第百七話 仲直りとムチャ振り
本音を言えば、とても不安だった。
リコレットがサイリュースの二人を見たとき、彼女は素直に美しいと思った。金色の髪、真っ白い肌、そして大きな胸。それらを強調する衣装を身に付けているために、彼女らの魅力はより、強調されていた。この二人にリノスを取られるのであれば、仕方がないとも思った。こんなことは初めてだった。
実際、リノスは彼女らの姿を見て動揺していた。そして、興奮していた。
彼は隠し事ができない男だ。他の皇族や貴族たちには、見事な弁舌で煙に巻くことができるのに、ことリコレットに対しては、子供のように動揺を見せ、泣き言を並べることがあった。彼女は夫を尊敬しつつも、そんな子供っぽい部分も愛していた。
「遊び」のできない彼である。きっと彼は、どうしよう・・・と動揺を見せつつも、最終的には新しい妻として娶ることを自分に相談しに来るだろう。そうなれば自分は認めざるを得ない。事実、彼女らは美しい。冷静に見ても、彼女たちは聡明さが溢れており、きっとリノスの力になるだろう。反対する理由は見つからない。それに、リノスに新しい妻を娶れと言ったのは、他ならぬ自分なのだから。
リコレットは反射的に彼女らを娶るようリノスに勧めた。彼は動揺しながら最終的に申し訳なさそうに同意するだろう。そう考えていたのだが、彼は意外な行動を取った。
まさか自分を乱暴に抱きかかえ、ベッドの上に放り投げられ、獣のように襲ってくるとは思いもよらなかった。
こんなに乱暴にされたのは初めてだった。いつものリノスは、どんな時でも、自分に対してはとても優しかった。メイが羨ましがるほどに。
そんな彼の姿はどこにもなく、瞬く間に服を奪い取られた。しかも外はまだ明るい。そんな中で自分の姿を見られるのも、彼女にとって初めてのことだった。
恥ずかしさと恐怖で不安になっていたリコレットだったが、いざ彼は彼女を抱きしめると、打って変わって優しくなった。そのギャップのせいか、彼女はこれまでにない感覚で彼を受け入れた。そして、悟ったのだ。彼は、自分がいないとダメなのだと。
彼がなぜこんな行動に出たのかは分からない。しかし、一瞬でも体を離すことを嫌がるように自分に抱き着いてくる彼を見て、彼女はたまらない程の愛おしさを感じたのだ。そして、リコレットはリノスの分厚い胸の中で、何度も何度も愛を誓ったのだった。
・・・リコを存分に愛でた。思いは伝わったと思う。リコに一つ謝らねばならないことと言えば、体中にキスマークを付けてしまったことだ。でも、本当にリコが居なくなる予感がして、俺は正気を保てなかったのだ。そこのところは、勘弁してもらいたい。
「リコ、愛してる。ずっと傍に居てくれ」
「私も、愛してますわ。リノスの傍に、ずっといますわ」
「・・・家族になると、一番言わなきゃいけない言葉が、なかなか言えなくなるね」
「本当ですわね」
そんな会話を交わしつつ、俺は会議に参加するべく準備を始める。
結局、この日の会議も昨日と同じような状態になった。しかも間の悪いことにジュカ王国の王都が陥落したという報告も来ていた。
「わずか3000の兵数で王都を陥落させるとは・・・」
「これではっきりしたな。ラマロン皇国はジュカ王国を本気で併呑しようとしているのだ」
「と、なれば我々はこの侵攻を見逃すわけにはいくまいな」
「諸侯、それではこれからの会議は、ラマロン皇国をいかに撃破するかに焦点を絞って論じよ」
「陛下、恐れ入りますが、ここはひとつ、バーサーム名誉侯爵殿に伺いたいのですが」
いきなりこんなことを言い出したのは、北方軍の軍団長であるラファイエンスだ。
「何でしょう?」
「貴殿なら、どう攻められる?」
「俺の意見など・・・」
「いや、個人的に貴殿ならどのような策を取られるのかを聞きたいだけだ」
「そうですね・・・」
俺は腕組をして考える。敵は王都を陥落させて、ホッとしている状態だろう。狙うなら今だ。そうしないと、タダでさえ堅牢な王都がさらに堅牢になる。そうなると最早、打つ手が無くなる。しかし、大軍を率いてとなると・・・。
