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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十二章 オリハルコン研究編
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第千五十四話 魔法の行く末

「この建物を破壊する」


アーヤ・カマンは、誰に言うともなく呟く。その声に、目の前で議論をしていた若者たちが一様に驚いた表情を浮かべる。


彼らは一瞬、総帥は気が狂れたのではないかと思った。目の前の建物はいかにも堅牢そうに見えた。それを破壊するとなると、相当な人数が必要であるように思えた。まさか、このまま都に帰り、人を集めて破壊するというのか。そんなことをすればたちまち、アガルタ軍に見つかって捕らえられるのがオチだ。だが、総帥の眼には恐ろしい光が宿っている。


「この建物は、破壊しなければならない。我ら魔法使いの、未来のために」


彼はまるで自分に言い聞かせるように、はっきりとした言葉で口を開いた。


「この施設は、間違いなく、オリハルコンを製造する施設なのだろう。そして、そのオリハルコンを使って、様々な研究を行っていることだろうし、アガルタはその研究を続け、発展させていくことだろう。儂が懸念するのは、それを使って雷撃を生み出すということだ。つまり、オリハルコンを使えば、誰でも雷撃を生み出すことが、遠からずできるようになるということだ」


「おっ、お言葉ながら総帥、それは、あらゆる国が研究を重ねましたが、結果的に不可能であるということが、通説となっております」


「存じている。だがそれを、アガルタは可能にしようとしているのだ。おそらく、この国はそれを可能とするだろう。だからこそ、この施設を破壊せねばならないのだ」


若者の中には、不思議そうな表情を浮かべている者もいた。彼は忸怩たる思いを抑えながら、まるで噛んで含めるようにして言葉を続ける。


「わからんのか。雷撃魔法は、高ランクの魔法使いでなければ扱えぬものであることくらいは、そなたらも知っていよう。水、火の二種類の魔法を扱えねば生み出すことのできぬ魔法だ。それが誰でも使えるようになるということは、我々魔法使いの存在意義がなくなるということだ。考えてもみよ。火と水と土は魔法を使わずとも生み出すことができる。人間が生み出せぬものは雷と結界なのだ。我々魔法使いの存在意義は、その二つか扱えることなのだ」


若者たちは相変わらず不思議像な表情を浮かべている。


「おっ、お言葉ですが総帥。火魔法も土魔法も、レベルを上げれば人には生み出せぬ効果を出現させることできます。火魔法ですと、大火力を、土魔法ですと、錬成や、それこそ、土そのものを生み出すことができます。水魔法も然り。レベルを上げると、水の流れを地涌自在に操ることができます。それは、普通の人間にはできぬことです」


「そうしたことは、時が経てば、人間ができるようになるのだ」


「お、仰る意味が、わかりかねます」


「儂が若かりし頃は、人間たちが扱える火は、火魔法で言えばLV2程度が精いっぱいであった。だが、今はLV4程度の火力を扱えるようになってきている。確かにそれは、アガルタなど限られた国たちではあるが、では、我ら魔法使いにLV4の魔法を扱える者は果たして何人いるだろうか。況やLV5の火魔法をや。人間という生き物は、物事を長い年月をかけて発展させていくものだ。すでに扱うことのできる火、水、土魔法はいずれ、いや、早ければそなたたちが老年に達する時期に、人間たちは扱えるようになり、魔法使いの存在意味がなくなることだろう」


総帥の言葉に、若者たちの顔がみるみる青ざめていく。


「これはいずれ、魔法協会を通じて伝えねばならぬと思っていたことだが、我ら魔法使いが魔法使いとして生きていくためには、雷撃魔法と結界魔法のどちらかを極めておくことが必須となる時代がすぐそこまで来ている。いや、結界魔法は、人間たちが生み出す防具が発展していけばいずれ、意味をなさなくなるかもしれぬ。ただ、この魔法に関しては、大いなる可能性が秘められている。極めれば転移なども可能になると言われている。ある意味で、我ら魔法使いが真に必要とされるには、この結界魔法を極めることが、活路を見出すことにつながるのやもしれぬ」


