第千三話 砦防衛作戦
アミダバルはヘルキソ王の前でまるで演説を行っているかのように、滔々と一人で喋り続けた。その内容は、アガルタの提案を受け入れるべきではない。独立を保持しない国家は国家として機能しないし、このルシルナノ地域で国として認められないのだというものだった。さらには、アミダバル自身が、この国を守るとまで豪語したのだった。
この話について、王をはじめとする側近の者たちの反応は冷淡そのものだった。特に王の近臣たちはアミダバルの話に、左様、いちいちごもっともと一見すると恭順しているような態度を見せたが、その実はこの男のことを腹の中で嗤っていた。
アミダバルは、ヘルキソ王国軍との連合軍を組織して、イルシの砦を攻めることを提案したが、国王は応とも否とも言わずに、回答を保留した。業を煮やした彼は、我が主君ガノブ皇帝が後詰する段取りが付いていると嘘を言った。ガノブが率いる軍勢は少なく見積もっても三万。その軍勢は、私が要請すれば救援に駆け付けると大見えを切ったのだった。
さすがに王たちは顔を見合わせたが、そこまで言うアミダバルの言葉を無下に扱うことはできなかった。彼らは一応彼の提案に乗ることにしたが、もし、彼の言葉が本当であったとしても、ガノブの軍勢がこちらに到着するまでに、どう見積もってもひと月はかかる計算であり、それだけの時間をかければこの国はアガルタに蹂躙されてしまう可能性が高かった。彼らはこれ以上、アガルタとまともに事を構える気はなかった。
ヘルキソの者たちはここで狡猾さを見せた。軍勢は集めるが、この国で最も領土の多い者たちがアガルタに従っている。そのために、この国全土から兵士を集めねばならず、時間がかかる。イルシの砦には先にアミダバル殿が出撃いただきたいと言ってのけたのだ。
すでに後のない状況に置かれている彼は、その提案を不承不承ながら受け入れるしかなかった。
アミダバル率いる五千の軍勢が王都を出たという知らせは、すぐにリノスたちに知らされた。しかもそれを通報してきたのは、ヘルキソ王自身だった。
「ヘルキソ自体に見放されているようでは、このアミダバルという男の命運は尽きたな」
リノスはマトカルらと談笑しながら苦笑いを浮かべる。その様子をマダクとザワシゲはハラハラした様子で見守っていた。
「畏れながら」
ザワシゲが言った。
「我らの軍勢は二千にも満たない数です。アミダバル率いる五千の軍勢では太刀打ちできないかと存じます。いかがなさるおつもりですか」
「そうですよね……。確かに、不安にはなりますよね。わかります。よくわかります」
そう言ってリノスは頷く。布で顔を隠しているために表情はわからないが、その声には不安や恐れは一切なかった。ザワシゲは、この男には確固たる勝てる公算があるのだと捉えていた。
「もし、作戦がおありになるのであれば、指示いただきたい。我が手の者は、命を賭して働きます」
その言葉に、リノスは大きく頷いた。
ザワシゲの本音は、この戦いを終わらせて早く自領に帰りたかった。それは兵士たちも口には出さないものの、同じ思いであることはよくわかっていた。配下の者たちは農夫であり、そろそろ畑のことをやらないと、次の年の収穫に大きな影響が出てしまう可能性があった。
その彼の心中を察してか、リノスは、そんなに長い戦いにならないだろうから、安心するといいですよと言って、再び頷いた。
「相変わらず、見事な出来栄えだな」
リノスは目の前に四枚の紙を並べていた。それはマトカルがこの砦から見た戦況図が描かれてあった。砦を中心に東西南北の状況が見事に描きだされていて、それを縦横に並べると、真ん中に穴が開いている状態――そこはイルシの砦となる――の砦の戦況図ができあがった。ザワシゲらはその精度に驚き、まるで食い入るようにしてその絵を眺めた。
「この砦を向かうにあたり、敵を迎撃する場所は、ここでしょうね」
リノスは地図の一部を指さす。ザワシゲが大きく頷いた。
「バンゴの切通し、か」
「そうです。ここを先に抑えます。この砦に向かうには、この道を通る以外にありません。まず、ここを押さえておいて、敵がここを通るときに、頭上から矢を雨あられのように降らせます」
「あの辺りは大きな石もゴロゴロ転がっている。それを投げつければ、敵は痛手を被るでしょう。なるほど、五千の兵士が一列になるから、狙いやすいし、敵も逃げ場がなくなる」
「ただ……どうやって敵をここにおびき寄せるかが問題だな」
マダクがさもわかったように、顎髭を撫でながら言った。
「バカか貴様は。敵は砦を攻めるのだ。ここ以外に道はないのだ。何を言っとるんだ」
「何ィ? バカとは何だ!」
「バカだからバカだと言ったのだ!」
「まあ、待て二人とも」
砦に詰めているキザが仲裁に入った。二人はツンとそっぽを向いた。
「確かに、マダク殿の言うこともわかる。この砦に向かう道はこの切通し以外にない。敵もそれはわかっているはずだ。何の対策もなくこの道を通るとは思われない」
キザの話に、ザワシゲが睨みつけてきた。一体貴様はどちらの味方なのだと言わんばかりの表情だった。そのとき、カヅマがヘラヘラと笑いながら部屋に入ってきた。
「兵士たちが山菜を採りましてな。こちらは、お嬢様へのお土産でございます」
彼はそう言うとシディーの前に恭しく籠を差し出した。そこにはキノコ類をはじめとする山菜が山と積まれていた。
「おお、これは美味しそうだ。このキノコなんか焼いても上手そうだな。これは……マツタケの香りがする。おお、ここでもマツタケは取れるのか?」
シディーは無表情だが、リノスが一人喜んでいる。そんな彼をカヅマは一瞥すると、シディーの前にスッと手をついた。
「こちらの山菜は、とても身体によいものです。ぜひお嬢様、お召し上がりください」
彼の言葉に、シディーは笑みを殺しながら頷いた。実際、この男が持ってきた山菜は、とても健康によいものであるのは、直感としてわかっていた。きっと、肌にも良い。ただ問題は、一部のものには苦みがあるが、それはリノス様やペーリスちゃんが何とかするだろう。きっと、美味しい料理になって仕上がる筈だと、心の中で喜んでいた。
何よりシディーが嬉しいのは、彼女をお嬢様、などと言って扱ってくれるからだ。アガルタや実家のニザでは、やれ大姫様などと言って年寄り扱いをしようとする。確かに、五十年以上生きてはいるが、平均寿命二百歳と言われるドワーフ族にあってはまだまだ若い部類に入るのである。それに、年寄り扱いされると、本当に自分が老けそうな感覚を覚える。そうなれば、夫に愛想を突かされるのではないか。小じわの寄った女性に男性は見向きもしなくなるというのを風の噂に聞いて彼女は知っていた。
この砦の男たちは、自分の外見から子供として見ているらしいのは十分に知っていた。だが、お嬢様、お嬢様と言われるのは決して悪い気はしなかったし、そう言われれば言われる程、自分が若返っていくような気がしてならなかった。この砦に強烈に行くべきであると訴えてきたあの直感は、こういうことだったのかな、などと彼女は思っていた。
そのシディーの何が気に入ったのかがわからないが、カヅマは嬉しそうにペコペコと頭を下げている。その様子を先ほどからキザはじっと眺め続けていたが、やがて、はたと膝を打つと、大きく頷きながら口を開いた。
「敵をおびき寄せる、打ってつけの者がいるではないか」
その声に、全員の視線がカヅマに集まった。
「……うん? なに? 儂?」