第千三十一話 オリハルコンの特徴
それから数日後、サウシ王子がカトマルズ王国に帰国したと報告があった。そんなところまで付けていたのかと思うだろうが、俺も同じことを思った。マトカルとソレイユの仕事ぶりは実に忠実で、ヒーデータから帰国するまでの船内での王子の動きをつぶさに観察してきていた。
アガルタで、ヒーデータであれだけ喋り倒していた王子は、船内では驚くほど寡黙で、ほとんど言葉を発していない。出港したその日などは、「うむ」、「ああ」、「よい」、「よきに計らえ」、「もう休む」の五つの言葉しか喋っていない。何ちゅう無口ぶりだと驚いていると、ある日などは、「うむ」、と、「ああ」、の二言しか喋らなかったことさえある。初日は彼なりに勉強して喋っていたということか。
船室の中での彼は、椅子に体を預けて何かを考えているか、ベッドで横になっているかの二つだけだった。本来の姿がこれであるとすると、俺たちの前での彼は相当に無理をしていたか、二重人格のどちらかということになる。何とも不思議な男だ。
ただ、俺は彼が椅子に座って何かを考えているという点に興味を持った。一体、一日の大半を使って何を考えているのだろうか。
「おそらく、何か色々な場面を想定しているのかもしれませんね」
ソレイユと二人っきりになったとき、あの王子のことを聞いてみたら、そんな言葉が返ってきた。彼女が操る精霊たちは、それこそどこにでも入り込むことができるので、王子はまるでガラスの部屋で生活しているかのように、すべての行動が報告されてくる。
ちなみに、船には女性も乗っていた。その中の二人が王子の伽の相手を勤めていたが、彼の房室での振る舞いは驚くほど淡白で、自分の欲望が解消されるとさっさと女性を部屋から追い出してしまう。黙って服を脱いで女性と伽を過ごし、黙って服を着て、黙って手で女性に下がっていいと合図を出し、黙って寝るという流れだ。俺には絶対に出来ないことだ。
「そこまで一体何を考えているのだろうね」
「オリハルコンのことではないでしょうか」
「オリハルコン……」
「私もよくはわかりませんが、聞くところに寄れば、あのお方はオリハルコンに相当に執心されているようです。何としても手に入れたいと思っていらっしゃるのは私でもわかります」
「そんなに重要なものかな。メイもシディーも、オリハルコン自体にそこまで価値を見出していないように思えるんだけれどな」
「あのお方にしかわからない使い方があるのではありませんか」
「あの王子様だけにしかしらないこと? いや、それはあり得ないよ。情報だけで言えば、シディーが一番あの鉱石のことを知っているだろう。そのシディーやメイがあまり熱を入れていないということは、それだけの価値だということなんじゃないかな。確かにオリハルコンはすごい性能があるみたいだけれど、コストがかかりすぎるとシディーが言っていたな。もしかすると、そのコストを下げる何かを発見しているのか……。いや、それはないな。彼が見つける前に、シディーらが見つけているはずだ」
「では、いまからメイ様とシディーちゃんを呼んで聞きますか?」
「……ご冗談を」
二人とも一糸まとわぬ裸の状態だ。ちなみにソレイユは俺の上に覆いかぶさるようにして顔を俺の胸にくっつけるようにしている。なぜか彼女はこのスタイルを好む。人それぞれだなぁと思う。
ソレイユはクスクスと笑っている。こんな状態の中でシディーを呼んだらきっと目を廻すに違いない。彼女の内面はかなり真面目な女子だ。メイは……驚きはするだろうが、すぐに平静を取り戻す気がするが、俺自身が他の妻たちには見られたくないという思いが強い。
翌日、俺はイデアとピアを伴ってドワーフ工房を訪れた。俺が来ることは言っていなかったので、出迎えたドワーフが驚いていた。ちょうどお昼時なので昼食を持ってきたのだが、工房でのシディーは相変わらず金槌でエイトビートのロックンロールを刻み続けていた。
「リノス様!?」
ドワーフに声をかけられて、彼女は飛び上がるようにしてこちらに向かってきた。火花が飛ばないようにヘルメットのような防具を取り、両手にはめている大きな手袋を取りながらこちらに向かってくる。イデアとピアが、かあたーんと両手を挙げて彼女を迎える。
「一体どうしたの?」
「お昼を届けに来たんだ。せっかくだから一緒に食べないか」
「ああ、うん」
彼女はそう言うと自室に案内をしてくれた。そこには机とソファーが置いてあったが、机の上は色々な書類が積まれてあるし、部屋の中は色んな機材があって、言わばグチャグチャの状態だった。彼女は机に置かれている書類を別の場所に移してスペースを開けてくれた。俺たちはそこに座る。子供たちはなんだかうれしそうだ。
屋敷から持ってきた料理を机に並べる。パンとパスタ料理だ。まだ温かい。
「こぼさずに食べるのよ」
シディーが子供たちにそう言いながら小皿に取り分けていく。二人ともリコのお蔭でマナーは完璧だ。こぼすことなく食べきることだろう。
「で、どうしたのです? 突然工房に来るなんて」
「いや、イデアとピアが昼から工房に行くと聞いて、送ってきたんだ」
「ふぅ~ん」
「あと、一つ聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと?」
「オリハルコンのことだ」
「オリハルコン?」
「魔力を増幅させたり、魔法の威力を減退させたりする効果があるのは、この間シディーから聞いて知っているんだけど、その他にも効果があるのかなと思ってね」
「効果、ですか」
「うん。あのサウシ王子、彼が相当にオリハルコンに執心しているらしいんだ。もしかすると、それ以外の効果があるのではないかと思ってね」
「うう~ん」
「ない、か」
「ないことはないです」
「うん?」
「ただなぁ。別にどうということではないんだけれどなぁ」
「どういうこと?」
「待ってて」
シディーはそう言って部屋を出て行ってしまった。しばらくすると、彼女は布に包んだ何かを持ってきた。それを机の上に置いて布を取ると、銅のような色をした小さな、正方形の鉱石が現れた。
「触っちゃダメよ」
子供たちにそう言っておいて彼女は懐から小さな容器を取り出した。中には液体が入っていて、彼女はそれをオリハルコンの上から注ぐ。見ていると液体はゆっくりとなくなっていく。何となく、鉱石の中に吸収されているかのように見える。
「どうぞ、触ってみてください」
唐突に言われてえっ、となる。目を丸くしている俺に、シディーは
「大丈夫です。かけたのは単なる水です。死にはしませんから、触ってみてください」
「本当に大丈夫? 子供たちには触るなと言っていらしたと思うんですが」
「そうね。子供たちが触るのはよくないですね。ただ、リノス様なら大丈夫です。あ、もしかして、だめかもしれませんけれど」
「ダメって……」
「まあ、一度、触ってみてください」
「……」
恐る恐るオリハルコンに手を伸ばす。本当に小さな、サイコロのような形をした鉱石だ。一体何が起こるのか。俺はたじろぎながらさらに鉱石に手を伸ばす。
「うわっ!」
パチッという音とともに、何とも言えない痛みが指先に感じる。シディーは安心したように頷いている。
「こっ、これ、は?」
「小さなオリハルコンに水をかけると、こんな状態になるのです。だから、小さなものを扱うときには水気に注意しないとえらいことになるのです。私が知っているのはこのくらいですね。リノス様の結界に阻まれるかと思いましたが、さすがにこれは防げませんでしたか」
シディーは真面目な顔つきで腕を組んだ。これ……要は、静電気じゃないか……。