第十話 初陣
ルノアの森。ジュカ王国の北東に位置する、広大な森である。そこは魔物の巣窟と化しており、多くの種類が生息している。
魔物については、王国が調査の上、その強さや魔力、そして過去に国に与えた被害などを考慮して、SランクからEランクまでランク分けされており、ルノアの森にはAランクからEランクまでの幅広い魔物が生息する。しかも、森の最北に位置するルノア山脈から西のジュカ山脈にかけて、数多くのドラゴンが生息しており、とりわけルノア山脈はかなり標高が高いため、ここを越えてバイトス公国に至るのは非常な困難を伴う。従って、バイトス公国との交易はあるにはあるが、山脈を迂回するルートを通るため、実際に交易がおこなわれるのは年に一度、新年の祝賀を祝う使者に商人が同行して来た時に行われる。
そんな森の前に、俺は立っている。なぜかエリルも一緒だ。俺が森に向かう前日、いきなりエリルも同行すると言い出したのだ。
「強力な魔物に出会う可能性もあるのよ?リノスの警護も必要でしょ?」
かなりすったもんだがあったのだが、エリルは強引に押し切った。
そして当日の朝、無理やり馬車用の馬を引っ張り出してきて、俺をエリルの後ろに乗せた。
「しっかりつかまってなさいよ!」
そう言うと、いきなり馬を全力で走らせた。王都の、貴族屋敷が並ぶこの地区で馬を全力で走らせることはない。例外的に緊急の早馬の場合はその限りではないため、下手をすると何かの緊急事態が起こったと思われてもおかしくない行為である。たまたま早朝だったため、人がいなかったのが幸いしたのか。さしたる混乱は起こらなかったのだが。
バーサーム家からルノアの森までは、徒歩で約5時間の道のりである。俺はまだ子供でもあるため、時間がかかろうということでかなり早朝に出発したのだが、エリルの馬移動のおかげで、30分程度で到着してしまった。あまりにも乱暴に馬を扱うために舌を噛んでしまい。エリルに見つからないようこっそり治療したのはナイショの話である。
「さあ、大物を狩るわよ!」
「お嬢様、魔物を狩るのは私ですが」
「リ、リノスが倒せない魔物に出会ったら助けてやらなきゃって意味よ」
「ええ、そうならないように、頑張ります」
魔力探知で森の中を探ってみる。まだまだLVが低いため、探知できる範囲は狭いが、結構な数が森の入り口付近にいる気配を感じる。どれも小さな魔力なので、ゴブリンか何かだろうか。
魔物、というだけあって、どんな小さい、弱い個体でも魔力を持っている。一説によると、この魔力が魔物を構成しているとも言われ、魔力が強ければ強いほど、より強力な魔物になるのだそうだ。
周囲の魔力を意識しつつ、森の中に入っていく。奥に進むと薄暗くて視界が悪い。普段から結界を張りっぱなしなのだが、ちょっと結界の強度を上げておこう。
道に迷わないよう、慎重に森の中を進む。エリルはキョロキョロと周囲に目を向けっぱなしだ。迷子になっても知らないよ。
「何か拍子抜けね。何も出てこないじゃない。魔物に襲われて大乱戦を予想してたのに」
一体アンタ、どれだけ戦闘狂なんだよ。
魔物が襲ってこないのは、おそらくエリルが原因だ。何しろ免許皆伝の腕前だ。襲い掛かった瞬間にエリルの剣の餌食になる。魔物も本能的にわかるのだろう。ゴブリンあたりをサクッとやっつけて帰ろうと思っていたのに、残念至極である。
ゆっくり歩を進めていくと、奥から大きな魔力を感じる。立ち止まって、目を凝らして見てみると、二つの赤い光が見えた。その直後、
「グモオォォォォー」
バカでかい牛が現れた。3メートルはあろうかという巨体に大きな角が生えている。
「カッ、カースシャロレー!?」
目を見開いて驚くエリル。そんなにヤバイ生き物なのか?
「普段は森の奥深くに生息しているのに、何で森の入り口近くまで出て来てるのよ!討伐しないと・・・。こいつは硬い皮を持っているから、剣も魔法も通じない相手よ。Bランクの魔物だからアンタには無理よ。後ろに下がってなさい」
エリルが抜剣しながら俺の前に立つ。巨大牛は前足で地面を蹴りながらすでに臨戦態勢である。
「りゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
一瞬のうちにエリルが動いた。剣を上に向かって跳ね上げる。狙うはカースシャロレーの首だ。
ガキィィィン!!
金属がぶつかるような音が起こる。エリルの剣はカースシャロレーの首を傷つけはしたものの致命傷には至らない。一旦距離を取るエリル。しかしその瞬間、今度はカースシャロレーが動いた。
エリルにも劣らぬスピードで、エリルに角を突きつけながら突撃してくる。
「引っかかったわね!!」
カースシャロレーの眉間に向けて、必殺の突きを繰り出すエリル。
パァン!
何かが弾けるような音がした。カースシャロレーの動きが止まる。しかし、エリルの剣も眉間を砕けずに止まっている。俺の結界を砕く威力のある突きを受け止めるとは、この牛の防御力はハンパない。
「リノス、逃げなさい。あなたじゃ無理よ」
「ええと、逃げる前に一つ、試してみたいことがあります」
俺は左手を大牛に向ける。そして大牛を結界の中に閉じ込める。
「カースシャロレーを結界に閉じ込めておいて逃げるのね!やるわね!」
「しっ!ちょっと静かにしてください!」
俺は注意深く結界を操作する。大牛は俺に突撃をしようとするが、結界の中に閉じ込めているので身動きが取れない。しかし、このまま暴れられ続けると、結界が壊れる可能性がある。ちょっと急いだ方がいいか。
暴れている大牛の動きが止まる。瞳孔が開き、口が大きく開かれていく。しばらくすると大牛の瞳から光が消える。
「ふぅ~。どうやら成功したようです。ちょっと操作が難しいですね」
「・・・一体、何したの?」
「ええ、結界の中の空気を抜きました。さすがに空気がなければ窒息するんじゃないかと思ってましたが、やっぱりでしたね。でかいので、真空状態を維持するのが大変でしたけど」
「空気を抜いたって・・・」
剣を持ったまま呆然と立ち尽くすエリル。その隣で俺は、このバカでかい牛をどうやって持って帰ろうかと考えを巡らすのであった。