「私であれば・・・」
各軍団の軍団長たち顔が引き締まっていく。
「寡兵をもって王都を急襲します」
「ハッ!何を言い出すのかと思えば、寡兵をもって王都を急襲?バカバカしい!そんな子供だましの作戦、聞くに値せぬわ!」
南方軍の軍団長が腹を抱えて笑っている。
「いや、そうとも限るまい。大軍を動かせばそれだけ目につく。しかし、寡兵ならば森の中を抜けて行けばラマロンの目をごまかせる。バーサーム殿は結界師だ。途中で魔物に襲われる心配もあるまい」
ラファイエンスが雄弁に語る。
「・・・」
列席している軍団長は、一言も言葉を発しない。この部屋に一瞬の静寂が訪れる。
「フム。それでは、義弟どのに軍を率いてもらい、ジュカに侵入したラマロンどもを掃討するという案が最上ということかな?」
軍団長は誰も言葉を発しない。
「人払いじゃ。余と義弟どのの二人だけにせよ」
俺を除く全員が、蜘蛛の子を散らしたように部屋を後にしてしまった。
「すまぬの。これが帝国軍なのだ。嘆かわしいかぎりじゃ」
「ラファイエンスさまは何故俺にこんな話を振ったのでしょうね?」
「ラファイエンスは単に、リノス殿がどのような作戦を立てるのかに興味があっただけじゃ。まさか、我らの考えもせぬ作戦を立案するとは思いもよらなかったがの」
「でも、俺は軍を率いたことがないですよ?」
「クルムファルでの戦闘があるではないか。寡兵で大軍を破る。余もその話を聞いて血が沸き立ったわ」
ハハハハハと陛下は楽しそうに笑う。
「リノス殿。ジュカが墜ちるということは、帝国は横っ腹に敵を抱えることになる」
「存じております」
「しかも我らはジュカ王国について不案内じゃ。何せカルギ将軍が一歩たりと我が軍を領内に通してくれなかったからの。そこでリノス殿、誠に恐縮なのだが、王都にいる3000のラマロンを排除してもらえぬだろうか」
「そんな無茶な・・・」
「リノス殿には転移結界があるではないか。それを活用できれば、帝国との移動は楽にできるはずじゃ」
「つまり、俺にジュカまで行って転移結界を準備しろと?」
「そういうことだ。危なくなれば結界で帰ってこればよい」
「そんな簡単に行きますかね~」
「それを曲げて、頼む」
陛下が突然立ち上がって、俺に頭を下げた。他の諸侯を追い出したのは、このためだったのか・・・。
「へ、陛下、面をお上げください」
「頼む」
「わ、わかりました。わかりました。ジュカの王城に行き、転移結界を張ります」
「すまぬの。余も、世継ぎのアローズにできるだけ火種は残したくないのでな」
その後、部屋に呼び戻された軍団長たちに、先ほどの作戦が説明される。転移結界の話は隠したままだ。あくまで俺が寡兵を率いてジュカ王国に侵攻することが説明された。
さすがに、俺だけではいけないということで、南方軍の軍団長には帝都防衛隊が与えられて、総勢10万の軍勢でラマロン皇国の国境まで進軍し、牽制することになった。
「バーサーム殿、国境のラマロン兵たちは儂が蟻の子一匹たりと通さんから、安心して行かれるがよい!」
ガハハと笑う南方軍軍団長。それを俺は冷ややかな目で見つめていた。
「・・・まあ、またそんな危険な任務を」
屋敷に帰って報告すると、リコが嘆息を上げた。
「皇帝陛下に頭を下げられては、俺も断る術がなかったよ」
「道中はやはり・・・」
「ああ。夜になれば転移結界を張って屋敷に帰ってくる。夕食は食べるから用意しておいてくれ」
「畏まりました」
「あと、俺と共にジュカまで行くのは、ゴン、フェリス、ルアラ、そしてイリモで行く」
「わかったでありますー。久しぶりのジュカ王国でありますなー」
「そしてフェリス、お前は一足先に立て」
「どうしてですか?」
「俺は南方のルートは取らない」
「ではどちらの?」
「ジュカ山脈を越える。フェリス、お前はクルルカンの群れに、俺の通行を許可するよう打診してくれ」
「お安い御用です!」
慌ただしく、出発の準備が始まった。