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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十三章 不撓不屈編
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第千百一話 進退窮まる

頭の中で情報の整理が追い付かなかった。すぐに対策を打たねばならないことはわかっていた。だが、何をどうすればいいのかが、いくら考えても思い浮かんでこなかった。


幕僚たちは口々に総司令官殿と連呼している。その声は認識していた。にもかかわらず、彼は何もすることができなかった。


「ええい! 話にならん。私は軍を率いて山頂に向かう!」


幕僚の一人、デルがそう言ってその場を離れようとする。待て、と同じ幕僚の一人が彼の肩を掴んだ。


「貴様は独断で軍を動かそうというのか。越権行為だ。死罪に相当する重罪だぞ!」


「越権行為もクソもあるか! 我が国の存亡がかかっておるのだ! 私は何としても山頂を死守しなければならない。さもなければ、こちらが……」


「あーっ!」


二人の怒鳴りあいを制すかのように、甲高い声が響き渡る。幕僚の一人、ヒオサが驚いた表情であらぬ方向を見つめている。


「どうしたヒオサ、何があった!」


「あっ、あれを……」


ヒオサが指さす方向を見ると、山頂にアガルタ軍と思われる旗が棚引いているのが見えた。旗は一つ、二つと増えていき、見る間に山頂におびただしい数となって現れた。


「まっ、まさか……」


デルが忌々しそうな表情を浮かべながら歯ぎしりをしている。ここに至っても、総司令官・トリヤロスは山頂を見据えたまま固まっている。


「て……撤退しましょう。撤退するのです。このままでは危険です。王都まで退きましょう。総司令官殿!」


ヒオサがまるで縋るようにしてトリヤロスの腕を掴んだ。


◆ ◆ ◆


「さすがはイリモ、早いな。一番乗りだ」


リノスはそう言いながらイリモの首を撫でた。彼女は嬉しそうに嘶いた。そのすぐ後ろからマトカルが追いかけてきた。山道とはいえ、イリモの速さに全くついていくことができなかった悔しさが、体中からあふれている。そんな彼女を見て、リノスは思わず笑みを浮かべた。


次々と兵士たちが上がってくる。皆、リノスの前には出ようとはしない。このままでは後ろの部隊がつかえてしまうと判断した彼は、手で前に出るようにと促す。


マトカルがリノスの前に出る。兵士たちがそれに続く。クノゲン、ホルム、そしてアーモンドらがそれに続く。整然とした移動だった。見る間に、リノスを中心とした陣形が形成された。


兵を配置し終わると、各々各将が再びリノスのもとに集まってくる。別に命令したわけではない。それが当たり前の約束事になっているのだ。


リノスはイリモに跨ったまま、眼下に陣を張るホロラド軍を眺めている。ふと気が付くと、彼の前には下馬して命令を待つ幕僚たちの姿があった。


「リノス様」


マトカルが口を開く。彼は小さく頷いて発言を促す。


「これから先のことは、私に任せてもらえないだろうか」


彼女の言葉に、リノスは大きく頷く。その意を受けた彼女は再び愛馬の上に跨った。


「声で敵を威圧する。各々持ち場に帰ったら、あらん限りの声を上げろ。かかれ!」


彼女はそう言って手を振った。その様子を見てリノスは素直に、格好がいいなと心の中でつぶやいた。


すぐに連合軍から大音声が上がった。二度、三度とすさまじい轟音が起こった。しばらくすると、ホロラド軍に動きがあった。少しずつ王都に向けて撤退を始めているようであった。それを見た連合軍からは、歓声のような声が上がった。


リノスは鎮まるように全軍に通達を出したが、兵士たちの声はなかなか収まらなかった。その声を聴きながら、やはり皆、ストレスがたまっていたのだなと苦笑いを浮かべたのだった。


◆ ◆ ◆


ホロラド軍が王都へ撤退するのを見届けると、再び幕僚たちが集まって、軍議が開かれた。ラマロン側はこのまま一気に王都を攻めましょうという者もあったが、全体の意見としては、軍を動かすべきではないとの意見で一致を見た。