「け……結界魔法」


若者の一人が誰に言うともなく呟く。それは魔法使いの中で最も不人気とされる魔法だったからだ。むろんこの彼も、魔法を学ぶ際に真っ先に選択肢から外した魔法であった。結界魔法は習得が難しい。適性がなければ、LV1の魔法を扱うまでに数年が必要とされている。さらに、魔力の消費は膨大であるために、魔力総量も同時に上げていく必要がある。たとえ結界魔法をある程度扱えるようになったとしても、仕事言えばただ結界を張り続けるだけであり、確かに、戦場など人の身を守るという点では重宝される魔法ではあるが、何と言ってもコスパの悪い魔法であった。リノスの師匠・ファルコの言葉を借りれば、地味さで言えばナンバーワンであり、さらに、危険度も他の魔法に比べれば段違いに高い魔法と言えた。それだけの労苦を伴いながらも、ひたすら陰に徹する目立たぬ魔法であるために、それを極めようとする者は沙汰の限りであると言えた。


総帥の言う通り、その魔法を極めれば、転移などの効果を生み出すことができると言われている。ただそれはあくまで伝承として伝え聞いているもので、果たしてそれが本当にできるのかと言われれば、彼らの中では懐疑的であった。確かに、この国の王であるアガルタ王は結界魔法を駆使していて、転移なども使えるのではないかと言われているが、それはあくまで噂の域を出ず、彼らの中でその魔法を実際に見た者は一人もいなかった。


アーヤ・カマンは、狼狽える魔法使いたちに向かってさらに言葉を続ける。


「この施設を破壊したとしても、アガルタはまたすぐに施設を再建させることだろう。しかしながら、施設を再建したとしても、研究を再開させるのには時間がかかるはずだ。我らはその研究を再開させる時期を遅らせるだけ遅らせるのだ。ありとあらゆる手を使って。その間に我らは、魔法使いたちは、魔法自体の研究を真剣に行わねばならない。自身の魔法のスキルやレベルを上げるという、これまでの風潮から脱し、真に魔法というものを学問としてとらえ、発展させていくことをやらねばならぬ」


アーヤ・カマンは、熱に浮かされたように一気にしゃべると、ヨロヨロと立ち上がって、目の前にそびえ立つ黒い建物に視線を向けた。若者たちは、総帥が本気でそれを為そうとしていることは十分に感じ取っていた。ただ、彼らはこの巨大な建物をどうやってこの老人が破壊するのかを固唾を飲んで見守っていた。


「ここから離れるのだ」


総帥はそう言って坂を上り始めた。急峻な部分に来ると老いのためか足が止まる。足元は整備されていないために土が柔らかい。坂を上っていると、ズルズルと道が崩れ、急な場所は若者の足でも進むことが難しかった。


「お待ちください」


土魔法が扱える男がそう言って片膝をついて両手を地面につける。ブツブツと詠唱をする声が聞こえる。少しずつ目の前の土が坂の上に向かって固まっていく。だが、それは坂の中腹辺りまで来るとピタリと止まり、同時に、魔力を放出していた若者はがっくりと項垂れた。


「十分だ」


別の男が側で膝をついて、懐からポーションを取り出して渡す。若者はそれを受け取ると一気に飲み干した。


「ふぅ……」


立ち上がると天を仰ぎながら大きく息を吐き出す。彼は後ろに控えている総帥に視線を向けると、さあ参りましょうと言って歩き出した。


確かに急峻な部分は土が強く固められていたが、歩を進めるにつれてそれは徐々に甘くなり、最後は再び柔らかい土に戻っていった。アーヤ・カマンは歩を進めながら、やはりこの施設は何としてでも破壊せねばならないと決意を固めるのだった。


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おまわりさんこっちです(ガチ)
ただのテロリストと化してる
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