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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十章 ほんとうのやさしさ編
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第千二話 国家千年の計

イルシの砦にルレイクの軍勢が到着したのは、それから一週間後のことであった。軍勢の司令官はマトカルであり、その副将としてケンシンが従うというものであった。そして、その軍勢の中に、一人の緑色の髪の毛を持つ少女が帯同していた。それは、シディーだった。


彼女はどうしてもイルシの砦に行くと言って聞かなかった。さすがにリノスとマトカルが止めようとしたが、彼女は何故か意地を張った。そのあまりの必死さに、二人は根負けする形で帯同を許したのだった。


どうしてそんな感情を持ったのか、シディー自身にもそれはわからなかった。ただ、心の底から強烈に湧き上がる感情が彼女を動かしていた。何としても、イルシの砦に行かねばならないという使命感にも似た感情だった。


とはいえ、もともとサボリ癖のある彼女であるために、行軍には帯同せずに、砦の一歩手前になって転移結界に乗ってやってきたのだった。むろん、マトカルやリノスがそうすればいいと言ったので従ったまでだが、このことを実家であるニザ公国のユーリ宰相やアガルタ迎賓館館長のミンシが聞いたら、たっぷり小言を食らうことになる。よって、この二人には今回のことは秘密である。


マトカルらに率いられた軍勢は隊列を整えて砦に入った。シディーはマトカルとケンシンの後に付いて歩いていたが、その彼女を見て、砦の兵士たちが、


「おっ、かわいい女の子がいるな」


と思わず声をかけた。シディーは一切表情を変えずにその兵士をスッと指さした。つまらないことを言うなという意味で捉えられ、兵士たちは一様に彼女から視線を逸らせたが、その心中は喜びで溢れていた。


「ここの兵士は、いいセンスをしています」


思わずそう呟いた言葉に、リノスは覆面の下で苦笑いを浮かべた。


その規模はおよそ一千という小規模なものであった。これを見た砦の主であるマダクは驚きを隠さなかった。彼はマトカルとケンシンを迎えると、追加の軍勢はいつごろ到着するのかと聞いたほどだ。


「追加の軍勢はない。この軍勢がすべてである」


マトカルは堂々とそう言ってのけた。マダクらは思わず顔を見合わせた。


「畏れながら」


ザワシゲがずいっと前に進み出る。彼は真っすぐマトカルらを見据えると、少し怒気を帯びた声で口を開いた。


「このままですと、我々はわがヘルキソ王国から討伐の対象となります。王国軍だけではなく、この砦を攻める際に援軍いただいたアミダバル殿もそれに加わることでしょう。ざっと見積もって、討伐軍の規模は一万程度になります。この砦の兵士おそよ八百名と、マトカル殿が率いて来られた軍勢一千。合わせて千八百の兵力では、討伐軍を迎え撃てないと存じます」


「確かに。額面通りに考えれば、そうなりますね」


ケンシンが呟く。その言葉が癪に障ったのか、ザワシゲが鋭い視線を向ける。


「ただ、ヘルキソ王は内々に、アガルタに従う意向を示しています」


「なっ!? 国王様が?」


「失礼だが、ヘルキソ王国内にあって、あなた方御三方は広い領地を持っておられる。その領地を王国軍が召し上げるとなると、そこに住んでいる者たちが激しく抵抗することでしょう。そうなればヘルキソは内乱となります。そうなれば、ルシルナノ地域の領主たちは黙ってはいないのではありませんか?」


ケンシンの問いかけに、三将は互いに顔を見合わせながら頭を下げた。三人それぞれが心の中で、私の領地が一番王国の中で広いからな、と嘯いていた。だが実際は、領地も納めている税もザワシゲが一番多かった。その彼が最初に顔を上げた。


リノスらはすでに、王の側近であるスガ、そのスガに仕えるオノサを通じて、アガルタの考えを伝えていた。彼らはオノサを通じて、ヘルキソ王国同様、アガルタの保護国になることを勧めていた。内政権や外交権は接収するが、アガルタからの食糧や技術援助が受けられるというものである。


むろん、ヘルキソ王はその提案を最初は拒否した。しかし、実際にザワシゲらはアガルタの兵士を殺している。それはつまり、アガルタに対して敵意を示したことになる。オノサはスガを通じて、このままではこの国はアガルタ軍に蹂躙されるであろうと説いた。


さすがにそう言われては、ヘルキソ王も考えねばならなかった。彼はアミダバルの、最小限の労力で国境をルレイクに進められるという言葉に従って軍を動かしたが、それが裏目に出て、戦わずして国境を国内に進められようとしていた。そうなると採るべき方法は二つである。領地を失うことを受け入れるか、力で失った領地を取り戻すか。


だが、アガルタ軍の精強さは、様々な風説書などを通じてヘルキソ王も知るところであった。どう考えても、まともに戦って勝てる相手ではなかった。ルシルナノ地域の領主たちが一致団結してコトに当たればあるいは、というところだが、事なかれ主義の領主たちが集まるこの地域の者たちに檄を飛ばしても無駄なことであるのは、彼は十分にわかっていた。


そこにきて、オノサはイルシの砦において、ザワシゲらがアガルタから金を受け取っていることをスガを通じて王に伝えた。それはヘルキソ王らに取って目のくらむほどの大金であった。だが、それはアガルタにとっては些少な出費であり、彼らは接収した金山を再開発し、そこからこれまでの数倍、いや、数十倍の金を生み出す取り組みを始めたことも伝えたのだった。


彼らの中に、保護国になれば、それらの金がこちらに流れるのではないか。ヘルキソ王国が活性化するのではないかという期待感が生まれていた。この国が活性化すれば、このルシルナノ地域で一頭抜きんでた存在になれる。それはこの王にとっても悪い話ではなかった。とはいえ、ルレイクの状況を見ると、宰相や軍の総司令官についてはアガルタの者を登用していることから、政治に携わる者や軍事に携わる者たちの反発は必死であった。そんな中で、王を説得したのは、スガであった。


「我が国の中で最も軍事力を持つ者がルレイク、いや、アガルタに寝返りました。我らは軍事力を失い、また、彼らから上がってくる税も失っております。このままでは我が国は座して死を待つほかはありません。アミダバル殿に縋るという手もないではありませんが、正直に言いまして、剣の配分などの有様を見ますと、到底信頼の足るお方ではないと存じます。ここはアガルタの提案を受け入れて、捲土重来を期すべきかと存じます。アガルタは、我が国が保護国になるのであれば、金一千を進呈すると申しております」


「き……金、一千、とな?」


「左様でございます。私の手の者が確約をいただいてきております。一千の金があれば、この国を大きく発展させることも可能でございます。どうか、どうか、国家百年、いや、千年の計をもちまして、私の愚案をお取り上げ戴きますよう、お願い申し上げます」


彼の願いは、王の心を動かした。側近の中には、その金を掠め取ろうと画策する者たちもいたが、そうした者たちは、この後やって来るアガルタの者たちによって遠ざけられることになるのであった。


アガルタの提案を受け入れることは決したが、問題は国内に駐屯するアミダバル率いる五千の軍勢であった。王たち側近は、この彼にどうやって穏便に兵を引き上げてもらうかに頭を悩ませていた。


だが、アミダバル自身も退くに退けない状況に陥っていた。彼は主君・ガノブに必ずケンシンを連れて帰ると大見えを切っていた。彼としてもここが将来、皇帝の許で出世するかどうかの瀬戸際であった。今のままではよくて追放、悪くて一家全員打ち首という状況であった。


アミダバルは心に一つの覚悟を決めて、ヘルキソ王の許に赴いた……。

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