「もうすぐ日が暮れます。どうしましょうか」


ホルムが口を開く。彼は、このまま山頂にとどまるのもよし、エリオに撤退するのもよいと考えていた。ただしは、エリオに退くとしても、ある程度の兵士はこの山に残しておくべきだという考えだった。


それは、大半の幕僚たちも同じ意見であった。そんな中、マトカルが口を開いた。


「夜もここにとどまり、大音声を上げて王都を威嚇してはどうだろうか」


「いや、声が枯れちまうよ。逆に、皆で歌でも歌ってみるか」


リノスの言葉に、マトカルはバツの悪そうな顔をした。彼女がこうした表情を浮かべるのは珍しいことといえた。彼女自身も態度には出さないが、内では、ホロラドの反撃の意識を刈り取りたいという強い思いがあった。


リノスはしばらく何かを考えていたが、最終的にはホルムら幕僚たちの意見を容れて、最低限の兵士たちを山頂に残して、エリオの町に撤退するように命令を下した。そうしておいて、この山頂を守備する司令官として、彼はホルムを任命した。


「承知しました。死守してご覧に入れます」


そう言ってホルムは恭しく一礼した。


「敵の動きから目を離さないように。危険だと思ったらすぐにエリオまで撤退してくれ。まず、お前たちの命を最優先してくれ」


ホルムは命令を聞きながら、こんなことを言い出す王は、世界広しといえどこの王だけだなと心の中でつぶやいていた。普通であれば、命を懸けて死守せよと命令するものなのだ。しかしながらこの王は、命を優先せよと命令する。アガルタの強さの秘密を、改めて知った気持ちになった。


「ああ、それからホルム」


「ハッ」


「夜は篝火をたくんだろう?」


「はい。魔物を寄せ付けないためです」


「うん。その篝火は、たくさん用意しろ。多ければ多いほどいい。山火事には注意してもらいたいが、できるだけ多く篝火を作ってくれ。そして、ご苦労だが、朝までそれを絶やさずにいてもらいたい。あそこの空いた場所なんかに、文字か絵なんかを篝火で作るといいかもしれないな。まあ、難しいだろうから、強制はしないけれど」


「は……はあ」


ホルムはわかったような、わからないような表情を浮かべながら、撤退していく王の背中を見送った。


彼は忠実にその命令を実行した。山頂に残った二千の兵士を総動員して、ありとあらゆる場所に篝火を上げた。その様子はホロラド王国の王都からもよく見えた。彼らからは、周囲を囲む山々すべてが連合軍に占領されたように見え、王都は騒然となった。


夜になる直前には、国王一家がすでに王都を脱出したらしいといううわさが飛び交い、さらには、ホロラド軍が大急ぎで王都に戻ってきたことも、民衆たちの混乱に拍車をかけていた。トリヤロスは、民衆にそうした情報は敵が流した流言である、流言に惑わされてはならないと兵士を通じて呼びかけたが、焼け石に水の状態であった。夜が明けると、民衆はこぞって王国軍本部の建物の前に押し掛けた。


トリヤロスは兵士たちに民衆を建物の中に入れてはならないと厳命する一方で、貴族たちへの対応にも追われることになった。彼らもまた、民衆と同じく不安を口にした。まずは軍を率いて山頂の敵を追い払うよう強い口調でトリヤロスに迫る者も現れた。


普段は平身低頭して彼の機嫌を取りに来る男たちが、今やその態度を一変させていた。この男たちを黙らせるのは簡単だ。兵士たちに命じて槍をその鼻先に突き付けてやればいい。だが、それをしたところで、民衆の混乱が収まるわけではない。トリヤロスは貴族たちの質問や要請には一切答えずに、すぐにその場を後にした。


このままでは進退が極まってしまう。ひいては、この国自体が崩壊してしまう。トリヤロスは、最後の賭けに出る覚悟を決めた……。

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