第千五十七話 メイちゃんファン
あれから一夜明けたが、メイとシディーは取り敢えず休ませることにした。二人は命を奪われそうになっていたことを聞いて一様に驚きを隠さず、とりわけメイの落ち込み様は酷かった。彼女は、良かれと思って行っていた研究が、人の恨みを買うことに繋がっていたのではないかと考えてしまっていた。一方のシディーは、なんで私が襲われなきゃならないんだと怒りを露わにしていた。
二人のフォローはリコたちに頼んだが、彼女たちも怒りを隠さなかった。言ってみれば言いがかりに近い振る舞いであり、こんなことは到底許されるべきではないと言って怒っていた。そんな中、マトカルだけは冷静で、犯人たちに事情を聴かねばならないと言って、淡々としていた。
一番心配なのはメイで、彼女は一旦落ち込むと回復するまでに時間がかかる。自分を責めてしまいがちになるので、できるだけそうならないように努めねばならないと思っていたところ、シディーが上手に意識を別の方向に向けてくれたおかげで、彼女は思った程には落ち込まずに済んでいる。
シディーはどうしてあの施設が爆発をしたのか、その原因を明らかにしたいとメイに提案したのだ。
シディー曰く、あの施設が爆発して崩壊するなどと言うことは、考えられないことだと言う。確かに、電気を生み出す装置、施設が、いくら雷の直撃を受けたからと言って、俺が土魔法で錬成した施設を粉々にするほどの爆発を生み出すなどと言うことは、俺の少ない知識から考えても、ちょっと想像できないことだった。一瞬、実験を繰り返す中で、施設の中に水素が溜まっていて、それが爆発をしたのではないかと根拠のない考えを述べてみたが、意外にシディーはそれもあるかもしれないと言って頷いた。ともあれ、現場を見なければわかるものもわからないとのことで、俺は夜が明ける前に爆発現場に赴いて結界を張り、外から中が見えないようにして現場保存を行った。
二人が襲われたらしいという事実は、翌朝にはアガルタの都中に広まっていた。一体誰がと思ったが、まあ、各国、とりわけヴィエイユのところから多くの間者が入り込んでいるので、そいつらの仕業である可能性が高い。そうした噂を広めることで都を混乱させ、ワンチャン、アガルタに混乱を引き起こそうと考えているに違いない。まあ、二人は無事であるので、その点はすぐに発表して皆を落ち着かせるように指示を出した。
そうしておいて俺はその足でアガルタ大学に向かった。メイが襲われたと聞いて、おそらくあの大上王が大いに動揺するに違いないと踏んで、あの爺さんだけは早めに落ち着かせた方がよいと考えたからだ。だが、俺の想像に反して、ジイさんはすでに悪魔と化していた。彼は俺に会うなり大声で怒りをぶちまけた。
「メイリアス殿が襲われたというのは誠か! ……何と、誠であったのか。犯人は? まだわからぬ? 捕らえたのか? 捕らえたのであれば、なぜ吐かせぬのだ! 取り調べを行ってから? 手ぬるい! 手ぬるい! そのようなことで国が守れるか! よろしいか。貴殿の奥方が襲われ、命が奪われようとしたのだぞ。それだけではない。襲われたのはメイリアス殿なのだ。あのお方を襲うということは、知性に対する挑戦である。知性に対する挑戦とは、この世界中を、いや、歴史をも冒とくしたことになるのだ! おわかりかな? いや、そなたならば、わかるはずだ。その者たちが行ったことが、どれほどのものであるのかを! ここは手を緩めてはなりませんぞ。その者たちの所在を明らかにし、その者たちが所属する組織を根絶やしにせねばならぬ。どこかの国が後ろ盾についているのであれば、その国も一草一木に至るまで根絶やしにせねばならぬ! ……魔法協会? 魔法協会がそのようなことをしでかしたのか! いや、魔法協会が動いたとあらば、それなりの大国が後ろに糸を引いているに違いない。これは、大戦争になりますぞ! いや、心配には及ばぬ。我がフラディメ王国は全面的にアガルタを支援しますぞ。戦闘になれば我が軍が喜んで先陣を勤めましょう。なぁに心配はいらぬ。我が軍一つで、血祭りにあげてくれるわっ!」
