第百三話 終わりとはじまり
二ヶ月が経過した。
俺はめでたく20歳になり、当初企画していた誕生会も盛大に行われた。リコから提案の有った新しい嫁の件は今のところ、何の進展もない。
俺は、鹿神の前に立っている。公国で採れた作物を、まず先に鹿神様にお供えに来たのだ。
鹿神はゆっくりと供えられたキャベツを口に運んでいる。俺の鑑定にも、メイの調査でも毒物の反応はなかった。しかし最後に鹿神様に確認してもらいたかったのだ。
「・・・美味い。いい味だ。毒もない」
「ありがとうございます」
早速俺は王宮へ向かい、ドワーフ王に報告に行く。王の回復ぶりは少しずつではあるが、確実によくなっている。今では杖をついてはいるが、立ち上がれるようになっていた。
「そうか・・・。それは、よかった」
「新しく生まれ変わった地で採れた作物です。王様もお召し上がりください」
生のままのキャベツと玉ねぎをゆっくりと口に運ぶ。
「・・・うまい。うまいな。野菜とは、このように美味いものだったのだな」
「きっと、もっと美味しい作物がこれからも採れると思います。色々な作物を育てていますので、毒がないことが確認できれば国民だけでなく、他国で売ることも可能になります」
「・・・バーサーム侯爵、貴殿に、心から感謝する」
ドワーフ王は体を震わせながら、俺に頭を下げた。
「そんな、頭をお上げください。これからです。ニザ公国の復興は、これからです」
「そうだな」
ドワーフ王は、窓の外に映る農作地を眺め、これからの公国の復興について考えを巡らしている。
「・・・そうか。誠に、大儀であったの」
俺は帝都に戻り、ニザ公国の復興について陛下に報告していた。当然、陛下の傍には宰相閣下とヴァイラス殿下がいる。
「さすがはバーサーム侯爵。クルムファルに続き、ニザ公国まで復興させるとは、その手腕、末恐ろしいですな」
「うむ。余の予想をはるかに超える成果を上げてくれた。何か褒美をやらねばならぬな」
「いいですよ、そんな~」
「聞けばリノス殿は、リコレットから新しい妻を娶れと言われているそうだな?」
「何故それを?」
「リコレットが余に言うて来おったのだ」
「はあ・・・」
「リノス殿は既に新しい妻は決まっておるのか?」
「いいえ。今のところ俺は全く不満はありませんので」
「陛下、後宮の女を・・・」
「ヴァイラス殿下、それはお断りいたします」
「そうじゃな。余もそれは勧められぬな。貴族も後宮の女も、バーサーム家の第三夫人になると聞けば、もろ手を挙げて売り込みに来る。そのあしらいが、大変だの」
陛下は天井を見てしばし物思いにふける。
「まあ、リノス殿が望まぬのであれば、余がどうこうすることはない。余とて、忙しいからの」
陛下が視線を向けた先には、かなりお腹の大きくなったタウンゼットがいた。彼女は表立って非難されたり、襲われたりすることはないが、それでも隙あらば彼女を廃そうとする動きはあるようだ。
「あと二月でお生まれになる。それまでの辛抱です」
「そうだの。ところで、リノス殿への褒美だが・・・。しばらく休んではどうか?」
「休み、ですか?」
「うむ。帝都のすぐ南にイグレックという地がある。そこに王室の別荘があるのだ。そこでしばらく休息するがよい」
「おそれながら、イグレック離宮へは皇帝陛下のご一族に限られますが」
「リノス殿は余の義弟である。しかもリコレットは、先帝陛下の娘にして、ヒーデータ帝国皇帝の妹じゃ。何の問題もあるまい?」
「で、ですが・・・」
「よい。よいのだグレモント宰相」
「ハハッ」
「クルムファルは・・・リコレットが管理しておるのか?ならば、リコレットが留守の間は、ヴァイラス、そなたが代わりを果たすがよい」
「わ、私がですか?」
「そなたもゆくゆくは領地を管理せねばならぬ立場じゃ。よい機会じゃ。学んでくるがよい」
「ハイ・・・」
「そうだ陛下、タウンゼット様をホテルクルムファルにお移ししませんか?」
「ほう、何と?」
「後宮の女性たちの動きを警戒するのであれば、ここから離れるのが一番です。ホテルクルムファルは、リコに仕えていた者たちばかりですから、タウンゼット様のお世話も問題ないと思います」
「なるほどの。あのホテルならば・・・安全かもしれぬの」
「それはよいが、タウンゼット様がクルムファルに移動なされる時に、襲われはせぬだろうか。それに・・・お腹のお子も心配だが・・・」
