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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十二章 オリハルコン研究編
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第千六十三話 優先順位

「フン♪フフフン~♪」


ご機嫌な様子で自室を歩いているのは、リノスの妻の一人であるコンシディーだ。彼女は椅子に腰かけると、大事そうに目の前の鏡を覆っている布を外し、丁寧にそれを折りたたんだ。


引き出しから櫛を取り出して髪の毛を整える。いつもは髪をまとめている彼女が、それを下ろしている姿は珍しい。この姿が見られるのは、夫のリノスをはじめとする家族たちだけだ。


鏡に顔を近づける。髪の毛の光沢を確認する。相変わらずきれいな髪だと心の中で自画自賛する。


ドワーフ族は基本的に天然パーマで剛毛だ。従って、ハゲている者はほぼいないが、きちんと手入れをしなければ、男も女も大体が同じ髪形になってしまう。特にシディーは髪のクセが強く、子供の頃はまるで、爆発したかのような髪形をしていた。それは、娘のピアトリスにも受け継がれている。


シディーには自信があった。ドワーフ族多しと言えど、これだけの柔らかさと光沢のある髪の毛を持っているのは自分だけだ。これも、苦労して髪を柔らかくする薬品を作った甲斐があったというものだ。


そんなことを考えながら彼女は髪の毛をまとめていく。今日は自分が一番得意で、一番かわいいと自信のある髪形にしてみる。丁寧に三つ編みを作り、それをポニーテールにしてまとめる。うん、イケている。


鏡に映る自分を眺めながら、ちゃんと髪形が決まってかをチェックする。問題ない。彼女は満足そうに頷くと立ち上がり、部屋を出ていった。


「おはよう」


「おはようございますー」


ダイニングに降りていくと、ペーリスが笑顔で挨拶をしてくれる。皆も揃い始めている。朝食の時間だ。皆でワイワイと今日の予定を話し合いながら料理に舌鼓を打つ。昨夜、皆で決めた魔法協会の扱いについてちょこちょこ話題が出る。正直言って、自分やメイちゃんの命を狙った者たちがアガルタに来るのはあまり面白くはなかったが、メイちゃんが問題ないというのであれば、自分はそれを否定するつもりはない。本当にメイちゃんはメンタルが強いなと思いながら食事を進める。


途中、夫からソレイユにヴィエイユのことについていくつか指示が出されていた。正直言って、あの教皇には全く興味はないが、同じ女性として、どちらかと言えば嫌いな部類に入る。その女性が、自分の職場の目と鼻の先にいるというのは、これもあまりいい気分はしない。できれば早く帰ってくれないかなと思いながら、彼女はデザートの果実に手を伸ばす。


「ごちそうさまでした」


皆で声を揃えて朝食を終える。娘のピアトリスを伴って転移結界に乗り、ドワーフ工房に向かう。到着すると工房の技術責任者であるポリスが待っていた。すでに老境に達しているが、腕は確かだ。その彼が恭しく一礼して、おはようございますと言って頭を下げる。


「おはよーございます」


同じようにピアも頭を下げる。ポリスの顔がほころんでいる。彼はいつものように姫様参りましょうと言って彼女の手を取り、その場を去っていった。


「さてと」


部屋に入るとすぐに仕事モードになる。机には、現場から回収された黒い物体が数個並べられていた。あの施設を破壊した爆発の威力は途方もないものであることはわかっている。ただ、シディーには、夫が拵えたあの施設の壁、つまりは土魔法で作られたこの物体に興味があった。いったいこれはどれほどの硬度を誇っているのか。まずはそれを調べたいと考えていた。


彼女は手を叩く。若いドワーフが入室してきて控えた。彼女は机の黒い塊の一つを手に取ると、彼にそれを手渡した。


「リンショックたちに、この硬度と成分を調べて欲しいと伝えて」


男は畏まりましたと言って恭しく一礼して、部屋を出ていった。


だが、その結果は待てど暮らせど届かなかった。昼を過ぎても何も言ってこない。業を煮やしたシディーは、部屋を出てリンショックたちの工房に向かった。


部屋の前まで来ると、年寄りの叫び声にも似た声が聞こえた。何か事故でもあったのかと思いながら、彼女は扉を開けた。


「くるるるーぱぁーん」


「うわぁーやられたぁー」


「うーん、どーん」


「おおおおお~体が動きませんですじゃー」


「じゅわーしゅわー」


「おおー滑る滑る滑るぅ~」


目の前には、小さなピアトリスが台の上に上り、奇声を上げながら手を振り回している。その子供の前で、サンカク、リンショック、ナンブツの三人の老ドワーフがクルクルと回ったり、ロボットダンスのような振る舞いをしたり、転げまわったりしていた。


