第千六十話 本命
そのヴィエイユは、機嫌のよさそうな笑みを浮かべている。大体、彼女がこういう顔をするときは、ロクでもないことを考えている可能性が高い。
「……で、何をしに来た」
「まあ、何をしに来た、とはご挨拶ですこと。アガルタ王様にお会いしたくて、夜に日を継いでやって参りましたのに」
「ウソ言え。転移結界に乗ってやって来たんだろうが。そう言えば、連絡用の転移結界を残したままだったな。あれはすぐに撤去しておこう」
俺の言葉に、ヴィエイユはなぜか、嬉しそうな表情を浮かべる。
「まあ、そうなりますと、私はアフロディーテに帰ることができなくなります。もしかしてそれは、私にずっと側にいろとのご命令でしょうか」
「やかましいわ。口が裂けてもそんなことを言うものか。大体俺はお前が嫌いだ。速く要件を言え。俺は忙しいんだ」
「ホホホ、嫌いだ、忙しいと言いながらこうしてお時間をくださる、優しいアガルタ王様が、私は大好きでございますわ」
……リコがいないからいい気になっているな。コイツに会うのは立場上のことだ。仮にもヴィエイユは世界一のカルト教団の教皇なのだ。コヤツの命令一つで数千万人に及ぶ信者が、即座に暗殺者に変わるのだ。別にそうなったらそうなったで俺にも考えがあるが、そうならないに越したことはない。まあ、そこまで極端にならないまでも、この少女のような、でも実はそこそこ年を重ねた女性は強い影響力を持っている。対応を間違えば大やけどを負うことにもなりかねない。だから、会いたくなくとも会わなければならないのだ。
ただ、これ以上この茶番劇に付き合うこともあるまい。もう帰れと言おうとしたそのとき、彼女の雰囲気が一変した。
「本日は、相談があって参りました」
「……うん」
「魔法協会のことです」
「……」
じっと彼女に視線を向ける。相変わらず白い衣装だ。ワンピースのようにも見えるが、それそのものではない。ワンピースをちょっといい感じに設えた独特の衣装だ。不快は感じない。むしろ、新しさをオシャレさを感じさせるデザインだ。察するところ、信者の中には優秀なデザイナーがいるらしい。
そんな俺の視線に、彼女は少し怒ったような雰囲気を醸し出している。俺は早く言葉を続けろと顎を小さくしゃくる。
「魔法協会の今後については、どのようになさるおつもりですか」
「魔法協会の今後について、お前と何の関係がある」
「私の大好きなメイリアス様が襲われたのです。アガルタ王様もさぞお怒りであると愚考します。きっと、協会に関わる者を根絶やしになさろうとしているに違いない。私どももそのお手伝いができればと考えております」
……ここにも大上王がいたよ。どうしてそう過激なことを考えるのかね。
「悪いが、そこまでするつもりはない」
「左様ですか……」
「それにお前はメイのファンでも何でもないだろう」
「そんなことはございませんわ。私は誰よりもメイリアス様のことを好きでおりますわ」
「まあ、気持ちはありがたく受け取っておく。遠路はるばるご苦労だった。あ、転移結界に乗って来たんだっけな。すぐにでもアフロディーテに帰るといい。忙しいんだろう? お疲れ様」
「オホホ。最近は優秀な方々が側にいてくれますので、意外に私は暇なのです」
「そうか。では、ごめんくださいまし」
「お待ちください」
「何だよ」
「話はまだ終わっておりませんわ」
「だから、何なんだよ」
「私どもと共に、魔法協会を併呑しませんか」
「……」
一体何を言い出すのだと腹の中で呟く。一体この娘の狙いは何だろうかと思いを馳せてみる。そんな俺に彼女はさらに言葉を続ける。
「併呑、と申しましたが、要は魔法協会そのものを私どもの監視下に置くというものです。協会の人事権を奪い、運営権を奪います。協会は我々の判断を仰がねば重要な決定を行うことができなくするのです」
「読めたぞ。お前は協会に所属する魔法使いを囲い込もうとしているのだな。優秀な魔法使いが多くいるらしいからな。その魔法使いたちを使って技術開発を行う、というところか」
「さすがはアガルタ王様でございます。お話しが早くて助かりますわ」
「あいにく俺は、その話には興味がない」
「それでは、私どもが魔法協会を傘下に置きます。その点につきましてはご納得いただけますか?」
「それも、しない」
「まあ」
「アガルタはしばらく静観する。そして、お前たちの行動や行為の内容によっては介入することもあるかもしれない。いま、俺が言えるのはそこまでだ」
「左様でございますか……」
「しかし意外だな。割といろいろな技術開発をしているから、魔法などというものにはあまり興味がないと思っていたが……」
「そんなことはございません。魔法というのは万能です。ただ、習得するのに才能と時間が必要であるという点が難点ですが、その問題を解決させることができれば、我が国にとっても、ひいては世界にとっても有益なことが多いですわ」
「まあ、難しいだろうな」
「……」
「魔法レベルが上がれば上がるほど、魔力の消費が激しくなる。大抵の者は魔力総量が上げられないから、習得したとしてもそれを使うことが難しくなる。ポーションなどで一時的に総量を上げることはできるが、それでも上げられるのはわずかだ。それはお前も知っているだろう」
俺の言葉に、彼女はニコリと笑みを浮かべる。並の男ならこれで心を掴まれるだろうが、裏も表も知っている俺には通じないのだ。
「そうなると、お前がやりそうなことは、それなりに才能のある子供たちに英才教育を施して魔力総量を上げ、同時にレベルの高い魔法を習得させる。そうしておいて、魔法を自国のために使う。まあ、それなりの効果はあるだろうが、それは多くの才能ある魔法使いの多大な犠牲の上に成り立つものだ。数十年は維持できるだろうが、やがて崩壊するだろうな」
「どうすればよろしいですか」
「図星か。そんなことは知らん。俺には興味のないことだ」
「私は、アガルタ王様と将来の魔法の発展についてお話がしたいですわ。それができるのは、世界中でアガルタ王様と、僭越ながらこの私だけですわ」
「お前は魔法が使えないだろう。魔法使いの気持ちは理解できないだろう。理解できていると思っているだろうが、それは違う。むろん、俺も同じだ。確かに魔法を習得するために努力はしたが、他の圧倒的多数の魔法使いたちのような努力はしていない。彼らと話をする機会は多いが、レベルの高い魔法を使う者たちはそれこそ、筆舌に尽くしがたい努力をして習得している。その彼らの気持ちを理解しなければ、本当の意味での魔法の発展は難しいだろう」
そんなことを考えながら、俺の頭の中にはシディーの顔が浮かんでいた。彼女はドワーフ王の娘として高い鍛冶スキルを習得しているが、一方で魔法を三種類扱うことができる。その中でも結界スキルはLV3だ。幼い頃からコツコツと粘り強く努力してきて、そのスキルがある。他の魔法使いたちも同じようなものだろう。本気で魔法を発展させ、今の技術に魔法を取り入れてそれぞれを向上させるのであれば、彼女のような者が関わればいいんじゃないかと思う。今夜にも、シディーに相談してみようかと思っていると、不意にヴィエイユが口を開いた。
「左様でございますか……。それでは魔法に関しては難しそうですわ。むしろ我々は、オリハルコンの研究に注力した方が、未来があるかもわかりませんわね」
……なるほど、本命は、そっちか。
本日、いよいよコミック『結界師への転生⑨』が発売となりました。
今回も装一先生の手で、拙作の世界が見事に描かれております。
ぜひ、手に取ってご覧ください!