第十一話 狩った魔物を運ぼう!
「ちょっとこの牛は、持って帰るのは無理ですね」
3メートルの巨牛を前に俺はつぶやく。
「でもファルコ師匠に倒した証拠を持って帰らなきゃいけないですし・・・どうしましょうか」
とりあえず何とか切り落とすことができる部位だけでも持って帰りたい。
「その必要はないわ」
エリルが腰にぶら下げている袋を取り出し、俺に手渡す。
「その袋に魔力を通して、「アプト」と唱えてみなさい」
言われるがままに魔力を通し、「アプト」と唱える。すると、目の前の巨牛が一瞬で消える。
「え?え?どうなってるんですか?」
「これは「無限収納」よ。バーサーム家に伝わる家宝の一つで、使用者の魔力に応じてどんなものでも無限に収納できる袋よ。私は魔力は少ないけど、リノスのMPは無尽蔵だから大抵のものは収納できるわね」
自分のステータスをチェックしてみると、MPが30ほど減っている。
「出すときは袋の中から牛を出すイメージすれば出てくるわ。お屋敷に帰るまでその袋、持っておくのよ。落としたり失くしたりしたら・・・わかってるわね?」
コクコクと頷く。怖ぇよ、エリルお嬢様。
森を出て、再び馬に乗って帰路につく。さすがに朝のように全力で馬を飛ばすようなことはなく、ゆっくりのんびりと屋敷までの道のりを帰った。
行きはエリルの腰に掴まることで精いっぱいだったが、帰り道は随分と余裕がある。エリルの腰に掴まっていると、意外にきれいな肌をしていることがわかる。外見は10歳とはいえ、中身は30代。スケベ心がムクムクと持ち上がってくる。
「本当にあんたって気持ち悪いわね」
うぇっ!俺の心を読みやがるのか!?
「10歳でそれだけのスキルを身に付けるなんて、人間離れもいいところだわ」
エリル曰く、10歳でLV4のスキルを持っていること自体、ありえないことなのだという。
本来、ゼロからスキルを身に着けようとすると、真面目に修行しても5年はかかるのだという。そこからさらに5年ほどの修行を経てようやくLV2。さらに上のレベルに至るには、そこからさらに10年の歳月が必要とされる。さらにLV4に至るには20年、LV5は30年の歳月がかかるとされている。つまり、全くスキルのない状態からLV5に至るのには、約70年の修行が必要になるのだそうだ。
稀に、スキルをもって生まれてくる者もいる。それはいわゆる「才能がある」ということであり、そういう者はスキルの上昇も比較的早いとされる。ちなみに、エリルも「剣術LV1」を持って生まれてきている。
そのエリルでさえ、一時は修行を休んでいたものの、LV4になるまで約20年の歳月がかかっている。もっとも彼女の場合は剣聖の下で修業を始めてから飛躍的にスキルが伸びたのだという。実際LV2からLV4までかかった期間は8年間である。
こうして見るとエリル自体も人間離れしているのだが。エリル曰く、「死にかけるとスキルは上がりやすい」のだそうだ。剣聖の下での修業が、どれほど過酷なものであったのか、容易に想像できる。
しかし俺とても、毎日毎日死ぬほどの修行をしてきたのだ。火に焼かれ、爆発に巻き込まれ、吹っ飛ばされ、真剣で切り刻まれてきたのだ。骨折など何度したかわからない。自分でも生きているのが不思議なくらいである。
「そりゃ私だって、何回も死にかけてます。だからスキルが上がるのが早いのかもしれません」
「そう?倒れたら直ぐにファルコが治療していたから、死ぬようなことはないと思ってたけど?」
いや、致命傷ですがな。完全に意識が飛んでたでしょうに。
俺がどれだけの怪我をし、治癒を重ねてきたのかを、噛んで含めるように説明して、ようやくエリルは納得してくれたのだった。
屋敷に着くと昼過ぎだった。俺たちが帰還したと聞いたファルコ師匠が、満面の笑みで屋敷から出てきた。そのあとから、エルザ夫人も姿を見せた。
「おーおーもう帰ってきたのか!ちゃんと魔物は狩れたんだろうな?ゴブリン1匹などと言いおったら、承知せんぞ?」
「リノス。ご苦労様でした。怪我はなさそうね?」
「はい、ご主人さま。大きな怪我を負うことなく帰還しました。師匠、ちゃんと魔物を狩ってきました」
「お嬢様に手伝ってもらったのではあるまいな?よし、では見せてみろ!」
「ファルコ、ここではなくて、庭の方がいいわね」
「そうですな。屋敷の前で魔物の死骸を出すわけにはいきませんな。よし、庭にいきましょう!」
そして、庭で狩った巨牛を取り出す。
「こっ、これはカースシャロレー!?」
「そうよ、私でさえ動きを止めるのが精いっぱいだったのに、リノスは一人で倒しちゃったのよ」
「カースシャロレーの動きを止めた?リノスは一人でそれを倒した?」
呆然とする師匠。後で聞いた話では、カースシャロレーを見たら全力で逃げろというのが一般的な常識なのだそうだ。討伐には王国軍が出動するレベルなのだそうで、これが群れをなして町を襲うと、強固な城壁を持たない町などは、あっという間に蹂躙されてしまう。それどころか、ひとつ対応を間違うと、軍隊ですらその勢いに飲まれてしまい、国が亡ぶほどの大災害になることもあるのだという。
「二人そろって化け物、失礼、凄まじい力ですな」
「化け物はリノスよ。私は全く歯が立たなかったのよ。まだまだ修行が足りないわ」
「それにしても、二人ともよく戻ってきました。ご苦労様でした。しかし、こんな大きな魔物、どうしましょうか?」
「叔母様、カースシャロレーの肉は絶品なのです。是非皆で食べましょう!」
エリルがとんでもないことを言い出す。エリルの剣でさえ弾いてしまう強力な皮を持っているのだ、解体ができるわけがない。
しかしそれは杞憂だった。カースシャロレーは肛門の周囲は皮が薄く、そこから皮を剥いでいき、あっという間に解体されてしまった。
メイド長兼コック長であるワラサさんと、その配下のメイドたちの手際の良さが職人レベルだったのを特筆しておく。そして、カースシャロレーの肉は、俺が前世の時代から見ても最も美味な味であったことを特に記しておく。肉も、内臓も、特級品の旨さであった。