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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十二章 オリハルコン研究編
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第千七十三話 いざ、現場へ

ふと隣を見ると、シディーもメイの様子に気づいたのか、怪訝な表情を浮かべている。その視線に気づいたのか、メイが口を開く。


「あの……今日はここで就寝でしょうか」


就寝……? メイにしてはあまり聞きなれない言葉だなと思いながら口を開く。


「そう……だな。屋敷に帰れないこともないが、外にこの城の侍女たちが控えている。何かの拍子に部屋に入ってくる可能性もある。そのときに俺たちがいないとなると、城内が騒動になるだろう。できるだけ転移結界に関しては秘匿しておきたいからな」


それだけじゃない。俺が一番懸念するのは、あの大上王だ。ジイさんが突撃してくる可能性がある。そのときにメイがいなかったら、これまたエライことになるのは目に見えている。


「そう、ですよね……」


メイがさも困ったと言わんばかりの表情を浮かべている。俺もシディーも思わず顔を見合わせる。


「あの……こちらの枕が……」


「うん? 枕?」


「ここで寝るとなると、すべての部屋の枕を集めなければ……」


「あー」


メイの場合、独特のツノがあるために、専用の枕が必要になるのだ。確かにこの部屋に備えられている枕は二つあるが、どちらも少し低めだ。


「確かにそうだな。この枕だと、ちょっとメイに合わないな。すべての部屋の枕を集めなければいけないかな」


「そうなのです……。もし、お屋敷に帰らないのであれば、皆で一緒に……」


「枕だけ取りに帰ればいいんじゃない?」


シディーが鋭い突っ込みを入れる。メイは一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに顔を赤らめた。


「そ……そうですね。お屋敷に取りに戻りましょうか」


俺は無言で頷くと、メイを傍に呼び寄せて転移結界を発動させた。


シディーは何としても三人で寝るのはイヤだったらしい。別に何が、という明確な理由はないが、彼女の本能がそれを拒否しているのだという。別に俺は何もする気はなかったのだが、なぜかシディーは危機を感じたらしい。あまりしつこく聞くのも失礼なので、特にそれ以上は何も言わないでおいた。


結局俺たちは、別々の部屋で寝ることになった。特に大上王の襲撃もなく、侍女たちも部屋には入ってこなかった。一応、襲撃に備えてケンシン用の布は顔に巻いたままで寝た。寝苦しいかと思っていたが、意外にもすぐに眠りに落ちてしまった。その夜は至って平和で平穏なひとときを過ごすことができた。


翌日、朝食を済ませた俺たちは早速、ガルマシオンホンの採掘現場に向かった。ちなみに朝食は焼き立てのパンにサラダ、焼き魚、シチューのようなもの、スープ、ふわふわのスクランブルエッグというメニューで、結構ガッツリめなメニューで満腹になった。


俺たちを担当する侍女がバスケットにパンを入れて控えていて、折に触れてそれを皿に出してくれた。パンがなくなればすぐに皿に置かれてしまうのは参った。彼女らにしてみればサービスのつもりだろうが、ちょっと考えてみて欲しい。パンを掴んで口元に持っていくと、もう空いた皿にパンが置かれている。まるでわんこそばだ。さすがに結構ですよと言ってやめてもらったが。ただ、どういう仕掛けなのかはわからないが、結構時間が経っても、バスケットのパンは熱いままだった。機会があればその仕掛けを聞いてみようと思う。まあ、俺の場合結界を使えば問題ないのだけれどね。


採掘現場の案内には、昨日紹介されたデハラが担った。俺たちは彼の案内で馬車に乗り、そのまま三時間ほど揺られて、ようやくのことで現場に到着した。


とにかくお尻が痛かった。そんなに整備されていない道を走ったのだからそうなるよね。しかも、採掘現場は山の中にある。近づくにつれてますます道が悪くなり、最後の小一時間はずっと馬車の中で跳ねていた。特にシディーは体が小さい。あるときなどは放り出されそうになっていたので、俺の膝の上に抱いておいた。彼女は最初はイヤがったが、ほどなくして、俺にしがみつくようになった。


