女に頭を下げた。


ホロラド王が匿われている屋敷は、リノスらの陣所から徒歩五分という場所にあった。予想以上の近さにリノスは驚きを隠さなかったが、ゲンゾは縁があるのですよと言って苦笑いを浮かべた。


通された部屋はお寺の本堂を思わせる作りの部屋だった。目の前には御簾のようなものが下がっていて、中を窺い知ることはできない。ゲンゾはその前に控えると、押しついた声で口を開いた。


「陛下、アガルタ王様ご一行をお連れ申しました」


スルスルと御簾がゆっくりと上がっていった。

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