第千五十九話 大上王暗殺計画
聞けば何ともバカバカしい話だ。オリハルコンの研究が進めば魔法の将来がなくなるから、その研究に携わる者たちを殺そうと思った。同情の余地などはまるでない。
さて、どうするべきかと思案する俺に、マトカルは一言、放っておけばいいと言った。一体どういう意味かと聞いてみたが、彼女は遠からず魔法協会は自滅すると言って頷いた。
その話はすぐに具現化した。協会に対しての非難が止まず、魔法協会は機能不全に陥っていた。協会からは総帥を返してくれといった連絡もなくまた、今回の騒動を詫びる使者も寄こしてこなかった。何と無礼なという者もあったが、それすらできぬほどに協会には非難と苦情が殺到しているのだそうで、あらためてメイの人気ぶりがよくわかった。
そんな中、突然俺の許にメインティア王が訪ねてきた。いつものように飄々としているが、どこか疲れた様子を見せている。一体何事かと聞いてみたが、彼はここ数日ずっと大上王の罵声を浴び続けているのだという。
「帰ってくると私の部屋に直行してきて、三時間は居座るんだ。その間ずっと怒鳴り散らす。父上の言う通り、家来たちに抗議文を作成させて魔法協会に送りつけているのだけれど、それでは手ぬるいと言ってね。暗殺部隊を送れと言って聞かないんだ」
「暗殺部隊? 誰を殺すのです?」
「魔法協会に関わる全ての者さ」
「そんなの、一人、二人のレベルじゃすまないじゃないか」
「父は本気で魔法協会を根絶やしにしたいらしい。本当に困るよ、父のメイリアス殿に対する執着ぶりは」
思わずすまん、と言いそうになったが、別に俺が謝る問題ではない。そんなことを考えていると、メインティア王は少し声を潜めながら、俺に顔を近づけてきた。
「そこで、アガルタ王にお願いがあるんだ」
「お願い? 大上王を説得してくれって言うんじゃないだろうな」
「説得できるものなら説得して欲しいが、無理だろう?」
「無理だ」
「だろう。だから私は考えたんだ。この不快で不健全な状況を改善するためには、とるべき方法はひとつしかないと」
「何をしようと?」
「父を殺して欲しいんだ」
「はあ? お前何言ってんの?」
「別にアガルタ王が直接手を下す必要はないんだ。ちょっと父に見せてやるだけでいいんだ」
「見せる? 何を?」
「君とメイリアス王妃の閨さ」
「やだよ。なんでそんなものを見せなきゃならないんだ。冗談も休み休み言いなさいよ」
「これが確実に父を殺せる方法なんだ。何とか協力してくれたまえ。あ、私は見ないよ。君たち夫婦の閨には興味がないからね」
「ふざけんな。何でそれが大上王を殺せる方法なんだよ」
「知っての通り、父はメイリアス王妃に惚れている。惚れているというより、神のごとく崇め奉っている。きっと父の中では、メイリアス王妃は清廉潔白で汚いものなど一点もないと信じて疑わないことだろう。そこに、君との閨を見せる。メイリアス殿とて女性だ。きっと声もあげるだろうし、見たこともない表情も浮かべることだろう。これは、父にとって大きな衝撃を与える。清廉潔白を信じて疑わない女性が閨で艶めかしい動きをしているんだ。きっと、心はボロボロになるだろうね。命を奪えないまでも、立ち直れないくらいの痛打を与えることは確実だ。どうだろうね、お互いのために」
「アホですか? アホなの? 親子してどうしてそんなことが思いつくのかね。大体、アンタ、俺とメイのことを見たことがないだろう。艶めかしいだの声がだの、一体何を根拠にそんなことを言うのだ。あんまりふざけたことを言うと、タダぁおかねぇぞ」
「わかるさ。これでも私は何百人という女性の相手をしてきたからね。大体の女性のことは、見ただけでわかる。察するところ、メイリアス王妃は自分で動くのが好きなんじゃないかな」
思わずメイとの夜を想像してしまう。まあ、そう言われてみると……いや、そんなことはない。
