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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十二章 オリハルコン研究編
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第千六十九話 睨み

声が出てこない。喋らねばならないことはわかっている。だが、呼吸をするのが精いっぱいで、声が出せないでいるのだ。


なぜ、こんなことになっているのかと言えば、メイとシディーのせいだ。二人は俺の顔のすぐ傍まで近づいてきていて、俺を睨みつけている。


あのメイちゃんが睨むなんて……、と鼻で笑っているヤツもいるかもしれない。一度、こちらに来て座ってごらんなさいよ。マジで怖いんだから。


いわゆるおヤクザさん的な怖さではない。メイの大きな目がカッと開かれ、さらに両目の目玉が真ん中で寄っている。彼女が強く興味を惹かれたときに、見せる顔だ。名剣を鑑定するときや、初めて見る薬品などを調べる場合に、よくこんな顔をする。それが目の前でやられると、心が止まるほどの衝撃を受けるのだ。


きっかけは、つい先ほど、ルチベイト王国のペテロから提案された話を二人に共有したのだ。忙しいところごめんなさいましよ、こういう国の、ペテロっていうケチな野郎が来ましてね、ガルマシオンホンの巨石があるって言うんでゲスよ。それを途中まで掘り進めたのはいいんだが、もういいやってんで、そっくりあっしらにくれてやろうってんで……。しっこしのねぇ野郎じゃありませんか。


……的な話をしたのだ。もちろん、そんな言い方はしていない。ちゃんと説明しましたよ。ただ、あまりにも真面目な話をすると、退屈じゃありませんか。


で、俺の説明が終わらないうちに、メイとシディーが見事な呼吸で、二人同時に、ガルマシオンホン? と声を上げた。アクセントまでも一緒だった。まあ、これは当たり前か。


その瞬間、二人が俺の顔の傍までぐいっと顔を近づけてきた。え? 何だよ、と思っていたそのとき、メイが両目を閉じたかと思うと、ゆっくりとそれが見開かれ、目玉がスッと真ん中に寄った。その隣では、シディーも両目を剥いて俺を睨んでいた。このシディーの表情も俺には記憶があった。


夜、二人で寝ていたときに寝返りを打ったが、そのとき、たたまた俺の左手がシディーの顔に当たってしまった。途端に彼女は起きてきて俺の上に馬乗りになり両手で俺の胸ぐらを掴んだ。そして、この表情で俺の顔のすぐ傍まで近づいてきて、小さな声で、今度やったらニザに帰るからね、と言ったのだ。


むろん謝った。ゴメンナサイ、寝返りを打ったら、たまたま当たっちゃいました、と。


彼女の場合は、殺し文句がかわいい、なので、頬を撫でながらやっぱりシディーはかわいいなと言っていると機嫌を直してくれたが、さすがにあの表情も迫力満点だった。


その二つのそれが、至近距離にあるのだ。俺がちょっとした過呼吸になるが、わかってもらえるだろうか。


「その、ガルマシオンホンはどの程度の大きさ?」


唐突にシディーが口を開く。俺は呼吸を整えながら、やっとの思いで口を開く。


「巨石、だと聞いて、いる。人の、背丈以上は、あるみたいだ。確か、高さが、五メートル、幅、十五メートルはあると、言っていたんじゃないかな……」


「それを、そのまま、くれる、と?」


「そう、聞いています」


「……最高じゃん」


やっとメイとシディーの顔が俺の傍から離れた。メイの表情もいつものそれに戻っている。


「ルチベイト王国の名前は知っています。ガルマシオンホンの産地として有名な国です」


メイが説明してくれる。目がキラキラと輝いてきている。嬉しそうだ。


「ガルマシオンホンはとても固く、加工が難しい鉱石です。そのため、各国では装飾品として用いられることが多く、ルチベイト王国の重要な資源となっています」


「確か、ウィリスがそのブローチを持っていたな。傷だらけだったのをメイが修復してやったんだよな」


「そうでした。懐かしいです」


「ただ、そうなると解せないのはルチベイト王国だ。それだけ国の重要な資源を、通行の邪魔になるからと言って俺たちにそっくり寄こす、というのはちょっと考えられないな。そのまま貫通するまで掘り進めればいいのに」


