第一千話 五本の剣
それから間もなくして、ザワシゲは彼の配下の者を率いて狩りに出かけた。アガルタからの反撃が予想される中、兵士の訓練にもなると同時に、上手くすれば食料も手に入ることから、配下の者たちも進んで参加した。その数は三十名を超え、かなりの規模となった。
だが、獣ははあまり獲れなかった。成果と言えば一頭の猪くらいで、参加している三十余名が猪汁を食べるのには足りなかった。ザワシゲと顔見知りの、イルシの砦周辺の農民たちをまとめているゲンという男が見かねて自宅へと誘ってくれ、そこで彼の家で飼っていた鳥をしめ、酒を出してもてなしてくれた。家へ全員は入れずに、隣の納屋まで利用した。
ザワシゲが久しぶりにキザと会ったのはここであった。このキザはザワシゲの従兄弟にあたり、それなりに仲の良い関係を続けていたが、彼らがイルシの砦を攻撃する際に、真っ向から反対した。彼らからしてみれば、やり方によっては自分たちもアガルタの支援を受けられる可能性があったし、それは魅力的に映っていた。実際、討たれた三十人の兵士たちが持ってきた食糧は多く、それで砦周辺の村は救われていた。彼はいま、敢えて戦いを起こす必要はないと考えていた。だが、ザワシゲたちは武力で彼を脅迫した。急を感じた彼はイルシの砦に通報しようとしたが、ザワシゲたちは、そんなことをすればお前だけでなく、家族や村人全員を処刑すると言って脅したのである。それ以来、この二人は絶縁状態となっていた。
「元気そうだな」
キザが声をかけた。袂を分かつ間柄ではあったが、幼馴染であり、酒も入っていたことから、自然と話しが弾んでいった。
「噂に聞いたが、お前はマダクやアミダバルに反抗したらしいな」
「そうだ。ふざけたことをするなと言ったのだ。それがどうした」
「先だっての戦いの恩賞に不満を持っていて、アガルタに寝返ろうとしていると聞いたが、違うのか。ちょうど、アガルタ派遣軍の総司令官であるマトカル王妃と、参謀のケンシン殿が先の戦いにおいてのお前の活躍を褒めておられるそうだ。とりわけ、マトカル王妃は、そんな武勇に誉れ高い男を自分の部下として迎えたいと言っていて、剣が欲しいのであれば進呈しようと言っておいでだそうだぞ」
「なんでお前がそんなことを知っているのだ」
「アガルタからの使者が来たのだ」
「アガルタからの使者ぁ?」
「そうだ。お前に渡してくれと、五本の剣を持ってきた。見事な剣だ。ほら、これだ」
「何を考えているお前は! 俺を殺す気か!」
ザワシゲは声を荒げて、キザが持ってきた剣を足蹴にした。
「いや、そういうつもりはない。俺ただ、お前に剣を渡してくれと言われたから……」
「バカかお前は! アガルタがそんなお人よしなわけがないだろう! そんなものを貰ってみろ! 俺がアガルタに内応したと思われる。いや、俺にその気持ちがなくても、周囲の者たちはそう見るだろうが。俺にその気はない。そんな危ない橋を渡るわけにはいかん」
ザワシゲはそう言うと声を低くし、キザに顔を近づけていった。
「その剣はすぐにアガルタに返せ。返すのが無理なら、どこかに埋めてしまうのだ。その剣を受け取ってしまった以上、お前はアガルタに内応したことになる。お前と俺はいとこ同士。お前が内応していることが周囲に知れたら、俺もそう思われる。俺にその意思はないんだ。いいな。すぐに埋めろ。わかったな」
ザワシゲはそう言って横を向いた。もはや取り付く島はないと判断して、キザは何も言わずに帰っていった。ザワシゲは腕を組んでしばらく何かを考えていたが、やがて配下の者と共に砦に戻ろうとした。ゲンが見送りに出ながら、よかったら皆さまでお召し上がりくださいと言って、野菜や卵などが入った籠や袋を渡してくれた。
