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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第四章 ニザ公国編
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第百二話   真夏の夜の夢

「そういえば、リノスはもうすぐ20歳になるのですわね?」


8月も終わろうとしていたある日、夕食を食べながらリコがつぶやいた。


「そうだな。俺ももうすぐ20歳だ。20代はいい10年間にしたいな」


前世の俺にとっての20代は暗黒の時代だ。仕事はない、ようやくありついた仕事は激務。家に帰れない、休めない、倒れられないという日々。女にはフラれ、気が付けば30代という流れだった。ああ・・・思い出したくない。


「ニザの農地復興は既に収穫を待つのみだし、ここは一丁、俺の誕生日パーティといくか?」


「またパーティーでありますかー」


「ゴンは嫌か?」


「もちろん、賛成でありますー」


「私も賛成です!今度は私も料理します!」


「そうだな。今度はフェリスがコック長でやってみるか?」


「ええー私、食べられないじゃないですかー」


ダイニングが爆笑に包まれる。じゃあ俺が買い物に行って・・・などと、ああでもない、こうでもないとパーティの話で盛り上がる。


「リノスに一つ、お願いがありますわ。みんなも聞いておいてください」


突然リコが静かに話し始めた。


「どうした、リコ?何だい、お願いって?」


「リノスにもう一人、二人でもいいですわ。新たに妻を迎えてほしいのです」


「え?どういうこと?」

「リコ殿・・・」


「リコ姉さま!」


メイは涙ぐんでいる。しかし、リコの表情は変わらない。落ち着き払った態度で再び口を開く。


「これは・・・メイとも話をしていたことなのですが、リノスと結婚して三年。私もメイも・・・子供を授かることができませんでした。これから先もこのままではいけないと思います。そこで、新しい妻を迎えてほしいのです」


「結婚してまだ三年だろ?なにもそう急がなくても・・・」


「私はもう、26歳です」


前世ならば全く問題ない年齢だが、この世界での平均寿命は50歳である。もしリコに子供が授かったとしても、かなりの高齢出産になることは間違いなかった。


「王族や貴族は、妻を迎えて三年経って子供が授からなければ、新しい妻や妾を考えるのが普通ですわ」


「俺は、新しい妻を迎えるつもりはない」


「ご主人・・・」


皆がホッとしたような表情をする。


「リノス。この家は名誉侯爵家です。それにヒーデータ帝国皇帝の義弟に当たる家なのです。後継者の問題は、大切ですわ」


「いや、俺は貴族の家の問題に興味はない。俺はリコとメイ、そして、みんなが居れば十分だ。何の不満もない。十分幸せだ。これ以上を俺は望まない。子供ができないのならできなくていい。このままみんなで年を重ね・・・」


「リノス!!!!!!!!」


驚くような大声でリコが叫ぶ。水を打ったようにダイニングが静まり返る。


「貴方はバーサーム夫人に、そのご家族に、恩を感じているのでしょう?その恩に報いるのは、バーサーム家を存続させることではなくて?貴方を養子にしようとしたのは、家名の存続を考えておられたのではないのですか?」


「確かに俺はバーサーム家に養子に入ることが決まっていた。それは摂政殿下のご命令で、俺が宮廷結界師として仕官するための方策だよ」


「グレモント宰相に送られた、バーサーム様からの書簡には、家名が存続出来てうれしいと書かれてあったそうです」


「・・・」


「貴族にとって、先祖から受け継いだ家名を後の世に伝えたいというのは、当然の願いです」


「わかった。では、俺が死ぬときに、養子を迎えればいい。そうすれば家名は残るだろう」


「リノス・・・」


「子供ができないのはリコのせいでも、メイのせいでもない。もしかしたら、俺に原因があるのかもしれない。だからリコ、メイ、二人とも自分を責めるのはお願いだからやめてくれ」


