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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十一章 兄弟相克編
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第千二十七話 その狙い

まあね、調べられないこともないんだ。いや、調べられるか、調べられないかといえば、調べられるんだ。陛下はああは言ったけれど、とはいえなぁ。調べたところで、アガルタに旨味はないんだよなぁ。


本気を出せば、それこそ裏の裏まで調べられる自信はある。アガルタの諜報部隊のほかに、ミーダイの帝様に頼んでオワラ衆を貸してもらい、サダキチたちに上空から監視させればいい。ただ、俺としてはそこまでしてあの国のことを調べて何になるんだという気持ちの方が強い。大体、カトマルズ王国とはあまり関わらないでおこうというのが最初の方針だったはずだ。確かにアガルタは留学生を受け入れているが、それだけにしておけばいいのではないか。留学生はなにも、カトマルズだけではない。世界中の国から受け入れているのだ。下手をすると、クリミアーナ教国の属国からの留学生も受け入れているくらいだ。


今このときも迎賓館で高いびきをかいているだろうサウシ王子にしても、このまま追い返せばいいだけだし、ヒーデータに訪れているファクトとかいう男も、借金の申し出を断ればいいだけだ。今の陛下は言っていることとやっていることがズレている。何とも釈然としない。


「別のことを考えている」


その声で我に返る。目の前にはシディーがこちらを睨んでいる。ああ、ゴメンゴメンと彼女のおでこにキスをする。


互いに一糸まとわぬ姿でベッドの毛布にくるまっている。彼女は生まれた姿のままベッドから出て、傍のテーブルに置いてあるポットを手に取り、グラスに水を注ぐと、それをグイッと飲み干した。左手を腰に当てながらだ。薄暗いが、彼女の小さいが形のいい尻が見えている。


ドワーフの特徴で見た目も幼く見えるが体も同様で、乳房も小さい。俺は全く気にならないが、その体は彼女にとっては最大のコンプレックスで、体を見られることを極端に嫌う。だから俺と一緒に寝るときは必ず灯りを消すのが常だ。時に今のように一糸まとわぬ状態で水を飲むときはあるが、そのときは必ずパジャマか毛布で体を隠して行く。今回のように肌を曝したままベッドから出るは珍しい。


珍しいと言えば、今のシディーは髪を下ろしている。いつもは三つ編みにしてそれをポニーテールにしていて、それが彼女のトレードマークになっている。家にいるときもいつもそのヘアースタイルでいて、髪を下ろしているのは、風呂に入るときと寝る時くらいだ。言わば、家族の者以外は絶対に見られないスタイルとであるために、この光景は貴重であると言える。


「また変なことを考えていたでしょう」


そう言いながら彼女が再びベッドに戻ってきた。すぐに俺に抱き着いてくる。手も体も冷えているので冷たい。思わず声が出そうになる。きっと、これは彼女が敢えてそうしているのだろう。


「相変わらず魅力のない体だと思っていたでしょ」


「そんなことはないよ。いや、珍しいなと思っていたんだ」


「珍しい? 何が?」


「いつもベッドから出るときは体を隠して出るのに、今日はそのまんま出て行ったからね」


「ああ。単に喉が渇いただけです。私としたことが……。まだイライラが収まらなくて、忘れていたわ」


「イライラ? イライラしていたの? それは、俺のせい?」


「違いますよ。あの野郎のせいです」


「あの野郎? ……サウシ王子か」


俺の言葉にシディーはゆっくりと頷く。


「あの男のこと……まだ言っていないことがあります」


「何だ、まさか、体でも触られたか」


「そんなことあるわけないでしょ」


シディーはそう言って俺の胸に自分の頭を軽く打ち付けた。皆は知らないだろうが、シディーは小柄だが力は相当にある。工房での彼女の仕事を見たことがあるが、ちょっと感動するのだ。一見すると中学生くらいの少女が大きな金槌を片手で持ち、それを使ってものすごい速さで赤く焼けた鉄を叩く。メイや他のドワーフたちがワルツのリズムで鉄を叩くのに対して、シディーのそれは8ビートだ。しかも彼女は左右どちらでも金槌が扱える。メイ曰く、彼女は右でも左でも同じ力加減で鉄が打てるらしく、これは努力でどうにかなるものではなく、天性のものだそうだ。今のところ、技術力ではメイに一日の長があるようだが、その寿命の長さと技術力、そして、センスの良さで、近いうちにメイの力を凌駕するだろうと言われている。しかも彼女は金槌を右手から左手に持ち替えるときなどは、それを器用にくるくる回しながら行う。その姿は実にロックで格好がいいのだ。本当に、見せたいくらいだ。


つまり彼女は、見た目は華奢だが、相当の力がある。腕相撲などをすれば、妻たちの中で一番強いのではないかと思う程だ。うん、近いうちに一度やってみようか。あ、リコやソレイユは反対するかもしれないけれど。


シディー曰く、サウシ王子はオリハルコンを手に入れたいと思っているのだと言う。オリハルコンはシディーのお蔭でアガルタでも生産できるようになっているのだが、確か彼女は王子にそれは生産できないと答えてきた気がする。


「オリハルコンが手に入れば、高い値段で他国に売ることができます。今のところ、それを売っているのはニザ公国だけですが、公国はごく少数のものしか売りません。あの男はどこからか私たちがオリハルコンを製造できると知って、工房に来たのです」


「その情報はどこから漏れたのかな」


「メイちゃんのところでしょう」


「メイが?」


「メイちゃんの大学ではオリハルコンの研究をしていますから」


「なるほど、な」


「ただ、私の説明であの男は納得したみたいですね。それ以上のことは聞いてこなかったですから。ただ……」


「ただ、何だい」


「あの男、意外に勘が鋭いのか、私がオリハルコンを作れるのではないかと思ったようです。そして、本当にそれが正しいのなら、私を連れ去ろうと考えていました」


「マジで?」


「あくまで私の直感ですが。それほど、あの男にとってオリハルコンは重要なもののようでした。何と言っても、使い方によっては魔力を増幅させることもできますし、魔法の効果を軽減させることもできますからね」


「え、そうなの?」


「何だ、知らなかったの?」


「初耳です。ということは、アガルタ軍の兵士たちの鎧にはオリハルコンが使われている?」


「あ、あれはまた別の素材。オリハルコンなんて使うと、コストがかかりすぎる」


「そうなんだ。そう考えると、あの王子の狙いはなんだろうな。オリハルコンを手に入れて財力を強化するのが目的なのだろうか。それとも軍事的に優位に立とうとするためか。いや、財力があれば軍事力を強化することは可能か。国と富ませるというだけではない理由がある気がしてならないな。もしかすると、何かとんでもない策略を巡らせているのか? 陛下が懸念しているのはそこなのだろうか。となれば、調べてみる必要は、ある、か? ただ……シディーを攫おうとするというのは、人を見る目がないな。きっと、あの王子がシディーを襲ったところで返り討ちにあうのは目に見えている。そう考えると、あの王子は……って、シディー?」


見ると彼女は俺の隣で静かに寝息を立てていた。俺は苦笑いを浮かべながら眠りにつこうとする。ふと、シディーの左手が毛布の上に投げ出されていることに気がついた。このままでは寒いだろうとその手を取って毛布の中に入れてやる。そのとき、彼女の掌がマメだらけなのに気がついた。それは彼女の努力を表すものだった。俺はその努力に敬意をこめて、彼女の手をやさしく握った……。

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