第千十三話 葬儀
翌日、カトマルズ王国の王都において、マクサ四世の葬儀がしめやかに営まれた。そこには、世界中の王族が参列し、厳かではあるが、実に盛大な葬儀となっていた。
リノスらは事前の打ち合わせ通り、平服で王都に入り、宮殿の一室を借りると、そこから帝都の屋敷に転移して準備を整えた。それを知っているヒーデータのヒートも、同じように転移して準備をすると言って、何と、リノスたちと同じ部屋にやって来たのだった。
驚いたのはカトマルズの人々で、まさか、ヒーデータとアガルタの王と王妃が同じ部屋で着替えをするなどとは予想もしておらず、部屋を替えましょうかと言ってきたり、なにか、不足のものはございませんかといったりして、部屋はずっと騒がしかった。
確かに、彼らが与えられた部屋は十畳ほどあるが、そこで女性たちが着替えるというのはどう考えても難しいことであった。しかもそこには、親戚とは言え、夫とは別の男性がいる。そんな中で、ヒーデータとアガルタの妃たちが肌を晒すというのは、どう考えても常識的ではなかった。そんな彼らにリノスは、ちゃんと着替えるためのレースカーテンを持って来ていますと言って下がらせた。
式が始まる直前になっても、ヴィエイユの姿が見えなかった。それに対して誰も騒ぎ立てたりする者はなかったが、葬儀が始まると思わずあっという言葉が出そうになった。何と、葬儀の列の先頭を、彼女が歩いていたからだ。
他の者は黒で統一された衣装を着ている中、彼女だけは白い衣装を身に着けていた。さらには、その右手に持つ杖のようなものは金でできており、どう見ても、これは葬儀ではなく、ヴィエイユのショーのような様相を呈していた。
ここにきて、リノスはようやくヴィエイユが遠い教都、アフロディーテから大船を仕立ててわざわざこの国までやって来た理由がわかった。彼女の口からは、リノスとヒートに会いたいがためということだったが、カトマルズ王国は国教をクリミアーナ教と定めており、そのために教皇たるヴィエイユがわざわざここまで出張ってきているのだ。
しかも、ヒートから聞いた話だと、現在この国は、あまり信仰に関しては熱心ではないらしい。一応、表向きとしてクリミアーナ教を国教と定めているが、強制ではなく、基本的には何を信じてもよいというのがこの国の姿勢であるらしい。そういう意味でいくと、ヒーデータ帝国も同じようなもので、ヒートはある種の親近感を持っているようだった。
ヴィエイユは金の杖を使って、王の棺に何やら祝福を与えている。計算されつくした美しい動きだ。人々は息を詰めて彼女の一挙手一投足に注目しているが、リノスだけは、心の中でずいぶん練習したのだろうなと呟くにとどまっていた。
すべての儀式が終わると、リノスたちは元居た部屋に戻ろうとしたが、参列していた王族から次々と挨拶に訪れるために、なかなか戻ることができなかった。一方のヴィエイユは、教皇が来たということもあって、クリミアーナ教を信仰する王族たちに囲まれ、これもまた、身動きの取れない状況に陥っていた。彼女は右手を差し出しているだけで、その手を教徒たちが両手で掴み、スッと腰を折る。そんなことをずっと繰り返し続けていた。
ようやく挨拶が終わり、部屋へと引き上げる。ヴィエイユはまだ、祝福を与え続けていた。彼女の前には長い列ができていたが、リノスらは先に控室に帰ることとした。
「ああ~。葬儀が終わってからの方が、長かったなぁ」
部屋に設えられているソファーにグッタリと座りながらリノスは呟く。すぐ隣にヒートがゆっくりと腰かけてくる。
「それだけ、我らも注目されるようになったということだ。よいことではないか」
「ですかね~。正直言って俺は、挨拶を交わした人たちはほとんど覚えていないですよ。唯一覚えているのは、あの……何だっけ。ソソラという王様。何とも言えない臭いを放っていましたから、あの方だけは覚えていますよ」
「ソソラ王。確かに、なかなかの香りを纏っておいでであったな。あれは香水かの」
ヒートはすぐ近くに控えていたタウンゼットに視線を向けるが、彼女は少し困ったような表情を浮かべたままだ。
「それにしても疲れたな……。できればもう、このまま屋敷に帰りたいくらいだよ」
「そうだな。余も、叶うことならこのまま部屋に帰りたいものだ。のう、タウンゼット」
「そういうわけにも参りませんでしょう。一度戻りまして平服に着替えてから港まで戻らねば、皆に怪しまれることになります」
「まあ、な。それはそうだ。取り敢えず我らは先に戻って着替えてまいるぞ」
「兄上たちがお戻りになってから、私たちも着替えに戻りますわ」
「うむ、すまぬの、リコレット」
そう言って陛下は結界石を発動させた。
◆ ◆ ◆
皆の着替えが終わるのに、ほとんど時間はかからなかった。リノスたちは、寝室にさっきまで着ていた服を脱いでいて、それを再び着て帰って来たのだから、着替える時間は実に短くて済んでいたのだった。リコなどは、一旦脱いだ服をまた着ることに少し抵抗があったようだが、同じ服を着て帰らないと怪しまれるだろうと言うリノスの言葉に従って、元の衣装にそでを通したのだった。
「この度は遠路はるばる、よくぞお越しくだされました」
皆が揃った十五分後に、宰相のマウルスが挨拶にやって来た。彼はリノスたちに丁重に礼を言い、夜には食事を用意しているので、ぜひ、お召し上がりくださいと言って頭を下げた。だが、リノスたちは正直、早く帰りたかった。それを察したリコがどうぞお構いなくと言ってみたが、宰相は困った表情を浮かべながら口を開いた。
「いえ、実を申しますと、メルシ王太子殿下が皆様に折り入ってお願いの儀がございまして……。それがための夕食会でございます。外に参加する方はおられません。メルシ王太子殿下、そのご舎弟であられますカルサ殿下、マトリス殿下のみがご参加と相成ります」
そう言って宰相はその場を後にしていった。ヒートは腕を組んで唸った。
「ううむ。亡き国王には四人の息子がいると聞いたが、そのうちの三人が参加しての夕食会か……面倒なことにならねばよいがの」
「面倒なことに、なりますか」
「何か願い事があれば、メルシ王太子が直接来て話せばよい。そうではなく、兄弟のうち三人が参加しての夕食会というのは、いかにも不自然だ。察するところ、兄弟の中で意見の違いがあるのやもしれぬな」
「できれば、お家の話に巻き込まないで欲しいのですけれどね」
「そうだな」
「まあ、陛下がおいでになれば、何事も安心ですよね」
「なんだそれは。どういう意味であるか」
リノスとしては、陛下が一緒にいれば安心だと言う思いがあった。この人ならば厄介ごとを上手に捌いてくれるはずだし、何よりリコもいる。面倒な話になったときには、この二人に助けてもらおうと言う気持ちがあった。だが、それからしばらくして、部屋の扉がノックされた。てっきりヴィエイユが来たのかと思っていたが、そこに現れたのは、精悍な顔つきをした若い男だった。
男は堂々としたいで立ちで、リノスたちの前に立った。
「私は、先に亡くなりました、カトマルズ・ハウルシ・カレンタの四男、サウシと申します。この度は、皆様にお願いの儀があって罷り越しました。ご無礼の段、平にご容赦願います」
そう言って彼はスッと一礼した。その颯爽とした身のこなしに、リノスは少なからず好感を持っていた……。