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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十一章 兄弟相克編
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第千三十九話 国の行く末

ほどなくして侍医ククマは立ち止まった。そこは兄の部屋ではなかった。サウシ王子は怪訝な表情を浮かべる。だが、部屋の前に屈強そうな兵士が一人立っており、ククマに挙手の礼を取っていることから彼は、兄は遺言を言うためにわざわざこの部屋に移ってきたのだろうと解釈した。後宮の奥深くに用意された部屋まで行くのには時間がかかるし、色々と手続きなども踏まねばならない。明日をも知れぬ命の状態では、そうした手続きを踏んでいる間に命が尽きてしまう可能性があるのだろう。彼は頭の中でそう予想していた。


「失礼します。お腰のものをお預かりいたします」


兵士は名乗ることもなく、いきなり王子の帯剣を差し出せと言ってきた。彼は唯々諾々と腰のものを彼に渡す。男はそれを受け取ると、扉をノックする。すると中からもう一人の兵士が出てきて剣を受け取ってどこかに行ってしまった。


「お帰りになるときに、お腰のものはお返し申し上げます。どうぞご安心ください」


兵士の言葉に王子は鷹揚に頷く。


「大変失礼ですが、身体検査をさせていただきます。王子様に限って、武器などをお隠しになっていることはないでしょうが、役儀でございますため、どうかご容赦を」


そう言って彼はぺたぺたと服の上から王子の体を触り始めた。体を触られるのは正直言って気味の悪いもの以外の何者でもなかったが、事情が事情だけに、警備も厳重を極めているのだろうと解釈して、王子は黙って検査を受けていた。


「大変失礼しました。問題ございません。どうぞ」


男は恭しく一礼すると、そのままノックもせずに静かに扉を開けた。ククマがご苦労様と兵士にねぎらいの言葉をかけて部屋に入っていく。王子もその後ろについて部屋に入る。


薄暗く、肌寒い部屋だった。がらんとした部屋で、調度品の類は見当たらなかった。通常、王太子の部屋ともなれば応接セットの一つも置いておいておくものだが、そうしたものは一切なく、ただ奥に少し大きめの天蓋付きのベッドが設えられてあるだけだった。そこに王太子・メルシが横たわっていた。サウシ王子と侍医ククマ以外は誰もいない。王子はククマに勧められるままにベッドの傍の椅子に腰を掛けた。


「兄上」


王子は声をかけたが、驚きのあまりその先の言葉が出てこなかった。まるで別人かと見紛うほどに痩せていた。髭も剃られておらず、顔には無精髭だらけであった。とてもこの男が次期皇帝の姿とは思えない風貌であった。


王子の問いかけに王太子は反応を示さない。彼は後ろに控えているククマに視線を向ける。ククマは何かを我慢しているような顔つきのまま、ゆっくりと頷いた。


「兄上……お身体が悪いと聞いておりましたが、まさかこれほどとは。正直申し上げて、以前の兄上の面影がなくなり、私は驚いております」


メルシ王太子はゆっくりと目を開け、目だけをギョロリと王子に向けた。


「余とそなたは、幼い頃より真逆であった。能動的なそなたと、受動的な余。能弁なそなたと口下手な余。外に出て遊ぶのが好き、部屋の中で遊ぶのが好き。学問好きと学問嫌い。剣術好きと剣術嫌い。人とかかわることを好むのと、関わる者を選ぶ……。何から何まで真逆……。国に関する考え方も家来に対する考え方も、体格まで、真逆であった」


声には張りがあった。とても病人とは思えない凛とした声であった。王子はフッと笑みを漏らすと、兄の眼をじっと見ながら、口を開く。


「確かに、兄上と私は何もかもが違っていたかもしれません。しかしながら、同じである点もございます。まずは、国に対する考え方。確かに、領地を統治する手法に関しては考え方の相違はございましたでしょう。ですが、この国をさらに発展させ、民の暮らし向きを向上させたいという思いは同じでございます。それに……兄上は最近、剣をもう一度修業し直していると聞きました。その点においても、私と同じであろうかと存じます」


