第千六十七話 さらなる施設
このところ、メイの機嫌がいい。こんな雰囲気を体中から醸し出すのは、久しぶりだ。
別に、なにがどう、というわけではないが、ただ、彼女の雰囲気が明るくなった。振る舞い自体は普段と変わりないが、肌艶がよくなって、以前よりもキレイになった気がする。メイにも聞いてみたが、別に何も変わったことはありません、と言っていたが、明らかに以前の彼女とは違う。察するところ、細胞が活性化しているのだろう。
こういう話をすると、メイちゃん、他に好きな人でもできたんじゃないか、などと邪推するヤツもいるかもしれないが、ウチのメイに限ってそれはない。それは、彼女との長い付き合いの中で断言できる。別に芯から俺に惚れているからだ、などとキザなことを言うつもりはない。彼女は信頼を裏切ることが大嫌いなのだ。
話を元に戻す。
特に何も報告しては来ないが、きっと、メイの研究が上手く行っているのだろう。話によると彼女は大学に出勤するとすぐに図書室に直行して調べ物をし、学長室には戻らずに、そこで何やら書き物をしているらしい。そうして、屋敷に戻ってくると、いつもの通り子供たちと遊び、食事の手伝いをし、子供たちと一緒に眠るという生活を送っている。これが、研究などが煮詰まってくると、子供たちを寝かしつけた後、書庫に籠って調べ物をして、朝方に眠りにつくという生活になる。本人はケロリとしているが、それが連日となると、どうしても体調を心配してしまうことになる。
メイは基本的にショートスリーパーの部類に入る。いや、極端であると言っていい。三日三晩は寝なくても平気で、さすがに四日目になってくると眠りにはつくが、それでも、三時間の睡眠で回復してしまう。そこからまた、三日間は寝ずに仕事をすることが可能なのだ。さすがに今はそんな生活を送ることはない。それに、そんな生活をしてしまうと、そのリズムに付いてこられる人がいなくなってしまう。唯一、それができるのはあの、リボーン大上王くらいだが、あの人も年も年なので、そんな生活を続けると、すぐにあの世に行ってしまう可能性がある。まあ、息子のメインティア王は喜ぶのだろうが。
そんな彼女が夜、ぐっすりと寝て朝まで起きて来ないというのは、余程研究が上手く行っている証拠なのだ。シディーに聞くと、ある程度の仮説は立てられているので、あとは実践して仮説が正しいものかどうかを証明すればいいだけだという答えが返って来た。そう遠くない時期に、メイちゃんから報告があるので、楽しみに待っているといいです、と彼女は言っていた。
そのシディーは、オリハルコンを大量に作っている。木でできたバケツに、サイコロ状にしたオリハルコンが入れられている。先の爆発のこともあり、そんなところに入れておいて大丈夫かと心配してみたが、シディーは不思議そうな表情を浮かべながら、大丈夫に決まっているじゃないと言っていた。
そのオリハルコンの錬成は、この間俺も見に行ったが、見事の一言に尽きた。こぶし大程の大きさの、ドロドロとした茶色い塊を、シディーは大槌を片手で持ちながら叩いていく。一回叩くと向きを変え、また一回叩く。それを繰り返していくと、こぶし大程の大きさだったものがみるみる圧縮されていき、最後にはそれより一回り小さいサイコロ型になっていく。他のドワーフたちは、三人がかりで鉄を叩き、それを何度も繰り返しているが、彼女は一度だけ叩いて向きを変える。これはとんでもない技術力で、工房の責任者をしているポリスというドワーフが丁寧に説明してくれた。常に均一の力で――しかもその力は恐ろしく強い――叩き続けられる腕力と、正確に正方形を作ることができる技術力は、もはやドワーフ王すらも凌駕しているのだそうだ。
それに、オリハルコンを鉱物から抽出する技術も、シディーは飛びぬけているらしい。詳しく教えてもらったのだが、あいにく俺の理解できる範囲を大きく超えていた。要は、噛み砕いて言えば、同じ鉱石から抽出できる量が、普通のドワーフたちよりも彼女の方が数倍優れているということだ。
彼女らがこれから先、どんな研究を為すのか、なかなか想像がつかなかったのだが、それから数日後、二人はお願いがあると言って俺の前に立った。
二人の要請は、前回作ったあの施設をもう一度、再建して欲しいというものだった。それはすでに予想が付いていたので、俺はいいよと快諾した。一度作っているのでイメージがしやすく、以前のように魔法が枯渇するまではやる必要ないなと思っていると、今度はそこに、ソレイユも同席するのだという。
「ソレイユが? どうして?」
「ソレイユには気体を調べてもらいたいのです」
「気体……」
「オリハルコンをある条件下で水に浸すと電気を生み出すことは以前の研究で判明しました。今度はさらに、もう一つの条件下での実験です」
「もう一つの条件下……」
「つまりは、オリハルコンが生み出す電気……。それがある一定量を超えると、別の新しい気体を生み出す……これはリノス様が立てられた仮説ですが、それは引火すると爆発する性質を持つものであることは私たちも賛成です。今度は、どの条件下であれば、その気体が発生するのか、そして、どれほどの威力を持つものなのかを調べたいのです」
「それに、ソレイユの力が必要なのか」
「そうです。彼女は精霊を扱うことができます。その精霊を使って、生み出された気体がどのようなものかを調べることができます」
「俺の鑑定スキルじゃダメか」
「おそらく、無理かと思います」
「え? そうなの?」
「リノス様の、いや、鑑定スキルというのは、世の中に流布されている情報であれば答えを導きだせますが、新たなもの、新種のものについては答えを導きだせないと思います」
「え? 新種なの? 俺はてっきり、オリハルコンが水を水素と酸素に分けて、それが混ざり合って爆発したと思ったんだが、違うのか」
「ええ。これはあくまで私の直感ですが、違うと思います」
シディーは真面目な顔をしてそう言い切った。その隣で、メイも大きく頷いている。
「爆発の直前まで、私は計器を見ていましたが、特に水位が下がってはいませんでした。もし、ご主人様の言われる通りであれば、水位は下がっているはずですから……」
「……なるほど。コトはそんなに単純ではない、ということか」
「これまでオリハルコンという鉱物自体があまり世間に広まらず、研究もなされていませんでしたから……」
「まあ、魔法の効果を軽減するくらいしか聞いたことがないしね」
「私たちドワーフも、その程度の認識でしたから……」
シディーはそう言うと、スッと姿勢を正して、再び口を開いた。
「と、いうことで、今度作っていただく施設は、前のものよりも規模が大きいものになりますし、内部も少し複雑なものとなります」
「ああ、そうなのね……。じゃあ、あの場所では手狭だな。別の場所を探さないといけないな」
「いいえ。建設する場所はあそこで十分です」
「え? 規模が大きくなるんだろう? それに、すでに周囲の土を使ってしまっているから、あそこにさらに大きなものを建設しようとすると、さらに穴が深くなってしまうけれど」
「そうです。それでいいのです。いわゆる地下の施設が必要になりますから」
「あ、なるほど。地下で爆発の実験を行おうというんだな」
「その通りです」
「わかりました。また、頑張らせていただきます」
俺の言葉を聞いて、メイがそれでは、と設計図を机の上に広げた。それは、前回の施設の軽く倍は超える規模のものだった。俺は話を聞きながら、軽いめまいを覚えた……。