第百四話 ポセイドン王宮殿への訪問
ヒーデータ帝国の屋敷のダイニング。俺とリコの前にはルアラが座っている。
彼女はこの屋敷に来て約三年が経つ。ポセイドンの217番目の娘であり、言わば海の王のお姫様だ。しかも、海神に仕える巫女でもあった。それが家出してそのまま屋敷に居ついてしまっている。
俺もいつかはポセイドンに返そうと考えていたが、日頃の忙しさにかまけてしまっていたのと、ルアラの戦闘力が高く、ついついいろいろな場面で頼ってしまっていたため、先延ばしになっていたのだ。
しかし俺とても、ルアラを単なる助手として使っていたわけではない。これでも合間合間に神にささげる歌(演歌)の練習をしていたのだ。お蔭で今は、節回しと言い、コブシ使いと言い、かなり上手になった。もう、ポセイドンに返しても、立派に巫女として務めを果たせるだろう。そう思った俺は、ルアラに帰還の話をしているのだ。
「・・・正直言うと、イヤです。できるなら、師匠とリコ姉さまの所に居たいです」
「そうは言ってもなぁ・・・。お前はポセイドンの娘なんだし、海神の巫女だしなぁ」
「父上・・・ポセイドンにはたくさんの子供がいます。巫女ならほかの子供がやっています」
「う~ん」
「本当に私が必要なら、誰かが迎えに来るか奪いに来るはずです。でも、誰も来ませんし・・・」
「わかったわ、ルアラ。ここに居たいならずっと居たらいいですわ」
「リコ・・・」
「しかし、一つだけ条件があります。やはり、父上と母上にはきちんと説明をするべきですわ。父上はいいとしても、母上はどうかしら?ルアラがいなくなって、心配しているのではなくて?」
「・・・」
「一度、話をしてきなさいな。リノスも一緒に行ってやってくださいませ」
「俺も行くのか?」
「その方が、心強いですわ。ルアラにとっても、私にとっても」
「う~ん、わかった」
早速俺とルアラは、ポセイドンの宮殿に向かうことにした。宮殿は海の底にあり、ルアラは問題ないが俺は溺れてしまう。結局俺に結界を張って常に空気が充填されている環境を作って、海に潜ることにした。
とりあえず、手ぶらで行くのも気が引ける。しかし、どんなものを持って行っていいのかが分からず、かなり悩んだ挙句、ドワーフが作る短剣をお土産にすることにした。理由はない。単なる思い付きだ。決して海の「探検」を「短剣」と掛けたわけではない。断じてない。
夜、カイリークの砂浜から海に入っていく。既に秋ということもあり、水温が低い。結界を張り直す。ルアラはというとドンドン海に潜っていく。ポセイドンの一族はどうやら自分の周囲に結界らしいものを張ることが出来るようだ。きちんと服を着たまま、ルアラは潜っている。
深度が高くなると水圧で潰されそうになる。ここでも結界を追加で張る。そんなこんなでどのくらい潜ったろうか?小一時間潜り続けてようやく、ポセイドンの城と思わしき建物が見えてきた。
・・・とんでもなく広く、大規模な宮殿だった。これ、東京ドーム何個分だろうか?とにかく建物がひしめき合っている。この建物全体に結界が張られているようで、ルアラは城壁の外へと進路を変える。しばらく泳いでいると、城門が見え、そして、そこには青白い顔をした人型の門番が立っていた。
「ええと・・・ルアラです。ただいま戻りました」
ルアラが門番に話しかけている。
「ルアラ?どなたですか?」
「ポセイドン王の217番目の息女です」
「少々お待ちください」
門番は俺たちをほったらかして、門の中に入ってしまった。そして、そのまま戻ってこない。
「遅くね?」
「・・・」
まだ、戻ってこない。
「マジ、遅くね?」
「・・・」
そして、戻ってこない。
「・・・帰っていいか?」
「・・・すみません」
しびれを切らして帰ろうとした時、ようやく門番が戻ってきた。
