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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十一章 兄弟相克編
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第千三十四話 王太子の容体

その頃、帰国を果たしたサウシ王子は自室で一人、椅子に腰かけながらゆったりと酒を飲んでいた。


足を組みながら窓の外に視線を向けている。夜も更けていて、窓の外にはただ、闇が広がるばかりだ。であるにもかかわらず彼はただ一点を見据えながら黙って酒を口元に運ぶ。


「失礼します」


近習を勤めるカレントが入室してきた。だが、王子は一顧だにしない。


カレントは王子のそうした態度が当たり前のように、淡々と彼の傍まで歩いてきて、懐から一枚の紙を取り出す。


「新たに二百名の兵士を雇い入れました。金山につきましてもさらに三十名の人夫を雇い入れました」


「まだまだ増やさないとな」


「はっ」


王子はそう言うと大きなため息をついた。


「オリハルコンについてはどうなっている」


「それが……八方手を尽くしていますが……」


「そうだろうな。あれはドワーフ公国でしか生産できないものだ。しかも公国は、ドワーフはそれを国外に持ち出すことを厳しく制限していることくらいは知っているが……。まさか、ここまで入手が困難だとはな」


王子はそう言うと再び大きなため息をついた。と、カレントが、


「アガルタにもう一度依頼するというのはいかがでしょう」


「アガルタには断られている」


「いえ、そうではなく、アガルタ王の許には、ドワーフ王の息女が嫁いでおります。そのお方を介してご依頼申し上げれば、あるいは」


「公王の娘、か。確か名前が……」


「コンシディー様です」


王子は静かに目をつぶる。アガルタ王の妃の中で唯一会うことができていないのがコンシディーだった。ただ、彼の調査ではこの妃は少女のような風貌で、まだあどけなさを残してはいるが、人の好き嫌いが激しく、一度嫌われると二度と会わないという人物、というものであった。この評価を聞いて彼はこの妃との優先順位を低く見積もった。見た目と同じ、子供のような女性であると断じたのだ。彼はそうした子供っぽい振る舞いをする女性が嫌いであったし、子供自体が苦手であった。


ふと、アガルタの工房で会ったドワーフの女性を思い出した。彼女ならば、からかいがいがあるが、その心を掴んで、自分の思い通りに動かしていく自信はなかった。


「まあ、オリハルコンの入手については優先順位は低い。時間をかけてゆっくりとやることにしよう。アガルタに留学させている連中が戻ってからでいい」


「はっ」


「カレント」


「ははっ」


「貴様いま、失敗する可能性が高いのではと思っただろう」


「……ツ」


「私を甘く見るな。貴様とは幼い頃からの付き合いだ。貴様の考えていることなど、手にとるようにわかる」


王子はそう言うと、フフフと笑い声を上げる。


「まあ、そう思うのも無理はない。二千年前に書かれた魔導書だ。しかし、私は直感的にこれはとんでもない兵器になると確信した。おそらくこれは、我が国が、私が初めて取り組んでいるものだ。あのアガルタでさえ、オリハルコンを使って武器、防具を作ることはしていても、それ自体で武器を作り出す研究はしていない。これが現実化されれば、この国はもちろん、一気に世界の強国となることができる」


「殿下、お言葉ですが」


「なんだ」


「まずは、ご自身の足元を固められませ」


「わかっている」


「あともう一つ報告がございます」


カレントは相変わらず真面目な表情を浮かべている。王子は報告を続けるよう顎をしゃくって促す。


「メルシ王太子殿下の体調が思わしくないようです」


「兄上が?」


「先日、突然お倒れになったとのことです」


「病名は」


「それがまだ……。廊下を歩いている際、めまいを起こして突然その場に膝をついたとのことです。すぐに立ち上がられて、そのまま政務をなさったことから、重篤な状態ではないと思われますが、王太子殿下側では秘密裏に医師を探しているようです」