完全に場がシラけてしまった。皆、後片付けをして無言で自分の部屋に引き上げていく。メイは研究室へ、リコも自分の部屋に引き上げてしまった。


俺は久しぶりに一人で風呂に入り、一人、広いベッドで眠った。いつも誰かが傍に居てくれて、リコかメイの美しい姿が隣にあったのだが、今日は右を向いても左を向いても誰もいない。俺はなかなか寝付くことができなかった。



朝になっても、リコとメイとは気まずいままだ。皆も、そんな俺たちに気を使って腫れ物に触るような扱い方だ。


試しに、ジェネハと、隣にいるイリモにリコのことを相談してみる。二人とも、新しい嫁を迎えることには肯定的だ。子供が出来なければ、新しい嫁を迎える。魔物の中ではこれが当然の常識のようだ。


ふと他の人の意見も聞いてみたくなり、俺は貢物と酒を持って、おひいさまの元・・・ではなく、サンディーユに面会に行く。彼は俺を・・・というより、酒と肴を見て、喜んで別の一室に案内してくれた。老狐と酒を酌み交わしながら、先ほどの相談をする。


「フム。儂から言えば、奥方は見上げた御方じゃな。なかなか言えることではない」


「そうですか・・・」


「しかし、そなたも変わっておるな。普通の男であれば、頼まれなくとも外に妾を作ろうとするものなのだがな」


「俺は今のところ嫁に対して何の不満もないですから」


「察するところそなたは儂に、新しい嫁を迎える必要はないと言うてほしいのじゃろうが、儂がそう言ったところで、何にも解決にはなるまい」


「まあ、それはそうですが・・・」


「リノス殿、おひいさまがお呼びです」


部屋の外から女官の千枝の声がする。さすがは狐神。俺の来訪を悟ったようだ。バレては仕方がないので、サンディーユに促される形で、俺はおひいさまの下に向かう。



「話は聞いた。なぜ妾に相談に来んのじゃ。水臭いのう」


「おひいさまには、解決方法がおありなのですか?」


「馬鹿者。解決するのはそなたじゃ。妾は奥方の気持ちがよくわかる故に、そなたに伝えようと思ぅたまでじゃ。奥方の気持ちが分からぬによって、そなたは悩んでおるのじゃろう?」


「はあ・・・」


「奥方は相当の覚悟を持っておる。考えてみよ。誰が好き好んで己の亭主に他の女をあてがうことなどしようぞ?それでも他の女を娶れというのは、何としてもそなたの子孫を残したいと思ぅておるからじゃ。その意思を覆すのは難しいわぇ。その覚悟と気持ちを斟酌したうえで奥方と話さねば、距離は縮まらぬぞよ」


「難しいですね・・・」


「そなたと奥方に子が授かれば、問題ないのじゃがな」


「おひいさまにはその神通力は・・・?」


「ない!」


即答かい!


「子授けならば、犬神じゃの?あやつはどこにおるかの?」


「ブランシュですな」


「それはまた遠いのう」


「どのあたりですか?」


「そなたの屋敷からは・・・馬で半年くらいじゃ」


「それは無理ですね」


「ともあれ、奥方の気持ちを汲んでやることが一番じゃ」


「はい、ありがとうございます」



わかったようなわからないような思いを抱えて、屋敷に帰ってきた。


リコとメイは相変わらずだ。丸二日喋らないのは、今までなかったことだ。二人とも俺を避けるようにして部屋に入ってしまう。そしてまた、俺は一人で風呂に入り、一人でベッドに入った。



そしてその夜、夢を見た。



誰かが俺を怒っている。エリルだ。久しぶりだな、エリル。何だ?何を怒っているんだ?まあまあ待ってくださいお嬢様。そんなに怒られてもわかりません。理由をおっしゃってください・・・。


俺は必死で話しかけるが、彼女の怒りは収まらない。左手を腰に当て、右手で俺を指さしながら怒っている。これは俺に論破された時に逆ギレしているスタイルだ。


エリルの声は何故か聞こえない。いつものエリルなら木剣を抜いて俺に斬りかかってくるものだが、なぜかずっと怒り続けている。


怒った顔のまま、エリルはビシッと真横の方向を指さした。それは一体何?そっちの方向には何もないよ?そっちは森だよ?エリル??おーい、エリル―


エリルは両手を腰に当て、俺を睨んでいる。おいエリル、何だ?どうしたんだ?