メイは驚きながらも痛いともしんどいとも言わなかった。むしろ彼女は現場に行くのが楽しみで仕方がないといった雰囲気を醸し出していた。そんな彼女に何か言うのも野暮なので、俺は特に言葉はかけずにそのままにおいた。


ようやく現場に着き、馬車から降りると、後ろから追いかけてきた馬車からサルファーテ女王が転がるようにして飛び出してきた。そのあとからリボーン大上王が降りてきたが、顔色が悪い。だから言わんこっちゃない。俺たちだけで行くと言っていたのに、無理を言って二人は付いてきたのだ。


女王は腰が痛い、肩が痛いとうるさい。本来なら大上王が雷を落とすところだが、彼自身も調子が悪いらしい。いつになく静かだ。見かねた俺は彼女にヒールの魔法をかけ、さらにメイが持っていた薬を手渡した。痛みはすぐに緩和されたようで、数分後には彼女は落ち着きを取り戻していた。


おばあさんだけを治癒しておじいさんをほったらかしにはできないので、大上王にも魔法をかけ、メイが薬を渡しておいた。彼は俺のときはやってもらって当然、といった感じでふんぞり返っていたが、メイが薬を渡すと、これは何だろうかと成分を尋ね、さらにはそれを押し頂くようにして飲んでいた。なんじゃ、この差は。


「こちらです」


デハラがそう言って俺たちを案内する。連れていかれたのは丘の上だった。目の前には数十メートルはあろうかという巨大な石山がそびえていた。


「……」


メイとシディーが黙って山を眺める。その二人に、デハラは落ち着いた口調で話しかける。


「お二人ともガルマシオンホンのことをご存じと聞いていますので、詳しい話は割愛しますが、これが数キロにわたって続いています。あの奥に山が見えます。その山が高密度のガルマシオンホンなのです。まさしくあれこそが、我が国の流通を妨げているのです」


二人の表情が引き締まっている。どうやってあれをアガルタに持って帰るのかを算段しているようにも見えるし、どのように実験で使うのかを考えているようにも見えた。


「あ……あれを、そっくり、我らに下されると、言うのかぇ?」


サルファーテ女王が口を開く。何だか嬉しそうだ。


「はい。国王様はそう仰っておいでです。どのようにしてお持ち帰りになるのかは、私も興味があるところですが、まずは、この山に関していえば、掘り進めれば掘り進むだけ岩盤が固くなります。今の我らの技術では、これ以上掘り進めることは不可能なのです」


「さ……左様か。ということは、それだけ密度の濃い鉱石がある、ということじゃな?」


女王は嬉しそうだ。一方で大上王はこのおばあさんを心から軽蔑しているような視線を向けている。


「デアルタは」


「五百です」


「五百、ですか……」


そんな感じでメイ、シディー二人とデハラの会話が始まる。そこにいつの間にか大上王も加わり、彼は頻りに頷いたり、ウム、ほほう、といった合いの手を入れたりしている。俺はこの会話の内容が全くわからなかった。彼女らが話している単位が、どう考えても前世の学生時代で学んだものではなかった。ただ、二人、いや、三人の表情を見る限り、それは期待外れというものではなくむしろ逆で、期待以上のものであるのが伝わってきていた。だが、俺がわかるのはそれだけで、中身についてはさっぱりだった。


会話は続いている。シディーなどは懐から紙を取り出してメモを取っている。この四人の世界が出来上がっていて、俺と女王は完全に蚊帳の外に置かれてしまった。だがそのとき、サルファーテ女王が口を開いた。


「どうやら、解決方法が見つかったようじゃ。よかったの」


「え? あの四人の会話がわかるのですか」


「むろんじゃ。ダテに長く生きてはおらぬからの」


「さ、さすがですね……。やはり、若い頃から学ばれたのですか」


「いいや。妾の勘じゃ」


……俺はゆっくりと彼女から目を逸らせた。

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