第千六十八話 寄付
……ポーションというのは独特の味がする。一言で言えばマズイ。まあ、魔力を回復させることに主眼が置かれているので、味など二の次三の次であることは承知しているのだが、体が疲れてくると、そのマズさが倍増される。今日は何だかんだで十本近く飲んだので、すでに舌の感覚はなくなっている。
そう、薬品。薬品に近い味がする。そして、後味に高濃度茶カテキンの強めのものがくる。伝わるかな……。まあ、ニュアンスを取ってもらえればいい。一番強烈だったのは、ハチミツを入れたものだ。あまりにも不味いので、甘みを投入すれば少しは飲みやすくなるかなと思い、ハチミツを持って来させて入れてみた。結果はエライことになった。甘味は消え、何とも言えぬ臭みが鼻をつき、俺は二口も飲めずしてオエッと言ってそれを吐き出した。前世で子供の頃、苦い薬を飲むために、カル〇スを水で割ったもので飲んでみたが、おそろしく不味かった。そのトラウマを思い出してしまったのだ。
このポーションは何とかの葉を煮詰めて作るので、茶カテキンの味がするのは、そのせいかもしれない。特に健康に害はないと言われているが、あんまり多量に摂取すると、体によくない気がする。
そんなことを考えながら、俺は大地の上に大の字になって寝ころんでいる。空が赤く染まっている。いつもよりも空が高く感じる。それはそうだ。あのクレーターのある場所に、さらに二十メートル近く掘ったのだ。残土の処理と湧き上がる地下水の処理が大変だった。
残土は仕方がないとしても、地下水に関しては、お前の土魔法スキルでわかるじゃないかという人もいるだろうが、もちろん調査はした。その上で敢えて地下水脈まで掘り進めたのだ。
この水はいわゆる名水の部類に入る。この水を研究室に活用しようという考えなのだ。飲料水はもちろん、実験用にも使えるし、排水の水にも使える。一番注意しなければならないのがその排水処理だが、その点はまた後で拵えるとしよう。
地上ではメイとシディー、そして、ソレイユが俺の名前を呼んでいるが、声が小さい。ここまで届かないのだ。それはいいとして、三人ともこの穴に落ちると間違いなく大けがをする。結界は張られているが、さすがに二十メートル落下した衝撃には対応していない。三人には落ちないように下がりなさいと手で合図する。普通だったら、落ちたら確実に死んでしまう深さだ。
と、地上でキラリと何かが光った。その光はフワリと空を飛び、徐々にこちらに近づいてきた。よく見るとそれはソレイユだった。彼女は優し気な笑みを浮かべながら俺の前に降り立った。
「お疲れさまでした、リノス様。さ、戻りましょうか」
そう言って彼女は俺の体の上に覆いかぶさる。おい、何をやっているんだよと言うと、彼女は、もう少しこのままでいましょうと言って俺を抱きしめてきた。
ヤレヤレと思っていると、突然俺の体がゆっくりと浮かんだ。
「おお、浮いている……」
「空気の精霊たちに手伝っていただいています」
「なるほど、空を飛んでいたのは、そのせいか」
「はい。ただ、沢山の方は運べません。私とリノス様を運ぶのが限界です」
……確かに力はない。エレベーターのようにスッと上がってはいかない。ゆっくりゆっくりと上がっていく。天に召されるというのは、こんな感じなのかな、などと下らぬことを考える。俺に抱き着いているソレイユを見ると、なんだか嬉しそうだ。豊満な胸をグリグリと押しつけてくる。おお、なんか、いいな。もしかして彼女は、敢えてゆっくりと上昇しているのかもしれない。