「お待たせしました。ルアラ様。ハイハイ、確かにポセイドン王のお子様リストに名前がありました。では、貴方がルアラ様であるという証明できるものはおありですか?」
「これです」
ルアラは肌身離さずつけているペンダントを門番に差し出した。
「ハイハイ、王室から発行されている許可証ですね。確認できました。ええと、取りあえず何か武器のようなものはお持ちではありませんか?あればお出しください。・・・この短剣ですか?王への貢物ですね?それはこちらでお預かりさせていただいてよろしいでしょうか?・・・ハイ。邪念は感知できませんでしたので、どうぞお通り下さい」
ようやく、俺たちは門を通過できた。そして、兵士のような格好をした男に案内をされる。
「何だか、銀行の中に入る時の手続きに似ているな」
「ギンコウ?」
「金が集まっている場所だ。いつ、誰が、何時に訪れるのかを前もって知らせなきゃいけないし、それを言っていなければ、門の前でそれを詳しく調べられる。場合によっては、身分を証明するものの提出を求められる時もある。何か怪しいものを携帯していないかを調べられて、ようやくそこに入ることが出来る」
「宮殿と似ていますね」
「そうだな。宮殿みたいな建物のような銀行もそういえばあったな」
そんな話をしていると、謁見の間のような広い部屋に通された。正面には玉座がある。
「しばらくここでお待ちください」
ポツンと俺たちは広い部屋に取り残される。しばらくすると、何やら高級そうな服を着た、小柄で髭を生やした男が現れた。
「・・・カルヤート様です。王の側近です」
ルアラが小声で教えてくれる。
「ルアラ姫、ようこそお戻りなされた。あと、ええと・・・その・・・何だ・・・その・・・○×*×○◆殿もよくおいでなされた」
・・・俺の名前忘れてやがる。
「ヒーデータ帝国皇帝の義弟に当ります、バーサーム・ダーケ・リノスでございます。この度は突然来訪しまして失礼いたしました。以後お見知りおきをお願い申し上げます」
「ああ、そうそう!・・・ゴホン、バーサーム殿。今後もよしなに」
「ハハッ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
・・・沈黙長くね?押しかけとはいえ、俺、客だよ?普通だったら何か世間話しない?貴殿のお仕事は・・・とか、皇帝陛下は・・・とか、ない?俺から喋る?爺さん、お前さんがそっぽ向いてるから話しかけづれぇよ。
「・・・すみません」
俺のイライラを察したのか、ルアラが小声で謝っている。そしてようやく、玉座の後ろの扉が開き、ポセイドン王が現れた。
・・・おっそろしいほどの男前だ。少女漫画に出てくる貴公子みたいだ。はあ~よくできとるな~。絵にかいたような男前とは、このことを言うんだろうな。リコを連れてこないで正解だ。
「二人とも、よく参った」
声も男前だ。これは女にモテるな。同じ男として、完敗だ。
「王様の217番目のご息女、ルアラ様がお帰りになりました」
カルヤートが恭しく王に説明をする。
「ルアラ?・・・ああ、うん・・・うん、うん。よく戻ってきたね。ゆっくり休みなさい。うん?短剣?・・・ああ、いい剣だね。ありがたくいただくよ。・・・これから奥に行かなきゃいけないんだ。また、何かあれば、カルヤートに言っておくれ」
そういうと、ポセイドン王はスタスタと部屋を後にしてしまった。お前、ルアラのこと絶対に覚えてないだろう?
またしても沈黙が続く。ここは俺たちが主導で話しないといけないのか?
「あの・・・ええと・・・」
「姫、何か?」
「あの・・・私・・・できたらこの、バーサーム様の所に住みたいのですけれど・・・」
「ええ、よろしいのではないかと思います」
ええんかい!