……想像できるだろうか。メチャクチャ恐ろしい形相で、大声で、一気にまくしたてられるのだ。俺も確かに、犯人や魔法協会に対してムカついてはいたし、何だったら、乗り込んで全部ぶっ壊してやろうかとも思ったのだが、このジイさんの剣幕で毒気が抜かれてしまった。いや、別に大戦争をするつもりはないのだ。俺にはないのだが、このオヤジはマジでそれを考えている。一草一木って……。民族浄化でもするつもりらしい。
そんなことを考えていると、このジイさんは、俺の怒りを完全に折るようなことを話し始めた。
「魔法協会の背後で糸を引いている国を、犯人どもから聞き出すのは難しかろう。拷問なので吐けばよろしいが、吐かぬ可能性が高かろう。そういう場合はな、よい方法がありますのじゃ。その犯人どもの家族を呼び寄せるのじゃ。数は多ければ多いほどよい。妻、子供、両親、祖父母……。そうした者たちを集めておいて、その者の前で一人一人首を刎ねるのじゃ。まずは祖父母、叔父叔母から。その次は両親、妻、最後に子供の首を刎ねる。なぁに、大抵の者たちは、妻の首を刎ねるところで心が折れる。どれほど訓練を積んだものも、両親、妻の首が刎ねられ、泣き叫ぶ子供たちを見れば、その首が飛ぶ前に心が折れるものだ。一度、やってみなされ」
……どこをどういう思考回路を通ったらそんな考えが浮かぶのだ。昨日の晩は何を食ったのだ? 何を食べたらそんな考えが思い浮かぶのだと俺は思わず呆れてしまった。と同時に、このジイさんをメイの傍に近づけるのは危険だと思った。しばらくメイを休ませることを口実に、このジイさんから引き離してしまおうかと考えていたそのとき、傍に控えていたセルロイトがゆっくりと口を開いた。
「できましたら、学長には、一日も早い復帰を願います」
はあ? 何言ってんの? と心の中で呟く。きっと表情にも出てしまったのだろう。彼女は俺の眼を見ながらさらに言葉を続けた。
「大上王さまのような思いをお持ちの方は世界中にいらっしゃいます。中には、それ以上のお考えをお持ちの方も多くいらっしゃることと思われます。そうした方々を止められるのは、学長以外におりません」
セルロイトの隣で、大上王はいまにも飛びかからんかのような顔つきで俺を睨みつけている。俺がいくら言葉を尽くそうと、このジイさんを説得することはできないだろう。況や、あの息子を置いてをや。
確かに、メイが心配ありません、そのお心づかいはとても嬉しいです、とあの笑顔で言えば、このジイさんも矛を収めることだろう。うん、まあ、メイリアス殿がそう言われるのなら、とオドオドしながら俯く姿が目に浮かぶ。ふと、セルロイトに視線を向けると、彼女からは何とも言えぬ雰囲気が醸し出されている。私の言うことを聞かないと、本当に大変なことになるぞと言っているように見える。俺は、近いうちにメイに出勤するように言っておくと言って、その場を後にした。まさか、あの大上王以上の考えを持っている者もいるのはちょっと想像できないが、セルロイトの言葉からは、本当に行動に起こす可能性が極めて高いと思わせた。ということは、テロにつながるということだ。世界中でテロが起こるとなると、これはもう、世界を巻き込んでの大騒動になる。それは、止めねばならない。
「怖ぇな、メイちゃんファン」
俺は大学の廊下を歩きながら、思わずそんな言葉を呟いた。