・・・目が覚めた。エリルは一体何が言いたかったのだろうか?森の中を指さしていた?何かあるのか・・・?一度、森の中に行ってみるかと思いつつ、俺はリコとメイの覚悟と気持ちを考える。


リコは独占欲の強い女だ。そんな女がメイを嫁にするだけでも、相当な覚悟がいったはずだ。そこに来てさらに新たな嫁、というのは、リコにとって自分の存在を否定するようなものだろう。それでもあえて、というのは・・・。


ベッドで寝がえりを打ちながら考えても、やっぱり答えは出ない。既に夜が白み始めている。


「・・・そうか。考えるんじゃなくて、感じるままに行動しろ、か。エリルの口癖だったな。ならば、敢えて俺がどうこうするべきではないな」


俺はベッドを出て、リコの部屋に向かう。部屋からは薄明かりが漏れていた。


ドアをノックする。返事はない。


「リコ、起きてる?入るぞ?」


静かにドアを開けて部屋に入る。リコはベッドに入ったまま、俺に背を向けている。


「リコ、考えたんだけど・・・俺は、リコの思うようにすればいいと思う」


「・・・」


「ただし、俺からは新しい嫁は選べない。リコのことが大好きだからだ。だから、新しい嫁はリコとメイが選んでくれ。二人が納得した嫁なら、俺は受け入れるよ」


「・・・」


「・・・リコ?」


リコの肩がかすかに震えている。


「・・・残酷ですわ」


「・・・」


「私にはそんなことはできません・・・。あなた様が好きな女性をお選びくださいませ。私にはとても・・・」


リコは涙声で、必死に言葉を振り絞る。


「リコじゃ選べないって?だからいいんだよ。しばらくは、リコとメイと一緒に居られるじゃないか。男はいくつになっても子供を作ることが出来る。別に今すぐじゃなくていいじゃないか。俺はむしろ、人に選んでもらった方がいい」


「どういう・・・ことですの?」


リコは起き上がってまじまじと俺の顔を見る。涙で目を真っ赤にしている。


「だってリコは皇帝陛下からの紹介、メイはリコが妻に迎えるように勧めてくれた。俺には結婚する気はなかったんだが、二人に勧められて、こんなに素敵な奥さんを持てている。だから、新しい妻も、リコとメイが選んでくれ。じっくり選んでくれ。二人の眼鏡にかなった人なら、俺は受け入れるよ」


「リノス~」


俺の胸に顔をうずめて、リコは号泣している。俺はリコをそっと抱きしめる。


「新しい妻の件、お願いしていいかな?」


リコは無言で頷いた。


「じゃあメイにもお願いしに行くか」


メイの所にはリコも一緒に行くという。俺はリコと手を繋いて一階の研究室に向かった。


メイは、机に突っ伏して寝ていた。俺とリコの足跡が聞こえたのか、俺たちが部屋に入るとスッと体を起こした。俺はリコと同じことを伝え、メイにもリコに協力してほしいとお願いした。


・・・メイも泣いていた。リコと同じように号泣していた。そして、泣きながら「承知しました」と言ってくれた。


「ところでお前たち、この二日間風呂はどうしてたんだ?」


「私は・・・お湯で体を拭いていましたわ」


「私は・・・浄化の魔法で済ませました」


「・・・じゃあ、今から風呂に入る?」


「「・・・ハイ」」


そうして、朝食までの数時間、俺は燃えに燃えた。二人を抱きしめながら二人への愛情を体中で表現しまくった。お蔭で三人とも汗だくで、髪の毛まで汗だくになってしまってもう一度、風呂に入り直すハメになったのは、ペーリスたちにはナイショである。



収穫の季節が、すぐそこまで迫っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 半年で行ける距離ならチート持ってるし余裕なんじゃね むしろ神級の鑑定でわからない原因なんて怖くてすぐ行動に移すべきだよなぁ
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