「……何やってんの?」


「あ、かあたーん」


シディーを見つけたピアは、うれしそうに彼女に抱き着く。可愛い娘だと思いながらシディーは三人のドワーフたちに視線を向ける。


「何をやっているとは何ということじゃ。見てわかるじゃろうが。姫様と遊んでおるのじゃ」


「遊んでいるって……。朝、お願いしたことは?」


「ああ~今からやるぞい」


「今から? ちょっとアンタたち、何にも仕事をしていなかったというわけ?」


「失礼な! 儂らは姫様のお相手をしておったのじゃ。立派な仕事をしておりますじゃ」


「ピアと遊んでくれているのは感謝するけれど、三人で遊ぶことないじゃない」


「いいや。姫様は、儂ら三人とでなければ満足なさらん。のう、姫様」


リンショックが気味の悪い笑みをピアに向けている。シディーは思わず舌打ちをした。


「とりあえず、私の命令した仕事を、やってもらえるかしら」


「ああ~今からやるぞい」


「ちょっと、なによその態度」


「いや、儂らはええんじゃが、姫様が退屈せぬかの。それが心配なだけじゃ」


……退屈などするわけがない。ピアは大きなあくびをしている。眠くなっているのだ。


シディーはピアを抱っこすると、再び三人に向き直った。


「これ、何度も言っていることだけれども、アンタたちの仕事は、ピアと遊ぶことじゃないの。与えられた仕事を全うしてちょうだい。一番優先順位の高い仕事は、私からの依頼よ。それができないというのであれば、ピアはこの工房に連れてくることはできないから」


「儂らは構わんが、姫様はどう思うかの」


リンショックが席に着きながら首を振る。いつもであれば、必死の形相でそれだけは止めてくれと言ってくるところだ。三人が三人ともに落ち着き払っているのが、少し不気味だった。


「どう思うって、どういうことよ」


「ここまで、ここまで姫様に尽くしてくれる、全力で遊んでくれる者は、世界広しとはいえ、儂らだけじゃ。その儂らに会えんとなれば、姫様は悲しむじゃろうな」


……悲しむわけはない。この子を楽しませる遊びは他にもある。このジジイたちは知らない。この子がイデアと共に大工のゲンさんの工房にも行っていることを。そこでも彼女は大人気で、職人たちに遊んでもらっていることを。


……これは、がまん比べだな。


シディーは心の中でそう呟くと、ピアを抱きながら毅然と胸を張った。


「わかったわ。じゃあ、しばらくの間、ピアをこの工房に来ることを禁じるわ。ピア、わかったね」


抱っこをしている娘を見ると、彼女はシディーの腕の中でスヤスヤと寝息を立てている。彼女は少し体を揺すって、まるでピアが頷いたように見せる。


「ほら、ピアも頷いているわ。いい子ね。じゃあ、この子はしばらく来ないから。もしかすると、もう二度と来ないかもしれないかもね」


「まっ、待って、くれ」


「何を待つのかしら」


「いっ、いや……その……」


「私の命令を忠実に実行してくれるのであればピアを連れてくるわ。それができないのであれば連れて来ない。だってあなたたちは、ピアの子守としてこの工房にいるわけじゃないから」


三人の老ドワーフたちが顔を真っ赤にして震えている。その様子を見ながら彼女は踵を返して部屋を出た。


「あっ、大姫様」


大姫って呼ぶんじゃねぇよと思わず声が出そうになるが、必死でこらえる。目の前には、ポリスが立っていた。


「あの……お客様がお見えです」


「お客様?」


戸惑った表情を浮かべるポリスの後ろから現れたのは、何とあの、ヴィエイユだった……。

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