「フッ、そうか……」


王子は何かを考えている素振りを見せたが、やがて大きく頷くと、


「兄上の監視を怠るな。場合によっては人数を増やせ」


王子の言葉に、カレントは恭しく一礼した。


◆ ◆ ◆


メルシ王太子の情報は、クリミアーナ教国でも把握していた。


教都・アフロディーテの教皇神殿。その執務室でヴィエイユはメルシ王太子の病状について報告を受けていた。


「我が国への要請は?」


「ございません」


「アガルタへの要請は」


「それも、今のところ動きがないようです」


「わかりました。下がって下さい」


枢機卿の退室を見届けると彼女は椅子に体を預けて天を仰いだ。


……あまり心配はなさそうね。重篤な状態であれば秘密裏に動くことはない。今回は寧ろ、本人よりも周囲の人間が動いたのでしょうね。医学の点で言えば、我が教国かアガルタということになるけれど、どちらにも要請がないということは、まあ、そういうことね。


そこまで考えてヴィエイユはクスッと笑みを浮かべる。


「まあ、我が国に要請をすれば、すべての情報が掴まれてしまうと思っているかもね」


無駄なことだ、と彼女は心の中で呟く。すでにこの国の情報は筒抜けになっているのだ。クリミアーナの眼を掻い潜ることは、実質的に不可能だ。今のところ重篤な状態ではないと報告をされていることから、王太子の病状は軽いと見ていいだろう。


……もしメルシ王太子の身に万一のことがあれば、サウシ王子様はすぐに動くことでしょうね。きっと、私たちが動くよりも早い行動をとることでしょう。後々のためにも、あの王子様と仲良くしておいた方がよさそうね。


そうだ、と彼女は体を起こして、机の上に置いてあった報告書を手に取った。そこには、サウシ王子がオリハルコンを集めようとしている旨が報告されていた。


彼はどうやら二千年前に書かれた魔導書を見たらしい。そこには、オリハルコンを利用して雷撃魔法を人為的に発生させる方法が書かれている。彼はそれを現代で具現化するつもりらしい。しかもそこには、アガルタ王とヒーデータ皇帝にドワーフ公王との会談を要請して断られている旨も記されていた。


「ホホホ、無駄なことを」


ヴィエイユは楽しそうな笑みを浮かべながら足を組む。


「確か三百年ほど前に、当時の教皇があの国に魔導書を下賜したのよね。それまでは我がクリミアーナ教国が百年にわたって研究してきたものだわ。確か、筒状のものにオリハルコンを入れて、そこに少量の水をかけることで雷撃を発生させる兵器を作ろうとしたけれど、結局どうにもならなくなって放棄したのだわ。そう言えば、あのおじい様も研究をしようとしてすぐにやめたていたわね。膨大な研究費がかかるものをすぐにやめたのはさすがおじい様と言いたいところだけれど、上手くいかなかったと言って、研究者たちを追放していたのはいただけなかったわね。それを命じたのはあの、おじい様ご自身だったのにね。そんなことだから、あんな死に方をなさるのだわ。あの王子様は、オリハルコンが手に入らない中、研究を続けるとは、諦めの悪いお方」


そう言ってヴィエイユはクスクスと笑う。


……あのアガルタなら、どうするだろうか。


ふとそんな考えが頭をよぎったが、すぐに、たとえアガルタの技術力をもってしてもどうにもならないのだと断じて、彼女は考えを切り替える。今のヴィエイユには、そんなことに時間を使っている余裕はなかった。彼女には今、最優先でやらねばならない事柄が山積していた。


だが、彼女は知らなかった。今この時も、メイとシディーが議論を交わし合いながら、ヴィエイユの考えとは全く違うものを作り出そうと試行錯誤を続けていることを……。

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― 新着の感想 ―
あ、書かれてたw 電気あればレーダーとかマイクロ波転用で加熱兵器とか 夢は広がりんぐ
オリハルコンが帯電してレールガンとか 昔少年ジャンプにあったな
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