第百六話 爆弾娘の爆弾発言
ソファーに並んで座っている二人の表情は、フードを目深く被っているために窺い知ることは出来ない。しかし、口元から察するに、二人とも女性のようだ。
部屋には俺の他にリコにも同席してもらった。
二人のローブ姿の女性は、俺の姿を見た途端立ち上がり、胸に手を当ててお辞儀をしている。どこかの貴族だろうか?かなり教育されているように見える。
「バーサーム・ダーケ・リノスです。どうぞお掛けください」
二人は優雅にソファーに座る。
「昨日は我々をお救いいただきありがとうございました」
「昨日行き倒れになっていたのは、やはりあなたでしたか。」
「はい。一週間、ジュカ王国からこちらまで、ほぼ休みなく移動してきましたので・・・」
ジュカ王国から帝都まで、南のルートで移動してくると約二週間である。それを半分の時間で移動してきたのだ。かなりの強行軍であったと言っていい。
「途中、ラマロン皇国の軍に見つからないよう森の上を飛んで移動していました。そのために疲労困憊して意識を失ってしまいました。お恥ずかしい限りです」
「侯爵様のお助けがなければ、ソレイユ様は・・・。本当にありがとうございます」
「あなた様、これを・・・」
リコが一通の手紙を差し出してきた。きちんと封蝋が施されており、そこには印璽が押されている。彼女たちが持ってきたのだろう。見たところ、きちんとした貴族の公文書だ。
「拝見させていただきます」
俺は封を解き、手紙を読む。
「・・・何も書いてないな。もしかして、あぶり出しか何かですか?」
「・・・白。白のままですね」
「邪念もない。やはり、バーサーム侯爵様の下に来たのは、間違いじゃなかったわ」
二人の女は口元に笑みを湛えながら呟きあっている。
「一体どういうことです?」
「・・・失礼しました。我々はサイリュース。私は、ソレイユと申します。お手持ちの紙は、水の精霊が作りしもので、邪念のある方が持つと色が変わります。我々は邪念のある方との接触は行いません」
そうしてソレイユと名乗る女はフードを取り、ローブを脱いだ。
・・・恐ろしいほどの美少女だった。頭の上には小さな白いツノが生えており、背中には白い羽が生えていた。そして、ローブの下の衣装が・・・エロい。小柄だが巨乳であり、そのおっぱいを強調するような衣装なのだ。しかも、ミニスカートをはいている。おじさんのドストライクだ。こんなのがキャバクラに居たら、俺は毎日通うだろう。
「アステスです。以後お見知りおきくださいませ」
ソレイユの隣に座っている女が続いてフードを脱ぎ、ローブを脱ぐ。ソレイユよりは年長か。しかし、目鼻顔立ちが整った美女であることは間違いない。彼女も巨乳であり、エロい衣装を身に付けている。
「あ、あなた方は・・・」
思わず声が上ずってしまう。ヤバイ、ヤバいぞ俺、平静になるんだ。平静になるんだ・・・。隣のリコが睨んでいる。顔はこっちに向けてなくても、睨んでいるのが分かる。
「・・・もしかして、サキュバス?」
以前、クルムファルで見たサキュバスと特徴が酷似している。ただし、あの時は全身黒づくめだったのだが。
「否定はしません」
「ソレイユ様!我々は・・・」
「いいのです、アステス。我々サイリュースとサキュバスは、元々は同じ種族でした。我らの先祖は生命力が弱く、種族を存続させるためにあらゆる手段を講じておりました。そこで、男の精気を取り込むことで生命力を高める方法と、精霊を使役して己の肉体を活性化させ、生命力を高める方法が編み出されたのです」
「で、男の精気で命を長らえたのがサキュバスで、精霊を使役する方法を選んだのが、あなたたちサイリュースだと」
「仰る通りです」
「で、そのサイリュースの方々が何の御用です?」
「単刀直入に申し上げます。我々をお救いいただきたいのです」
「それはまた、藪から棒な話ですね」
「・・・厚かましいお願いであることは重々承知しております。これは我々の一方的なお願いになります。まずは、我々の話をお聞きいただけませんでしょうか?」
聞けば、サイリュースは当初、ラマロン皇国内の小さな集落で生活をしていたのだという。しかしここ数年、ラマロン皇国は不作が続いていた。そこで皇国は森林を切り開いて耕作地を広げようとした。その手法として導入されたのが、森を焼いて耕作地を確保するというものだった。
「ああ、勿体ないですね。ニザ公国のように木を伐採して木材として売れば、そのお金で食料が買えたでしょうに」
実際、ニザ公国は切り出した木材を安く売ることで、莫大な利益を得た。耕作地は広がる、木が売れると一石二鳥だったのだ。
