第千十四話 王子の思惑
サウシ王子はそこにいる人々全員に視線を向ける。その様子を見ながら陛下はゆっくりと口を開いた。
「して、願いの儀とは何であるかな」
そのとき、部屋の扉がノックされ、何とヴィエイユが入ってきた。
「遅くなりました」
「……ツ、これは、教皇聖下」
王子はその場をサッと引き下がると、片膝をついて畏まった。
「……あなた様は?」
ヴィエイユが不思議そうな表情を浮かべながら口を開く。王子は頭を下げたまま、亡き王の四男であることを名乗った。
「我らに願いの儀があるとのことで、お見えになったのだ」
陛下がそう言って柔和な表情を浮かべる。
「あら。そういう状況でしたか。それは大変失礼しました。私はこちらにはいない方がよろしいですわね」
ヴィエイユが飄々とした様子で話をしている。心の中ではどんなお願いをするのか気になって仕方がないくせにとリノスは心の中で呟く。その様子を察したのか、ヴィエイユはリノスにチラリと視線を向けると、少し、意地悪そうな表情を浮かべた。
「サウシ殿、この場にヴィエイユ殿がおいででは、迷惑かの」
陛下が相変わらず柔和な表情を浮かべながら王子に尋ねる。彼は大いに恐縮しながら、
「いいえ。教皇聖下に私の愚案をお聞きいただけるなどは、この身に余る光栄でございます」
「それでは、私も拝聴しましょう」
そう言って彼女はキョロキョロと周囲を見廻す。椅子には陛下とリノス二人が座り、女性たちは立ってその傍に控えていた。その様子を察した陛下がスッと場所を移動した。それを見たリノスも、仕方がなさそうにスペースを開けた。二人の真ん中にヴィエイユは満足そうに腰を下ろした。彼女にしてみれば、ヒーデータ、アガルタの王を左右に従えて座る形になる。この上ない座り位置だった。一方のリノスはリノスで、王子から見れば自分が一番上手にいることになるために、自分の位置には大いに満足していたのだった。
「して、願いの儀というのは」
陛下が再び口を開く。王子は腰をかがめながら立ち上がると、三人の前に片膝をついて畏まる。陛下がそのように畏まられてはこちらも話がしにくいと言うと、彼はそれでは失礼をしますと言って立ち上がった。
「お願いの儀と申しますのは、私が治めるサルノルス地域につきまして、技術支援をいただきたいのでございます」
「技術支援」
「はい。左様でございます。畏れながら、皆様方におかせられては、我が父の遺言はご存知でしょうか」
「いいや、知らぬ。リノス殿、ヴィエイユ殿はどうじゃ」
「いや、俺は知りませんね」
「私も、存じ上げません」
「左様ですか。父・マクサは我々四兄弟に対して、王国の土地を四つにわけ、それぞれを兄弟で統治するようにと遺言しました」
「王国の土地を四つにわける?」
リノスが頓狂な声を上げた。全員の視線が彼に集まる。
「あ、いや、続けてください」
「死に臨んで父は、我々兄弟に切磋琢磨し合いながら、それぞれに与えられた土地を発展させてゆくよう申し渡したのです」
「なるほどの。兄弟が切磋琢磨し合いながら国を発展させてゆくか。それは、それぞれのご子息が優秀なるがゆえの事であるの」
陛下が口を開く。王子は少し苦笑いを浮かべながら首を左右に振っている。
「いえ、そのようなことはございません。ただ、私としましては、私の治める領地を発展させていきたいと考えております。そのためには、技術革新を行うことが肝要と考えております。そこで、無礼も顧みず、お願いに上がった次第です」
「具体的には、どのような技術支援をお望みかな?」
「ハッ」
王子は少し言いにくそうな表情を浮かべたが、やがて覚悟を決めると、一気に口を開いた。
「我々が望みますのは、私がこれと見込んだ若者を、アガルタ大学に送りたいと考えます。医療をはじめとした、アガルタにおける技術を学ばせたく存じます。併せて、政治、軍事に関しても見込みのある者を送りたく存じているところです」