「そうか。では聞く。もし、余が命を落とし、そなたがこの国の帝位を継いだとしたら、そなたは何をしようと考えるか」


「産業を発展させ、民の暮らしぶりを向上させたく存じます」


「産業を発展させると、民の暮らしぶりは向上するか」


「いたします。幸いにして、我が領土には金山がございます。そこから産出する金を使って、新たな産業を起こし、それをもって国を強化してまいります。また、新たな産業は他国にも売ることができます。そこで得た利益を使って、道を作り、町や城を美しく作り変えます」


「その新しい産業とは、オリハルコンのことか」


「……」


「オリハルコンは扱いが難しい。ドワーフ公国でもその技術が確立されておらぬと聞く」


「その心配には及びません。我が家来の者たちをアガルタに派遣してございます。いつの日か、彼らが高い技術力を身に着けて、オリハルコンの武器や防具を生産してくれることでしょう。それらの武器は我が国の兵士にとっても有益なものとなりますし、また、他国にも高い値段で売れるかと存じます。それで得た金をさらに新しい産業の育成と町や城の改築に使えば、さらに人々が集まり、国が発展していくことに繋がります」


「なるほど……。得た金で町や城を新しくして、人々を呼び込む、か。それだけか」


サウシ王子は兄の質問の意味がわからず沈黙する。


「余の考えは違う。国の基礎は民である。麦などを作る、我らが食す食物を作る者たちである。なるほど、そなたの言うこともわからぬではないが、余は食料を生産してくれる者たちこそが大事であると考えている。それは、亡き父上のお考えと何ら変わらぬことである」


「つまり、兄上は父上の治世を踏襲せよと」


「父上の治世は表向きは地味なものである。身分の上下を問わずに話をよく聞き、民をはじめとするこの国に生けとし生けるものが住みよい国となるように努力された。なるほど確かに城は古く、守りも脆弱だ。街並みも古い。だが、余はそれでよいと思っている。王の住まいの良し悪しは、最後の最後に考えればよいのだ。そなたの政策は単に己の見栄えをよくするだけのもので、果たしてそれが民のためになるのか」


王子は心の中で唸っていた。まさか兄がそんなことを考えているなどとは思ってもみなかったからだ。確かに考えてみれば兄は王太子として幼い頃から、皇帝になるべく、父の跡を継ぐべく教育された。その考えが、為そうとしている政策が先帝に似てくるのも自然と言えば自然のことであった。


ただ、サウシ王子としては、この部屋で兄と議論をするつもりはさらさらなかった。彼はこれから来るべき帝国の未来を見据えていた。


「兄上のお考えはよくわかりました。私は兄上のお言葉を心に刻んでまいります。兄上にあらせられては、私に何か言い残されることは、おありですか?」


メルシ王太子はゆっくりと目を閉じた。それは疲れを癒そうとしているようでもあり、最後の言葉を述べる前に頭の中を整理しているかのようであった。ややあって、王太子はゆっくりと目を開けた。


「やはり、そなたは、何としても、殺さねばならない」


「は?」


その瞬間であった。王太子は掛けられていた毛布を蹴とばすようにして跳ね上げた。一瞬、サウシ王子の視界から王太子が消えた。


気がつくと兄の剣が王子の腹に深々と刺さっていた。痛みは全くなかった。ただ、あまりにも予想外の光景に、サウシ王子は目を大きく見開いた。


剣が引き抜かれる際に痛みを感じて、それで我に返る。一瞬のうちに下腹部が血に染まる。彼は本能的に椅子から転げ落ちるようにしてその場から離れようとする。だが、数歩歩いたところで足に力が入らなくなった。彼はゆっくりとその場に倒れ伏した……。

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― 新着の感想 ―
まぁタダでは済むまいとは思ったが。 殺して自分も没したあと、後継はどうするつもりなんだろう…何も考えてないならそれこそが、先王や国に対する最大の背信行為だ。
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