「いや、実を言いますとですね。このルアラ・・・姫は三年前に陸に上がられ、そのまま我が屋敷に逗留いただいております。聞けば姫は海神様へお仕えする巫女だと伺いました。その巫女様がいつまでも地上においでになるのは、ポセイドン王にとって都合が悪いのではと思い、姫を説得してこちらに参っている次第です。その点は大丈夫なのでしょうか?」
「巫女?ええと・・・巫女・・・巫女・・・巫女・・・」
カルヤートが手元の資料をパラパラとめくっている。
「・・・ああ、海神様に歌を奉げる巫女ですな。そちらはすでに116名もおりまして、海神様からうるさくてかなわんから人数を減らせと言われておりますので、姫一人がおいでにならなくても問題ございません」
「ありがとうございます。できれば、母に会っていきたいのですが」
「ええと・・・ルアラ様のお母上・・・」
「いいです。自分で参ります」
「・・・一体何なんだここは?」
「たぶん、側室と子供の数が多すぎるんだと思います。さすがに管理しきれないですよ。200人も超えてると。私も一回しか父には会ったことないですから」
「しかし、200人も子供をこしらえるとは・・・すごいな」
ルアラは迷路のような宮殿の中を歩いていく。はぐれたら間違いなく生きてここから出られずに餓死するだろう。しかし、さすがのルアラも記憶が曖昧なところがあるらしく、折に触れて兵士や侍女を見つけて道を尋ねていた。
そして歩くこと1時間。ようやく俺たちはルアラの母親の部屋にたどり着いた。
「おかあさん、ただいま」
「しーっ、静かに!」
そこには、小さな男の子が絶賛お昼寝中の姿があった。
「お、お母さん、誰?この子?」
「ああ、ルアラかい。久しぶりだねぇ。誰って、お前の弟だよ」
「弟!?」
「今年で2歳になるよ。ユーシだよ」
「な、なんで・・・?」
「お前が地上に行ってすぐ、この子を授かったんだよ。見ておくれ、目元のあたりが王様そっくりだろ?」
「この子は・・・何番目の子になるの?」
「確か、543番目って言ってたね」
聞けばポセイドンには1000人を超える側室がいるのだとか。王は毎日、それぞれの側室の部屋を回っているという。さすがの俺もルアラもしばし絶句してしまう。取りあえず、俺はこれまでのいきさつを話し、ルアラをこのまま屋敷で預かることを母親に話した。
「ああ、そうですか。それはそれはお世話になります。ふつつかな娘ですが、どうぞコキ使ってやってください」
聞けば母親は海女出身であり、海に潜っているところをたまたま外遊していたポセイドンに声をかけられたのだとか。王の余りの美しさに一目ぼれした彼女はすぐに側室となり、ルアラを生んだ。陸とは違って、何不自由ない生活であり、彼女は彼女でここでの生活を気に入っているという。
「すまなかったねぇ。アンタはてっきり巫女でやっていると思ってたから、こんなことになっているなんて想像もしなかったよ。まあ、いいじゃないか。アンタも自分の居場所を見つけたんだからさ。人間は自分の居場所を持つのが一番大事だよ」
ルアラの母親からは、いつでも宮殿に帰ってきてもよいと言われたため、俺はこの部屋に転移結界を張ることにした。
「また、弟の顔を見に来てやっておくれ」
そうして俺たちは、結界に乗って屋敷に帰ってきた。
「まあ、そうでしたの・・・」
さすがのリコも驚きを隠せない。
「でも、よかったですわ。ルアラが戻ってきてくれて。またいろいろと手伝って頂戴ね」
「ハイ、リコ姉さま」
「それにしても、ルアラは泳ぎが上手だったな。追いつくのがやっとだったよ。さすがに海女の娘だけあるな」
「母はその・・・泳ぎが苦手です」
「何で?プロじゃないのか?」
「いえ、アマなんです」
このあとルアラは、思いもかけない場所で、思いもかけない活躍をするのだが、それはまた、別のお話。