「おそらく、ですけれど、それは嘘でしょうね」


シディーが口を開く。腕を組みながら人差し指を顎に当てている。何かを推理しているスタイルだ。


「本音を言うと、アガルタにそれはやりたくはない。やりたくはないけれど、やらねばならない事情があるのでしょう」


「やっぱり、あの小娘が後ろで糸を引いていたか」


「ただ、やりたくはないけれど、それ以上に旨味のある取引が持ち掛けられたのだと思います」


「あの小娘、一体、何をしようとしているんだ?」


「ただ……」


「ただ、何だ?」


「そこに、何らかの疚しい感情などは感じないです」


「え? どういうこと?」


「ヴィエイユさんからの、単なるお礼だと思います」


「お礼? 何だそれ? 確か、研究施設で使う備品も無料で提供したいと言っていた気がするが、それって膨大な金額になるぞ。そんな礼をされる覚えはないんだけれどな」


「まあ、備品の無料提供は、おそらくリノス様が断ることは織り込み済みだと思います。万に一つ、それを受け入れられたら、クリミアーナにとって大きなチャンスになると考えてはいますが、可能性が低いことは百も承知しています。それよりも、リノス様にガルマシオンホンの提供を受け入れてもらえるようにするのが、一番の目的です。察するに、アガルタでのもてなしが、あのお方にとって相当に気に入るものだったようで、私たちが一番に望むものを贈ることで、また、機会があればアガルタに、私たちのお屋敷に遊びに行きますというメッセージがあるように感じました」


「ウチはホテルじゃないんだがな」


「気持ちはわかりますが、子供たちは喜びます」


「あの小娘に手なづけられないように気を付けねばな。いっそのこと、出禁にするか」


「それも難しいと思います。あのお方は、あらゆる策を掻い潜ってくるような気がしてなりません」


「……面倒なことになりそうだな。この話、断るか」


「いいえ、受ければいいと思います」


「シディー……」


「ガルマシオンホンの硬度は世界一です。実物を見なければ正確なことは言えませんが、巨大な鉱石が、しかも、中がくりぬかれた状態であるというのは、爆発物の実験をするうえで絶好のものです。その実験施設は、実家のニザに依頼していますが、完成するまでに、下手をすると一年近くかかるという返事があったばかりです。もちろん、早急に仕上げるように指示は出しておきましたが、すでにある程度の準備が整った状態のものを手に入れることができれば、私たちの研究の進捗が遥かに進みます。」


「う~ん」


俺は腕組みをしながら、ゆっくりと体を椅子の背もたれに預けた。そのとき、メイが申し訳なさそうに口を開いた。


「あの……」


「どうした、メイ?」


「いっ、いま、すぐに、その現物を、確認したいです……」


彼女の眼がキラキラと輝いていた。俺は素直に、その表情を美しいと思った。


◆ ◆ ◆


メイは今すぐ、と言ったが、調べてみるとルチベイト王国までは船を乗り継いで二週間程度もかかる場所にあった。俺はすぐに使者であるペテロに会い、アガルタの技術者が現地を視察したいと希望していると伝えた。ペテロは問題ございませんと言って大きく頷いた。彼にはすぐに帰国して準備をするように伝えると同時に、およそ二週間で到着するように取り計らうと伝えた。ペテロは目を丸くして驚き、その日のうちに帰国の途に就いた。


その夜、屋敷に帰ると、ちょっとした騒動になっていた。何とメイが、自分の荷物をまとめていた。聞けば、これから二週間かけてルチベイトまで行くのだという。


いや、その必要は、ないんだけれどな……。

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