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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十三章 不撓不屈編
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第千九十一話 防衛線②

ホロラド軍の攻撃は、日が昇ると同時に再開された。


懸念した敵側からの夜襲の類は一切なかった。守備兵の報告によれば、夜半に二の城壁に数名のラマロン兵がうろついていたということだが、攻撃などはなかったことから、おそらくそれは斥候の類で、こちら側の様子を確認したのだろうと、トリヤロスは考えていた。


実際、多くの犠牲を出しながら三の城壁の上に築いた防衛陣地は強固なものだった。鉄の盾が何重にも組み合わされて、相当の攻撃にも耐えられる作りとなっている。これは以前から兵士たちに訓練を施していたもので、その強度には相当の自信を持っていた。


兵士たちの士気は高かった。前日は大いに食べ、休息も十分だった。何より彼らを駆り立てたのは、三の城壁を占領したという事実と、あと一押しで二の城壁も抜くことができるという期待感だった。この日、縄梯子を上ったのは弓隊だった。彼らは梯子を上ると素早く防衛陣地に移動し、攻撃命令を待った。兵士の配置にはおよそ一時間を要したが、その間は敵からの攻撃は一切なかった。


二の城壁には誰もいなかった。幕僚たちをはじめ、大半の兵士は、昨日の戦いでラマロンは弓を使い果たしたのではないかとすら考えていた。


昨日は溢れんばかりにいた敵兵はその姿を消していた。弓隊による凄まじい弓撃戦を予想していたホロラド軍は拍子抜けした。


彼らの一部には、敵は二の城壁を放棄したのではないかと考える者もいたが、参謀総長であるトリヤロスは、これは敵の計略であるという考えを捨てなかった。もし仮に弓が尽きてしまったとしても、打つ対策は無限にある。敵にそう悟られないように欺瞞工作をせねばならないし、新たに弓を作るという手段も取らねばならない。自分であれば、攻撃に使われた弓を回収するくらいはするだろう。それが難しいのであれば、敵の弓隊に存分に攻撃をさせ、それを回収して攻撃に回すことも考えられる。だが、今のところ動きらしい動きを一切見せない敵軍は一体何を考えているのかが、わかりかねていた。


幕僚の一人が、梯子を作って二の城壁まで渡りましょうと提案してきた。大半の者はその作戦を言下に否定したが、彼は頑として節を曲げなかった。周囲には竹藪があり、それらを切り出して梯子を作る。それらをいくつも作ってつなげれば、兵士たちが渡るくらいの広さと強度を備えた橋が出来上がるはずだと主張した。トリヤロスはやってみるがいいと言ったが、腹の中では、愚策だと笑っていた。


そのとき、伝令兵が走り込んできた。二の城壁の上に、敵が現れたというのだ。


てっきり彼らは弓隊が現れたのかと思ったが、敵の人数は数十名であり、それは魔法使いであった。すぐさま彼は敵を討つように命令を下した。


漸く攻撃命令を受けた兵士たちは色めき立った。昨日の戦闘は誰もが鮮明に記憶していた。敵の雨のような弓での攻撃で、同胞たちが命を奪われ、また、傷つけられていた。ここで昨日の仇を討つのだ。兵士たちの心中にはそんな感情が漲っていた。


敵は魔法使い。しかも、数十名といった規模だ。兵士たちは勝利を確信していた。一斉射撃すれば、おそらく彼らは全滅するはずだった。それぞれが狙いを定めて、弓をゆっくりと引いた。


討て、の命令と共に、三の城壁から夥しい数の弓が放たれた。しかしそれは、敵の許には届かなかった。ある地点まで来ると、それまで勢いよく飛んでいた弓が、突然何かに当たったようにはじかれるのだ。


兵士たちは狼狽えながらも必死で弓を引いた。まさか、自分たちが放った弓が届かないなどと言うことは、信じられないことであったし、信じたくない現実であった。


「結界だ! 結界が張られている! ……昨日の夜にいたヤツらは、結界石を配置していたのか!」


誰かの声が聞こえた。結界石はアガルタの特産物であることは誰もが承知していた。それを今は属国たるラマロンが戦いに使用することは不思議ではない。そんなことを考えていたそのとき、敵側から赤い球が放たれて、こちらに向かってくるのが見えた。赤い球と思っていたものは、敵の魔法使いが放った、ファイヤーボールだった。