「ほらぁ、図星だろう? 父はそんな様子は全く想像すらしていない。チャンスだ」
「何がチャンスなものか。絶対イヤだ。そんなにまでして実の父親が憎いのか?」
「憎い、憎くないの問題ではない。あれは生かしておいては、周囲に大いなる迷惑を巻き起こす。今ここで大人しくさせておかねば、将来の禍根となる」
「要は、大上王のお蔭で自分が女性との時間を取れないから、そんなことを言っているんだろう。いいじゃないか別に。それはそれで緊張感があっていいと思いますよ。ファンキーなお父様じゃないの」
……明らかにメインティア王は怒っていた。お前だけは俺の心をわかってくれると思っていたのに、と考えていることが手にとるようにわかる。これはこれで面白い状況ではあるが、ヤツは大上王の息子なのだ。その遺伝子を継いでいるのだ。あまりナメすぎるとえらいことになるのはわかるので、俺は静かに口を開いた。
「まあ、気持ちはわからなくはない。ただ、俺とメイの夜を見せることはできないが、大上王の動きを止めることは、できなくはない」
「……ほう、詳しく聞こうか」
「しばらくの間、アガルタ大学で寝泊まりしてもらう。部屋は、メイの使っている部屋だ。そこにはベッドもあって、それなりに生活できる環境が整っている。ウチのメイは今、爆発の原因を調べることに集中している。アガルタ大学の学長の仕事に携われない状況となりつつある。そこを、大上王に担ってもらうのだ。ウチのメイから、丁寧にお願いしてもらおうじゃないか」
「なるほど、読めたぞ。おそらく、だが、その部屋にはメイリアス殿が集めた書籍があるのだろう。それを、読み放題にするという条件を付けるのだな」
「ご明察」
「いいだろう。父の使うベッドは、こちらで用意しようじゃないか。おそらく父はメイリアス殿のベッドは使うまい。いや、使えないだろう。そのベッドの隣に父のものを置こうじゃないか。ヤツは隣のメイリアス殿のベッドの匂いを嗅ぎながら、大好きな本を読みながら時を過ごすのだ。我がアリスン城に戻ってくる暇など、なくなる。匂いなどあるわけはないが、ヤツは想像を掻き立てながら己を満足させる日々を送るのだ。これは、うまいぞ」
「おい、アイツにヤツって言うな。悪い顔になっているぞ」
「悪い顔はお互い様だろう。うむ。今の話、よろしく頼む。このお礼はたっぷりとしようじゃないか」
「別に女性はいらないぞ」
「そんな無粋なことをするものか。君の娘であるピアトリス殿が愚息・オンサールに嫁ぐ際には、アリスン城内に豪華な屋敷を建てようじゃないか。そうだな……侍女も好きなだけ連れてくるといい。父は国家機密が漏れるとか何とかやかましいことを言うだろうが、それはこちらが何とかしようじゃないか」
「いや、その頃には大上王は生きていないだろう? それにそれはまた、別の話だ。俺は結婚を認めたわけではない」
「固いねぇ、君は。変なところが固い。それに父は生きているさ。おそらく二十年後でも問題なく生きていることだろう。私としては愚息への嫁入りは今すぐでもいいと思っているけれど……。おっと、これ以上話をすると、君の機嫌を損ねてしまいそうだ。まあ、礼に関してはまた、考えておくよ」
そう言ってメインティア王は大満足の表情を浮かべながらフラディメに帰っていった。俺はドッと疲れを感じたが、そのすぐ後に、彼と入れ替わるようにして一人の女性がやって来た。
それは、クリミアーナ教国教皇の、ヴィエイユだった。何だよ、このタイミングで。もう、マジで嫌な予感しかしない……。
いよいよ6/24(火)、コミック『結界師への転生⑨』が発売になります。ぜひお手に取ってご覧いただければと思います。また、その日はコミック最新話の更新予定日。いよいよシディーが登場! なかなかかわいらしく描かれていて、原作者としては大満足の出来栄えです。ぜひこちらもチェックいただければと思います!