「自然薯が獲れましたので、おすそ分けいたします。どうぞこのままお持ち帰りください」
「おお、すまんな」
妙に長い筵に包まれていたが、ザワシゲは何の疑いもなく、それを持って砦に戻った。
間もなく、家来のシヒョウが自然薯を包んでいた筵の中に剣が五本入っていたことを報告してきた。それは、あのキザが持ってきた剣であった。
「一体、どういうことだこれは」
「私もまずいと思いまして、すぐに床の下に隠しました」
ザワシゲはよくやったと言ったが、これが砦の兵士たちに知れると、えらいことになると考えていた。彼はマダクに相談しようかと思ったが、すぐにやめた。あの男に話したら最後、きっと自分を裏切り者として殺そうとするに決まっているのだ。カヅマも同じだ。ヤツは気が弱いので、脅せば何とかなるだろうが、自分を守るために働くかと言えば疑問だった。ザワシゲは打開策を練ったが、よい策は思いつかなかった。やはりあの剣は埋めてしまおうと思ったが、今、ここで動けばさらに状況が悪くなると思った。その不安感が彼に行動することをためらわせた。
数日後、シヒョウが真っ青な顔をして彼の許に駆け込んできた。
「あの剣のことが砦の者たちにバレました。兵士の一人が、床板が緩んでいるのを不思議がってそれを剝がしたところ、剣を見つけてしまいました」
ザワシゲは天を仰いだ。恐れていたことが現実になったと思った。
「さて、どうするかな」
ザワシゲは剣を見つけた者を斬ろうかどうかを悩んでいた。それを察したシヒョウが口を開いた。
「剣を見つけた者を斬ったとしても、剣を隠していた事実は消えないと存じます。すでに、剣のことは兵たちの知るところになっています。もし兵士全員を斬ったとしても、それは無駄なことです。この上は、主だった者たちに剣を分け与えるしかないと存じます。彼らは恩賞がないことに不満を抱えています。ここにきて、彼らに何も与えないとなれば、彼らはこの砦を出ていくことでしょう。しかも、ただ出ていくわけではなく、人によっては手荒いマネをしでかす者たちも出ることでしょう。そうなれば、私を含め、ご領主様の命も危うくなることでしょう」
ザワシゲは腕を組みながら、何かを悟ったように頷いた。
「確かに、あの者たちのお蔭でこの砦を落とせたのだ。それなりの、礼をすることは、当然のことである」
ザワシゲはまるで自分に言い聞かせるように口を開くと、すぐに十名の家来をを呼んでそれぞれに剣を与えた。
十名の家来たちは一様に喜びを爆発させた。嬉しさのあまり、その場で踊り出す者もいたくらいだった。ザワシゲは大人しくしておけと言ったが、それは無駄なことだった。兵士たちはまず、自分の同僚や後輩たちにいいものを見せてやると言って剣を見せびらかした。気の早い者などは、この剣はいくらで売れるだろうから、お前にはこれだけをやろう、などと具体的な金額を示して、本気とも冗談ともつかないようなことをいう者さえあった。アガルタの剣というだけで相当なブランド力があり、それは世界中どこに行っても高値で取引されたものであったし、そもそもそう滅多なことで手に入れられぬものであった。彼らにしてみれば、アガルタの剣を持っているというだけで、これから先の未来が安泰となるだろうという錯覚を起こさせていた。
そんなことだから、ザワシゲが配下の者に剣を与えたという事実は、すぐにマダクの耳に入った。彼はカヅマを呼んでこのことを相談した。結論はすぐに出た。彼らはすぐさま手紙をしたためて、主君ヘルキソ王とアミダバルに報告の使者を送ったのだった……。
ついに一千話突破! この物語がここまで続くとは……(遠い目)
まだまだ頑張りますので、どうぞ御贔屓お引き立てのほど、お願い申します!