そんなこんなで地上に到着すると、メイとシディーがお疲れさまでしたと言ってくれる。特にメイは嬉しそうだ。単に穴を掘っただけでなく、基礎的な工事も完了させたので、予定よりも進捗が進んでいる。俺の手を握りながら、ありがとうございますと何度も礼を言ってくれる。対してシディーは、明日以降の工事のことを考えている。設計図を持ち出して、先に東の方をやってもらおうかな、などと独り言を言っている。せめて一日休みをくれないかと言いたかったが、喜ぶ妻たちの顔を見ていると、どうしてもそれは言い出せなかった。
夜の帳が降りて、周囲が暗くなってきた。俺は屋敷に帰ろうかと妻たちを促して、転移結界を発動させた。
屋敷に戻ると、早速夕食だったが、舌がマヒしていて、せっかくのペーリスの料理を堪能することができなかった。その夜は風呂に入って、早々にベッドに入って寝た。
翌朝から再び工事に入る。この日はメイとシディーも下に降りてきて、俺に指示を与えていく。新しい施設は少し手こずったが、それでも、昼を過ぎたあたりにある程度は完成させることができた。
今回も、新しい施設を含めた、それぞれの場所で計器などを設置しなければならないが、それらはまだ、納品されていない。地下に施設を作るために、一旦は工事はストップし、機器を入れてから工事を再開することになった。ちなみに、この日の俺も昨日ほどではないが、ポーションを数本胃の中に流し込んだ。むろん、ハチミツなどで割るという愚策は取らなかった。
昨日舌がマヒしたと言っていた言葉を覚えてくれていたメイが、味覚を回復させる薬を拵えてくれた。薬と言っても、結構分厚い葉っぱ――アロエのような形――を二つに割って、その中にあるゼリー状のものを舌に乗せ、メイが用意した薬を含んで口中をゆすぐと、味覚が戻っていた。お陰で俺は、ペーリスの用意した食事に舌鼓を打つことができた。
その夜はメイが部屋にやって来て、俺を抱きしめながら何度も何度も礼を言ってくれた。正直言って疲れてはいたが、メイのあの顔で、潤んだ瞳で迫って来られると、俺はそれを拒否できなかった。その夜のメイはいつも以上に積極的だった。どんなものだったかは……想像にお任せする。
その翌日、俺の許に一人の男が使者として現れた。ルチベイトという初めて聞く国からの使者だった。男はペテロと名乗り、俺の前で深々と頭を下げた。
一体何事かと思っていると、彼は、新しく作っている研究施設の備品類の面倒を見させてくださいと言ってきた。だが、備品や機器類は発注済みなのだ。大半がドワーフ公国とアガルタ大学で製作されている。しかし、ペテロは納入する品物に関しては無料で提供したいと言ってきた。どう考えてもおかしな話だ。
「……なるほど。クリミアーナのヴィエイユの差し金かな」
「いっ、いえ……教皇聖下のご命令ではありません」
「教皇聖下、ね」
「くっ……」
ペテロは顔を赤くして俯いた。俺にはどうしても解せなかった。この提案にヴィエイユが関与していることは間違いない。だが彼女はコトを起こすならば徹底的に自分の関与を消すことなど朝飯前に出来る女性だ。にもかかわらず、こんなバレバレのことをするのだろうか。せめて、上手に嘘をつくことができるものを寄こすくらいのことをすればいいのに、どうしてこんな真面目を絵に描いたような男を寄こしたのだろうか。
「あっ……あの……」
「何でしょう」
「私どもの国では、巨石がございまして……」
「巨石?」
「はい。高さ五メートル少々、幅十五メートルほどの巨大な石がございます。ガルマシオンホンの石でございます」
「ガルマシオンホンって……確かとても固い……」
「左様です。我が国ではその石が通行を阻害しております。およそ二百年前からコツコツとそこに穴を開けるべく掘り進めておりますが、未だ貫通させることはできないでおります。僭越ながら、アガルタ王様であれば、その巨石を持ち上げる、もしくは移動させることができると伺っております。せめてその石だけでも、寄付させていただけないでしょうか」
石を寄付? ……何だそれ?