「それについては方法があります。俺の配下であるポーセハイが転移術を持っています。それを使えば、一瞬で移動できます。それに奴らは腕のいい医者ですから、何かあっても大丈夫だと思います」
「フム。それは名案だの。あそこは景色もよい、食事もよい。窮屈なこの部屋に閉じ込められておるよりも、遥かによい。タウンゼット、早速クルムファルに移るのじゃ」
タウンゼットは大きなお腹を労わりながら、ゆっくりと頭を下げた。
「子が生まれるまで、余が見舞えぬのは残念だが・・・」
「それでしたら、陛下のこのお部屋から転移できるように致しましょう」
「おお!それはよい。早速頼む!」
俺はリコに事情を話し、ホテルクルムファルに転移する。ちょうどスィートルームの一室は基本的に空けてあるため、そこを使うことにする。そして、ポーセハイたちが「本部」にしている結界集落にも足を運び、タウンゼットのことを頼みに行った。
あくる日、タウンゼットをクルムファルに転移させる。当然部屋には俺の結界を張り、温度も調節済みなので、部屋は快適そのものだ。世話係はクエナを筆頭とした三人が担当することになり、万全の体制が整えられていた。部屋の窓を開放して潮の香りのする風を受けたタウンゼットは、すでに顔つきが変わっていた。
彼女は生まれてくる子供のために編み物をするそうで、ロッキングチェアに腰かけ、穏やかな表情を浮かべながらチクチクとやり始めた。皇帝陛下は、早速その夜に転移してきたらしい。どうやら子供が生まれるまで、毎日ここで寝泊まりするつもりのようだ。
そして俺たちは、イグレック離宮で一週間の休暇を取ることになった。離宮というとかなり広いお城のようなイメージをしていたのだが、実際はちょっと大きめのお屋敷といったところで、川と庭がとても美しい場所だった。
基本的に食事は女官たちが用意してくれるが、食卓は俺たちの部屋からは離れた位置にあり、まさしくプライベートが完全に保たれた作りをしていた。ベッドも風呂も広く、調度品も超一流。まさに、王族の部屋と呼んで差し支えない部屋だった。
「すごい部屋だな」
「皇帝の別荘ですから、このくらいのことは当たり前なのですわ」
「私には場違いです・・・」
リコは落ち着いているが、メイは完全にビビっている。
「まあ皇帝陛下からのご褒美だ。遠慮なくこの離宮を使わせてもらおう。それにしても、美しい庭だな」
「聞いた話では、7代前の皇帝陛下はこの庭に女官を放って、捕まえるという遊びをやっていたそうですわ」
「ふ~ん。かくれんぼか。かなり広いから、捕まえるのが大変そうだな」
「いいえ。裸にした女官を放って、次から次へと襲ったそうですわ」
「・・・変態皇帝だな」
「まさか、ご主人様も・・・」
「メイ、さすがにそれは、やりたくない」
そんなことを言い合いながら、俺たちは部屋に入った。
実際この一週間、俺は頑張った。どこが休暇やねん、と思うほどにマジで頑張った。そして、俺たちは川の字で寝ながら、これからのことを話し合った。二人とも、自分のことは二の次で俺のことを真剣に考えてくれていることが分かったので、二人のことをますます好きになった。彼女らにも、俺の偽らざる気持ちを伝えたので、その点は理解してもらったつもりだ。
一方のクルムファル領では、ヴァイラスが悲鳴を上げていた。
「ちょっと待って!この書類が読み終わるまで待ってくれ!」
「リコレット様は読みながら報告を聞かれましたよ?」
「僕は姉上とは違うんだよ!」
「殿下、こちらの書類に目を通してください」
「殿下、来年の作物の生育についてですが・・・」
「殿下、ミラヤ・クルムファルの営業開始日ですか・・・」
「殿下、せっかくですから閲兵式を・・・」
「殿下」
「殿下」
「ちょ、ちょっと勘弁してくれ~~~~~~!!!!」
彼は一週間で、5㎏のダイエットに成功したそうだ。
しかし、俺もヴァイラス殿下も、そして当然リコたちも今は知らない。水面下で俺をめぐるいくつかの政治的な駆け引きが行われていることを。そして、その一つが動き出そうとしていることを。
「・・・やはり、バーサーム侯爵様ね」
「・・・では、ヒーデータ帝国に向かいましょう」
「私たちに会ってくれるかしら?」
「何としても、会って、話を聞いていただくのです!」
ある決意を秘めた二人が、ヒーデータ帝国に向けて出発しようとしていた・・・。