「何じゃ、アガルタばかりだの。それでは、余とヴィエイユ殿はお邪魔であったかの」
「大変失礼しました。ただ、正直に申し上げまして、世界中を見渡しても、アガルタの技術力に匹敵する国家は見当たりません。ただ、ヒーデータ帝国の政治システムに関しても、私は興味がございます。貴国に関しましては、この私が学びにゆきたいと考えます」
「政治システム、とな」
「はい。貴国では、王族と一般市民が上手に役割を分担して政治を行っている。皇帝を輔弼しているように見えます。その構造は是非、学びたいのです」
「ハッハッハ。皆からはそう見えるのか。いやいや、そんな大したことはない。我が国は、宰相以下、優秀な者たちが政治を動かしていて、余などいてもいなくても同じなのだ」
「私が目指すのは、そうした状況なのでございます。私がいなくても、優秀な者たちが政治を、軍事を行うような体制を作りたいのです」
「何とも聡明なお方であるの」
「そんなことはございません。私はただ、私の与えられた領地が未来永劫平和に発展していくことを願っているのみなのでございます」
「まあ、余としては、貴殿が我が国に参られるのは問題ない」
「はっ。ありがとうございます」
「で、リノス殿はどうじゃの?」
「俺は……メイ、大丈夫か」
リノスはメイに視線を向ける。彼女は問題ないと頷く。
「ただ……政治を学ばせると仰いましたが、それは、アガルタ大学で政治と経済を学ぶと解釈して、よろしいかしら」
リコが口を開く。彼女としては、政治の中枢に入り込まれるのは何としてもイヤであるらしい。それはそうだろうなとリノスも考えながら王子の様子を見ると、彼はスッとリコに真っすぐな視線を向けた。
「はい。概ねそのお考えで結構でございます。ただ、請い願わくば、アガルタの皆様が法律などを立案される際には、我が国の者たちも参加させていただければ、これにすぐる喜びはございません」
「……承知しましたわ」
「ありがとう存じます」
王子はそう言って深々と頭を下げた。
「サウシ様のそのお考えは、兄上様たちはご賛同されているのですか?」
唐突にヴィエイユが口を開く。一人のけものにされた当てつけのようにも聞こえるような聞き方だ。リノスはやめなさいよと言わんばかりの表情を浮かべている。そんな状況だが、王子は一切表情を変えずにヴィエイユに一礼した。
「いいえ。兄たちは私の考えに賛同はしておりません。むしろ、兄たちは長兄、王太子メルシに従って国を運営していこうという考え方です。長兄メルシも、この国の王は自分なのだから、自分の命令を忠実に聞くべきだと思っております」
「それでは、遠からずこの国には戦いが起こりますわね」
「そうはならぬようにしたいと存じます」
「どうやって?」
「私の治める領地が発展すれば、兄たちも私の考えが正しいとわかってもらえると信じております」
「左様でございますか」
「恐れ入り奉りますが、教皇聖下におかせられましては、兄たちにしばらく長い目で見るようにご指導いただければ、幸いでございます」
「ええ。無論ですわ。私とても、クリミアーナ教を信仰する国において騒動が起こるのは本意ではございませんから」
「ありがとうございます」
「それはそうとして、サウシ様は兄君たちをすでに見限っておいででございますね。機会があれば、この国の王になろうとしておいでではございませんか?」
「ハハハ。ご冗談を」
「ホホホ。私の眼はごまかせませんわ。ヒーデータ皇帝さま、アガルタ王さまがおいでのこの中で、正直におっしゃいませ」
ヴィエイユの言葉に、王子は困った表情を浮かべたが、やがて元の表情に戻ると、静かに口を開いた。
「教皇聖下の仰る通りでございます」