それは次々と着弾し、三の城壁の上は見る間に火の海に包まれた。兵士たちは狭い場所を逃げまどい、しかし、逃げ場所をなくして次から次へと城壁から落ちていった。前日に組まれた鉄盾を使って必死で防御する者もいたが、そうした者たちも迫りくる業火の中で命を落としていった。


その有様は、トリヤロスの陣からもよく見えた。


◆ ◆ ◆


「こうなっては、奥の手を使うしかあるまい」


二度目の攻撃中止命令を下した後、幕僚たちを集めたトリヤロスは、苦虫をかみつぶした表情を浮かべながら、まるで絞り出すように口を開いた。


彼の言う奥の手、とは、水源に毒を投げ込むというものだった。


ラマロンが、周辺にいくつもの井戸を掘り、そこから水を共有していることは知っていた。彼はそれらに毒を投げ入れて、エリオのラマロン軍に打撃を与えようとしていたのだった。


それは、リスクの高い作戦であることは、幕僚たちは承知していた。そんなことをすれば、ラマロン軍だけでなく、エリオに住まう市民たちの命を奪うことにもつながる。さらには、その水を引いている農地も甚大な影響を受けることになる。事が成った後の残務処理が実に面倒なものになる作戦であった。


だが、幕僚たちは誰一人、トリヤロスの作戦に異を唱える者はいなかった。彼らは、ここでトリヤロスに意見をして自分のキャリアに傷をつけたくないという思いと、このまま成果を残さずに王都に帰還したあとのことが恐ろしかった。これまで得ていた発言権を失うことになるし、何より、市民から得ていた羨望と尊敬の眼差しを失うことになる。今まで得ていた名誉、地位、状況を失うのは、何としてもイヤだった。彼らとしても、何がなんでもここで成果を上げねば、これから先の未来がないのは十分に認識していた。


幸か不幸か、山中にはトリカブトが自生していた。これらを使えば、エリオの町はたちまちに崩壊するはずであった。


ただし、敵はその作戦を想定して、十分な対策を施していた。彼らは水源地を石で囲って盤石な防御を施していた。しかもそれは、一つ二つではなく、ホロラド軍が調べた中でも数百に及んでいた。むろんその大半はダミーであり、その中から、実際にラマロンが、エリオの民衆が使う水源を探し出すことは困難と言えた。


しかし、トリヤロスには心当りがあった。ここから西の渓谷にある湧き水だ。その昔、水の手を断とうとこの場所で激しい戦闘があったのだ。それ以来、ラマロンは長い期間その地域に軍勢を派遣して警戒し、気づけばそこには石で封鎖されていた。トリヤロスはその水源がまだ使用されていると考えていた。


彼は部下に地図を持って来させると、その水源地に兵士を派遣するように命令を下した。兵の規模からしてラマロン兵が警備をしている可能性は低かったが、彼は五千の兵士をそこに派遣した。


彼らとしても時間がなかった。アーモンド率いるラマロン本軍がもう、すぐそこまでに迫っていた。その到着前に、何としてもエリオを陥落させてねばならなかった。


命令を受けた五千の兵士たちは、粛々と目標となる地点に向かって進軍を始めた。彼らとしても、勝手知ったる山の中だ。山中での行軍訓練も何度も行ってきた。彼らは易々と目標とする水源地に到着することができた。


だが、到着してみて驚いた。そこには水らしきものはなく、ただ、木と葉に覆われた風景が広がるばかりだった。


兵士たちは訝った。本当にここが水源地なのかと。だが、司令官であるラトブは苦笑いを浮かべたまま、ここが目的地で間違いないと言い切った。


「お前たちは知らぬだろうが、ここは昔、水辺だったのだ。そこを、ラマロンがこんな景色に変えちまったんだ」


「司令官殿、その水辺は、どこに行ったのでしょうか」


兵士の質問に、ラトプはため息をつくと、クイッと顎をしゃくった。


「お前たちの、足の下だ」

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― 新着の感想 ―
前半、弓ではなく、矢もしくは矢玉でしょうか? 弓矢ならともかく弓を使い果たすだと、弓本体を壊し尽くした感じになりますね
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