「しかも、広大な森を焼いてしまいましたので、我々の集落にも火の手が及んでしまいました」
小規模な集落だったので、皇国の方もそこまで気を使わなかったのだろう。
「何とか火を逃れることは出来たのですが、住む場所を失ってしまいました。仕方なく、我々が使役する精霊と共に、ジュカ王国に逃れたのです」
ジュカ王国内は内戦状態であったという。基本的に森の中を移動しながら精霊たちに自分たちの身を守らせ、移動していくのはかなりの困難を極めたに違いない。
「ようやく王都にたどり着いたのですが、とても精霊たちが生きていける環境ではありませんでした。しかし、王都の北方にある森の中は、精霊たちの環境に何とか適していましたので、そこに村を移すことにしたのです」
大魔王が降臨したと言われるジュカに移転するのは、かなりの覚悟がいったことだろう。しかも慣れぬ土地で一から村を作り直すのも、相当の負担だっただろう。
「しかし、ジュカの森はなかなか作物が育たず、我々は苦心しています。聞けばバーサーム侯爵様は、不作の土地を豊富な作物が実る地に変える方法をご存じとか・・・。できましたら、その方法を我々にお教え願いたく、参りました次第です」
「方法と言っても、その土地を見ないことには何とも言えませんね。そうしたことは、私の妻が詳しいのですが、あいにくと今はニザ公国に付きっ切りになっていまして・・・」
サイリュースの二人はガックリと肩を落とす。
「それに一週間ほど前、突然ラマロン皇国がジュカ王国に侵攻したようです。下手をすれば帝国と戦いになる可能性もあります。今すぐというのはちょっと・・・」
「皇国軍など、帝国軍に蹂躙されればいいのに・・・」
アステスが吐き出すように呟く。
「アステス、おやめなさい」
「まあ、集落を焼けだされたのですから、お気持ちは分かりますが・・・」
「それだけでなく、皇国の部隊は、ジュカ王国内の領主や兵士、そして何の罪もない領民たちを徹底的に殺戮しています。我々の集落も、彼らに襲われたら、皆殺しにされるかもしれません」
「なぜそんなことを・・・」
「おそらく皇国の精鋭である、マトカル将軍が率いているのです。彼らの戦闘は非情です。敵には情け容赦しません。お陰で、森の中まで血の匂いが漂ってくるので、精霊たちが怯えています」
「う~ん、あの森は俺も知っているけれど、確かに作物が育つ環境じゃなかったな。生えているキノコ類は毒キノコが多かった」
「よくご存じなのですね」
「ええ、あの森では色んなものを食べました。食いしん坊のお守をしていたのでね」
「侯爵様、こんなことを申し上げるのは失礼ですが、精霊たちを見くびらない方がよいかと思います。彼らは水・風・火・土といった、自然を支配しています。この精霊たちが味方に付けば、国はもっと栄えます。我々サイリュースは、その精霊を従えています。我々を助けるのは、精霊を助けることと同じ。無理を承知でお願いいたします。我々に力をお貸しください。我々を守っていただけるのであれば、相応の報酬をお約束いたします」
「報酬・・・ですか?」
「ハイ・・・。もし守っていただけるのであれば・・・私の体を差し上げます」
「え?」
「ああん?」
思わずリコがドスの利いた声を漏らしてしまった。落ち着け、リコ。ソレイユは耳まで真っ赤にして俯いている。
「い・・・いきなりそう言われても・・・。ちょっと、考えさせてください」
突然の売り込みに俺も動揺してしまっている。取りあえずこの二人には帝都のホテルに宿を取り、そこで待ってもらうことにした。
「フェリス、ルアラ、お客様を帝都のホテルまで案内してくれ。俺の名前を出せば、満室でも大丈夫なはずだ」
「「了解しました」」
「あの二人のことは、リノスにお任せしますわ」
「リコ、そんなに怒らないでくれ」
「好きにすればいいのですわ。若そうですし、胸も大きいですし」
「いや、それは・・・」
「私はクルムファルの仕事がありますので、参りますね」
「待てリコ、待ってくれ。頼むから!」
足早に転移結界に向かおうとするリコの腕を掴む。
「きれいなお方ですわ。きっとリノスのことを・・・キャッ!」
俺はリコをお姫様抱っこして、離れに向かう。
「離してくださいませ!離して!」
「離さない!リコは絶対離さない!!」
俺は乱暴にリコをベッドの上に放り投げる。そして、荒々しくリコを抱きしめた。
「やっぱり、リコが一番いい」
「・・・ウソ」
「ウソじゃない。だって、リコの体にはシミ一つない、完璧な体だ。その可愛い顔とこの美しい体・・・リコが一番好きだ」
「・・・リノス」
俺は、夕方の会議の時間まで、リコを抱きしめまくった。